第9話 好きなピーナッツバターの種類は?
「最近ここいらで行方不明事件が多発してるらしいわよ」
「ああ、聞いたよ。なんでも一家丸ごと居なくなったとこもあるらしいじゃないか」
物騒な会話が食卓で咲く我が雨宮家…晩御飯のビーフストロガノフとかいうやたら強そうな名前のメニューに舌鼓を打ちながら僕は何となく両親の会話を盗み聞いていた。
最近、地元で行方不明者が多発している…
全国ニュースでも報じられるくらいには大事で、家族丸ごと消えたりとか2親等親族、飼い主水虫諸共失踪とか…
物騒なことこの上ないけど当事者にでもならない限りはこんな事件も井戸端会議のネタである。
陰鬱な天気が続き湿っぽい空気のまとわりつく今日この頃…雨宮小春、小学3年生。今日もお利口さんです。
『本日のゲストはこの方!日比谷真紀奈さんでーす!!』
『よろしくお願いしまーす』
食卓のBGM代わりに流していたバラエティ番組でその人がスタジオに現れたとき、僕は思わず納豆をかき混ぜる前に丸呑みにしてテレビ画面に食い入った。
面白くないとか同じような番組ばかりとか風当たりの強いテレビ業界の昨今…
例によって大して興味も惹かれないバラエティ番組だけども我らが御神体が降臨なされた瞬間、テレビ画面の向こう側がキラキラと輝きだした。
弾けるような笑顔と女神のような佇まい…
記憶の中にあるあの人--いやそれよりもずっと綺麗な日比谷真紀奈と僕が画面越しに視線を結んだ時、皿に取り分けたビーフストロガノフが手の中からこぼれ落ちていた。
…日比谷さん。僕は今芸能界を目指してます。
あなたにカッコイイって言われるくらいになるまで、待っててください……
既に芸能界デビューしている養成所の先輩達とは比較にもならないスターのオーラを纏った想い人を前に僕は心の中で誓いを繰り返していた…
「小春ったら…おかず床にこぼして……弁償してもらうからね?」
「どうした小春。クシャおじさんみたいな顔して……」
*******************
--KKプロダクショングループ芸能養成所、福岡校。
僕の通う養成所には僕と同じく北桜路市から通ってくる子達も少なからず居た。総じて禍々しいオーラを纏ってる。みな一癖も二癖もある曲者だ。
そんな普通の人なら話しかけるのも憚られる魔物達とも僕はトモダチになれる。
なぜなら僕もその伏魔殿出身だから。
演技レッスンに移ってから俺の名前は風見大和bot君以外とも交流が広まって、そんな怪物達とも言葉を交わすことが増えたある日…
「最近家に宗教の勧誘がしょっちゅう来るようになってさ…」
そう語るのは食堂でパンドラ・パラサイトの姿焼きを頬張る先輩、
ちなみにパンドラ・パラサイトとは深層階層魔宮聖殿固有の昆虫である。スナック感覚で齧る姿焼きは彼が持ち込んだものである。
「そうなんだ。どんな宗教?」
「『頼ろう会』って言うんだって。よく知らないけど、神様に頼んだら髪の毛が生えてくるらしいよ」
流石僕らの地元…意味のわからない宗教だ。
「その人達がしつこくてね…週8で来るんだよ…」
「毎週以上!?」
「雨宮君とこはそんなの来ない?」
「いや…来ないね……」
なんて会話をした翌日--
「こんにちはー、『頼ろう会』です」
来た。まるで狙ったかのようなタイミングである。まるでフィクションのような展開…
その日は平日で記録的な豪雨によりお父さんもお母さんも洪水に流されてしまったので僕が1人でお留守番…
自宅マンション6階まで浸水する豪雨…というか洪水のただ中、たくましいおばちゃん2人が宗教のパンフレットを手に我が家を尋ねてきた。
「…ごめんなさい、パパとママ居ないから…」
「ぼくぅ?神様信じてる?」
「神様は居るんだよ?この街にも居るんだよ。しかもね、神様に頼むとなんでも何とかなるんだよ?」
いたいけな小学3年にも容赦なくニコニコと勧誘してくる信者のおふたりに寒気すら覚える。
「この街にはね、神様が御座すのよ。だからこの街の人達は神様を信仰しなきゃいけないのよ。分かる?」
「これ、入信書類」
「僕…よくわかんない……」
「わかんなくていいのよォ!」
「ただ信じればいいの。神様が何とかしてくださるんだから」
……なんだろう。同じ人と話してる気がしない。恐らく本気で神様を信じてるんだろうこの人達の虚ろな瞳に少年、雨宮は恐怖すら覚えていた…
「さぁあなたも神様にその身を捧げるのよ?神様の御業の恩寵を受けるには対価が必要だから」
「神様の元に向かえるのよ?こんな幸せないでしょう?」
「…僕、よくわかんない……」
「分からないじゃないのよ?この街に住んでるんだからこの街の神様にお仕えしなきゃいけないのよ?」
「辛いことも悲しきことも全部神様が何とかしてくださるんだから…神様を信じればね?」
「神様を信じれば幸せになれるのよ?」
「神様の恩寵を受ける為にその身を捧げるのよ?」
……もうよく分からない。本当に。
この宗教の教義もよく分からないしこの街の神様とやらもよく分からないし入信書類になぜ「好きなピーナッツバターは?」って質問があるのかも分からない。
ので……
「ふぅぅ…ぐすっ……僕…そんなのわかんない…ぐっ…うぅっ」
とりあえずお引き取り願う為泣いてみることにした。
押し付けられる狂気を心の中で増幅してふるふる震えてみせる…が。
「分からないじゃないの」
「神様を信じられないの?あんた」
この街の人間は大抵おかしいけどこの人達は群を抜いておかしかった。
ふるふる子鹿みたいに震えてみせる小学生に対してもおばちゃん達は退かずなんならすんごいプレッシャーまでかけてくるではないか……
間違いなくヤバめの宗教だ。てか、小学生を勧誘するんだから間違いなくヤバい宗教だ。
「やめてよぉぉ…うぇぇぇぇ……」
いよいよ本格的に泣いてみる。小鳥遊夢の泣き顔を思い出してそれっぽく表情を作ってみる。涙は養成所の過酷なレッスンを思い出したら勝手に出た。
感情の抜け落ちた顔で僕を見下ろすおばちゃん達…身の危険すら感じたその時、隣の部屋の扉が乱暴に開かれた。
「うるせぇなっ!!お前らが騒がしいからお前らの声の振動で2年かけて作ってたトランプ城が崩落したじゃねぇかっ!!」
お隣のニート、百地さんだ。
トランプ城崩落は絶対言いがかりだけど、無精髭を生やしてがなり立てるお隣さんにおばちゃん信者達は小さく「ちっ!」って舌打ちしてスっと身を引く。
「…仕方ないわね。今日のところは帰るわ」
「でもね、あんたもきっと神様に頼ろうって気になる…また来るから覚悟しておくのよ?」
…なんでこの人達、こんな悪の組織のやられ役みたいな退散の仕方するんだろ……
おばちゃん達が帰って行ったのと合わせて玄関先でぽかんとする僕にお隣の百地さんが寄ってきた。
「泣き声がするから何かと思ったぜ…大丈夫だったか?長谷川んとこの坊主」
「雨宮です」
どうやら隣のただならぬ様子に助け舟を出してくれたみたいだ。こう見えて百地さんは優しいんだ。この前も作りすぎたにんじんしりしりおすそ分けしてくれた。仕事がなくたっていい人は居る。
「あいつら…『頼ろう会』だろ?」
「おじさん知ってるの?」
「おじさん……?…ああ、うちにも来たことがあるぜ。胡散臭い通り越してヤバめの宗教団体だ。噂じゃ信者になったら財産も自由も明日への希望も何もかもむしり取られるって話だぜ…」
明日への希望まで……?
宗教ってそんなんだっけ?
「神様に頼れば何とかなるなんていい加減な教義、聞いた事ないぜ…お前も気をつけろ?噂だが『頼ろう会』に入信した連中、ある日を境にぱったり姿を消したりすることもあるらしい……」
「え?行方不明に……?」
僕の背筋を薄ら寒いものが走った。
「アイツらの正体はショッカーだ。信者を誘拐して改造してるに違いねぇ」
「…おじさんは仮面ライダー観るよりタウンワーク見た方がいいよ?」
「脳髄ぶちまけるぞ?小僧……」
…信者が行方不明……
ここ最近多発してる行方不明事件と関係があるのかな?それとも、いかにもな怪しい宗教団体と行方不明事件を面白おかしく結びつけてるだけなのかな?
…まぁたしかに、あの宗教がヤバめの宗教ってのはすぐ分かるけど……
……まぁいずれにしても、当事者でもなければそんな噂話もただの--
--いっつも言ってるの。「幸せを取り戻すには神様に頼るのが一番なの」って……」
……その時僕の脳裏に浮かんだのはいつか耳にしたあの台詞…
それは宗教にのめり込んで多額の借金を背負ったという小鳥遊夢の母親が口にしていたという言葉だった。
……財産も自由も明日への希望もむしり取られる。
……信者は行方不明。
--小鳥遊さんはもうひと月半以上も養成所に顔を出してない……
「……神様に頼れば何とかなる」
僕の中で不穏なピースが重なっていく。
それと同時に記憶のスクリーンに映し出されたのは、夕日の中重たい足取りで帰路に着く小鳥遊夢の後ろ姿だった……
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