不穏な影

綾見とカフェで別れたあと、俺は一人歩いていた。向かうのは、近くの公園だ。ちょっとした用がある。実は、綾見とカフェで合流する前、帰宅途中の電車の中で、伊藤をいじめた男、数人の会話を聞いた。そう、盗み聞いた。たまたま奴らと同じ車両に乗り、彼らの背後に回りこむことができたからだ。会話の内容は、伊藤の部活が終わり次第、伊藤を近くの公園に連れていき話を付けるらしいということだ。話し合いで済むのなら良いのだが。うちの高校の部活が終わる時間は、七時頃だ、熱心な部活は、それよりも長く活動するらしいがな。伊藤の部活はわからないため。まだ公園にいるかどうかは微妙だが、確認する他ない。

足音を立てないように、闇に紛れるように、学校での俺くらい、影を薄くして、歩く。いや、最後のは余計だな、誰が、いてもいなくても変わらないだ!ボケが。まぁ、今はいい、そんなこと。頭の中で、茶番を繰り広げていた。公園には誰もいなかった。もう終わった後なのか、これからなのか、あるいは、そもそもそんなこと起こらないのか、それは、わからない。が、なにもないという事実にホット安堵している俺がいた。



次の日、学校で綾見と聞き込み調査を行っていた。

伊藤に近い間柄の人物に声をかけていた。それは、同じ部活だったり、あるいは、席の近い人のことだ。伊藤についても、男たち側についても、特にめぼしい情報は出てこなかった。これでは調査が進行しない。相棒は、ひどく困惑したように、額にシワを寄せ鳥取砂丘みたいになっていた。

かすかに声が聞こえてきた。それは、相棒のものではない。もっと、低音の男の声、いや、男たちだな。その瞬間、俺は、相棒と顔を見合わせた。息ピッタリで嬉しかった。

男たちとは、例の奴らだった。

ちなみに今俺たちは、初めて、伊藤や相棒と出会った、最初の玄関にいた。

俺たちは、男たちを柱越しに監視する。

「また、やられたのか。」

男の一人が言う。

「今月で何回目だ?」

「クソ、やられっぱなしで終わるわけにはいかねぇ。」そして、別の男が応答する。

男たちは、何かに腹を立てているようだ、それが、何なのかはわからないが、伊藤の件に関係しているかも知れない。

「まぁ、明日までの辛抱だ。」

「絶対に許さない、あの女だけは。」

男が憎悪に満ちた、低い声で喉を震わす。

さながら、獣のようである。

俺は、この一言で、やはり、あの説が頭に浮かぶ。それは、【伊藤なんかした説】である。

やっと、調査に進展があったな。

相棒の方を覗くと、先ほどの額の砂丘は、平らにならされ、目が嬉しさを訴えていた。だが、彼女のクールさは、崩れない。

俺は、問題を解決する、方法を思い付いた。相棒もそのようだ。

「男たちと接触して、情報を聞き出すのはどうだ?」

相棒に確認をとる。

首を縦にふる、それは、YESの合図。

俺は、相棒の背中を強すぎず、だが、前へ押し出せるくらいの力で押してやった。片手でグッドマークサインを出して、限りなく笑顔で送ってやった。なぜかって?俺は、人と話すのが苦手なのだ、聞き込み調査のときも、相棒の後ろをついて回るだけだったし、そもそも、相棒と話せてるのも、状況に流されてるだけだ。

「平塚くん、あなたは、何をしているの?」

ゾッとした。相棒の優しい声に、殺気を感じるのだから。

「いや、わかるだろ。話すのが苦手なんだよ人と。」

頼むわかってくれ、足震えてるんだよ。

「そう。あなた、私を一人で行かせるのね。」

驚くほど声に感情がない。そして、恐ろしい。

「あぁ、悪いな。でも、遠くから見守ってるからな。」

だんだんと、目が曇り始める。相棒の。

そして、相棒が口を開く。

「私は逃がさないわよ。」

いや、逃がさないって。怖すぎだろ。マジで、おっかねぇな。

次の瞬間腕を掴まれた。

それが、俺の最後である。俺の何が最後なのかって?命だよ、命 それくらい理解しろよ。と、一人で会話する。

「はい、わかりました。」

身の危険を感じ、早々に諦める俺、その姿は、圧倒的に弱者であった。

俺の相棒(めちゃくちゃこわい)に腕を掴まれたまま、男たちのもとへと連れられていく。やるしかないか。

「ちょっと良いかしら、聞きたいことがあるのだけれど。」

相棒が凛とした、声を発する。妙に雰囲気がある。

「なんだ」

男の声は少し、柔らかくなった。とはいっても、臨戦態勢から、警戒態勢に変わっただけだ。相変わらず恐い。そして、そこに挟まる俺は、かなり不憫である。

「最近、伊藤さんと何かあったの?」

いきなりそれかよ、もっとあるだろなんか。

「それがどうした?」

肯定したな、まあ俺たちは、初めから知っていたがな。

「伊藤さんがあなたたちにいじめられたと言っていたわ。」

だから、悪を成敗しに来た。といった物言いである。そんなに、挑発して大丈夫かな。不安だな。

「チッ、あの女。」

「あなたたちの話を聞いておきたいの。」

「俺たちの話?」

「伊藤さんに何かされたのでしょう?さっきのあなたたちの会話聞いていたわよ。」

「勝手なことしてんじゃねぇ。」

おお、こわ。挑発だめ、絶対。

今までの挑発がまずかったのか、人の話を勝手に聞いたのがまずかったのか、急に掴みかかろうとしてきた、俺に。は?なんで俺。悪いのは、綾見さんだよね。理不尽である。確かに女性に暴力は振るいづらいものだ、がしかし、俺でなくてもいいだろう、物に当たれよ人じゃなくてさ。第一に、伊藤のこと散々いじめてただろうが。まぁでも、綾見は悔しいけど、美人だからな攻撃しづらいよな。顔が良いとこういう時に、役に立つのか。いいなぁ。

と、半ば殴られ覚悟だったが、俺の頼れる相棒である、綾見が、男に睾丸キックを食らわせていた。男はよろめくそして、泣き叫ぶように、良い放つ。

「くそ、覚えてろよ。」

実にテンプレートに沿った発言だ。型にはまりすぎて面白い。男たちは逃げる。そして、俺たちは、置き去りにされてしまった。

「伊藤さんへのいじめは、やめる気がないようね。」

「あぁそうだな。」

だが、いじめの山場は、明日むかえるらしい。

そして、伊藤が男たちに何らかの働きかけを行った結果、いじめられているというのは、間違いないようだ。

伊藤を助けるべきかあるいは、償わせるという意図で見放すべきか。

俺のなかで答えは決まっている。

外は夕日がまぶしかった。

綾見が俺に別れを告げ校門の方へ歩み始める。

綾見の影は細く長いそして、力強さを感じた。

あの華奢な影にそれだけのものを感じる。

彼女 は、歩く。影は校舎の大きな影にのまれてしまう。埋もれてしまう。

彼女は、大きな影を背に背負っても、力強く進んでいく。

彼女は、歩く。やがて、校舎の影を越える。彼女を祝福するみたいに、夕日が照りつける。

影は一つ。俺の知るあの影になった。


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こんなにもラブコメなのは俺のせいじゃない。 Monday tuesday @lepsyconguroo

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