第10話 双子探偵

 学校から我が家までの帰り道にヘンテコな事務所がある。

 その名も『浅野探偵事務所』--

 噂によれば毎朝手錠で繋がれた双子がゴミ袋を引っ提げて出てくるんだとか…


 憧れの日比谷真紀奈を追いかけて芸能界という大海へ繰り出した雨宮小春。


 そんな僕はつい先日『頼ろう会』なる謎の宗教団体から詰められ危うく神様にその身を捧げるところだった。

 なんでも神宿る土地であるこの北桜路市の住人は神様に頼らなくてはならないんだとか…


 そしてそんな『頼ろう会』、なんでも信者が次々と行方不明になってるんだとかなってないんだとかやっぱり少しなってるだとか…


 不穏な噂立ち込める『頼ろう会』--そして僕は怪しい宗教に巻き込まれてかは知らないけれど忽然と姿を消したような気がする少女を知っていた。


 その名も小鳥遊夢--通称ゲロ吐きモンスター。ゲロの在庫が尽きないという伝説の女である。

 バイオハザードに出てきたらちょっと処理に困りそうな雑魚クリーチャーっぽい彼女は僕と同じ子役志望ということでKKプロダクショングループ芸能養成所に通っていた…

 ついこの前までは……


 母親が宗教にのめり込んで作ったという借金返済を夢見る健気な少女。そんな彼女はある日から唐突に養成所に来なくなった。


 この街で多発する行方不明事件…

 怪しげな宗教団体…

 消えた知り合い…


 全てのピースがまるで推理漫画のようにポコポコと怪しく繋がる……


 雨宮小春は考えていた。


 それはあの日黄昏の空に吸い込まれるように消えてった小鳥遊さんの後ろ姿がどうしても頭から離れなかったからに他ならない……


 --そして少年、雨宮小春は悩んだ末にその事務所の戸を叩いていた……


 *******************


「あ?ここは子供の来るところじゃねー」


 放課後探偵事務所の戸を叩いた僕を出迎えてくれたのは目の下の隈が特徴的なお姉さんだった。


 口元のホクロに真っ黒なロングヘアー…どことなく怪しげで儚げな雰囲気に包まれた彼女には見るものをハッとさせる美貌があった。


 そして手首には手錠がぶら下がっていた……


「あの……お姉さんにお願いがあるんです…」


 なるべく子供っぽく…いや子供なんだけど。威圧感漂う女性の見下ろす先で僕はボソボソと顔色を伺うように切り出す。

 願わくば「こんな小さい子からお金取れないよぉ」的な展開にならないかなと…


「お客様は神様。しかし金持ってねぇ奴はご愁傷さま。ガキは帰りな」


 が、そうはならなかった。


「お金払います…お小遣い全部持って来ました…」

「…………いくら?」

「364円」

「………………」


 あれ?悩んでる?


「……くっ…300円あったら豆腐1パック買える……」

「……」

「美夜ー、お客さん?」


 小学生の貯金箱を前に揺れるお姉さんの後ろ、事務所の奥から水洗便所が水を流す音と共にそんな声が聞こえてきた。


 トイレからご登場のその人はホクロと隈以外目の前の女の人と全く同じルックスをした美女であった。


 ……手錠をつけてゴミ出しする双子。


 日比谷真紀奈以外でこんなに綺麗な人達は初めて見た……


「よいしょ」

「……」


 玄関まで出てきたトイレの女神様は隈の人の手首にぶら下がる手錠に自分の手首をはめてから小さな僕を見下ろした。


「こんにちは、どうしたのかな?」

「痛だだだだっ!!しゃがむなバカ!!手首抉れるわ!!」


 隈の人と違ってこの人はとっても優しそうな雰囲気だ。あまりの包容力にお母さんを乗り換えようかと逡巡した。


「客だとよ、姉さん。364円で依頼したいってさ」

「君が?」


 ……近くで見たら本当に美人さんだなぁ…


「あの…探偵さんって調べものしてくれるんですよね?僕、お願いがあって……」


 子供っぽく……子供っぽく……


 双子の探偵さんは互いに顔を見合わせてから、隈の人は「厄介事の予感がする。追い返そう。364円なら自販機の下で集められない額でもない」と進言する。

 が、トイレの人はニッコリ笑ってくれた。


「お話聞かせてもらえる?」


 *******************


「こういう者です」

「こういうモンだ」


 事務所の奥の応接室に通された僕は古びたソファーの上で対面する双子探偵から名刺を貰った。


 トイレの人は浅野詩音あさのしおん

 隈の人は浅野美夜あさのみよというらしい。


「それで?君の依頼したいことってなにかな?お姉さんに話してくれる?」


 …ああ、近くに寄るといい匂いがするよ。お母さん……

 日比谷真紀奈が流行りの最先端だとするとこの人達は古き良き王道。そんな感じ。


 ……なんて噛み締めている場合じゃない。


「……居なくなった僕のお友達を探してほしいんです」


 僕のモジモジした語り口調に浅野姉妹の顔色が変わった。


「……姉さん、フカヒレ食いたい」

「美夜、我慢しなさい」


 違った。フカヒレを我慢してた。


「……お友達が居なくなっちゃったの?」

「そのお友達ってのは逆さまのまま空を飛ぶタイプのお友達か?それともアスファルトを食う系のお友達か?」


 ……?


「ゲロ吐く系のお友達です。ひと月半前くらいから居なくなっちゃって……」

「ゲロ吐く系かぁ…どうする姉さん」

「溶ける系ならまだ話は簡単だったかもしれないね…」


 …………?


「詳しく聞かせてくれるかな?」


 詩音さんに促されて僕は事実と憶測を交え説明する。


「……僕、芸能養成所に通ってるんですけどそこに一緒に通ってたお友達が急に来なくなったんです…その子のお母さんが怪しい宗教にハマってたらしくて…」

「「宗教?」」

「詳しくは分かんないですけど……もしかしたら最近ここら辺でブイブイ言わせてる『頼ろう会』って宗教かも……」


 その瞬間、姉妹の顔色はフカヒレ我慢してるのとはまた別種の緊張に変わった。


「……『頼ろう会』だってさ、姉さん」

「まさかこんなところでその名前を聞くことになるとはね……」


 知ってるのか?いや、この街の人間なら知っててもおかしくないけど、姉妹の反応は噂を小耳に挟んだことがある程度のものではなく、深い因縁をほじくり返されてすり鉢でスムージー状にされた位の反応だった。


「その子のお母さんは宗教にハマってて、その子はある日から姿を消したんだよね?」

「……はい」

「そっか……それは心配だね…美夜、この件、もしかしたら骨原こつはら先輩が噛んでるのかも……」

「ああ……そんなふざけた名前の宗教は奴しか居ない」


 ……やはり、この人達は何かを知ってる?簡単な概要を耳にしただけで2人は『頼ろう会』が鍵を握ってるとほぼ確信した様子だ。


 なにやら僕を置き去りに事態を把握した姉妹の妹、美夜さんがずいっと僕の方に顔を近づけてくる。目付きが凶悪だけどこの人も美しい……


「坊主、所持金は364円だったな?」

「美夜!!」


 突如として出現した消火器が美夜氏の頭にフルスイング。後頭部を強打され目ん玉を転がした妹さんがガクリと首を倒した。

 死んだ。


「こんな小さい子から……それもお友達の心配してこんな所まで来るような子からお金なんて取れるわけないでしょ?」

「自分の事務所こんな所言うな」


 詩音さんは僕に向かって頼もしく「大丈夫」と言ってくれた。しかもタダでやってくれそうな気配…


「お姉さん達に任せて。お友達は必ずお姉さん達が見つけ出してあげるから…」

「ぬぅぅ……3ヶ月ぶりの仕事なのに……」


 *******************


 --ヘンテコ双子探偵と逝く!雨宮小春の『頼ろう会』を丸裸!!


「……坊主、結論から言うとお前の推測は当たりだろう…お前のお友達はまず間違いなく『頼ろう会』に消された」


 お白湯のように薄いお茶を啜る僕に美夜さんは告げた。


「『頼ろう会』--出たよ。美夜。間違いない…やっぱりあの高校時代の『頼ろう会』が復活したものだね……」


 デスクでパーソナルコンピュータをいじくる詩音さんがそう言って世界一の知見を誇るグーグル先生の検索結果を見せる。

 そこには『頼ろう会』のホームページなるものが……


「……神様にお願いしよう……神様が何とかしてくれる……やはり、あの時の教義のままだな……代表も骨原だ」

「でもおかしい……あの骨原先輩の頭にこんなに髪の毛が……」


『頼ろう会』--

 北桜路市を活動拠点とする新興宗教。代表は骨原。

 土地神を信仰し、「神様に頼れば大体なんとかなる」を教えに活動してるんだとか…お隣のニート、百地さんの話していた通りである。


 …そして。


「……まさか、あの神様が復活でもしたってのか?」

「でもあの神様は剛田ごうだ君に吸収されてる訳だし……」


 この姉妹、『頼ろう会』と相当深い繋がりがある。

 骨原とかいう代表の事も知ってるみたいだし、「高校時代」という具体的なワードまで出てきた。


「じゃあ……あのオカマを御神体に据えて復活した……とか?」

「そんな……でも剛田君って今プロ野球選手じゃなかったっけ……?」

「なんにせよ……高校時代と同じようにあの神様に信者が吸収されている可能性はある。骨原の髪の毛が復活するなんて……ありえないからな」

「ヅラじゃない?美夜……」

「そこを確かめれば、神様の復活の有無が分かる……ヅラなのか…地毛なのか……」


 ……?


「骨原に近づくには入信しなきゃな…」

「でも、私達の顔は覚えられてるよ?私達じゃ無理……」


「--あの」


 難しい顔で互いの鼻先を突き合わせる浅野に僕はソファーの上から声をかけた。

 どうやら『頼ろう会』のベールを剥ぐには内部調査が必要らしい……


 ならば僕の出番ではないだろうか?



「--僕が『頼ろう会』に行きます」

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