第39話 大切なもの

「あら、茉莉花ちゃんじゃない! どうしたの?」

「急に来ちゃってすいません。桜來いますか?」

「桜來なら今部屋にいるけど…… なかなか部屋から出てこようとしないのよね…… 何かあったのかしら……」


 桜來に電話をしても、プルプルプルと音が鳴り続けるだけで、わたしの電話に出てくれないので、わたしは家まで押しかけていた。


 急に来ても迷惑かもしれない。今はわたしと話したくないかもしれない。


 でもだからといって、先延ばしにできるようなものではない。


「いやあ、その、ちょっと桜來と喧嘩みたいなものをしてしまって…… 謝りに来たんですよ」

「あら、そうだったの? だからあの子あんなに引きこもってるのね。あの子茉莉花ちゃんのこと大好きだから」

「すいません。ちゃんと謝りたいので少しだけお邪魔しても大丈夫ですか?」

「それは大丈夫だけど、あの子部屋から出てくるかしら……」


 確かに。部屋のドアを開けてはくれないかもしれない。


 だけど、部屋の外からでも会話はできる。


 会話はできなくてもわたしの気持ちを伝えることはできる。


「まあでもわたしにまかせて!」

「え?」

「わたしが無理やりにでもあの子の部屋の扉こじ開けるから!」

「あ、あはは…… ありがとうございます」

「じゃあ、あがってあがって!」

「はい、お邪魔します」


 相変らずパワフルなお母さんだ。パワフルだけど、桜來のことを常に考えてる優しい人。


 わたしもそんな人になりたいな。


「桜來ー! ちょっと話があるから降りてきなさーい!」


 お母さんがそう言ってくれるけど、桜來の部屋がある二階からは足音一つ聞こえてこない。


「全く、あの子は……」

「やっぱりわたしが直接行きますよ」

「ううん、ちょっと待ってて。もう一つあるから」


(もう一つ……?)


「桜來ー! なんか茉莉花ちゃんが大変なんだってー! 何かあったみたーい!」


 思いっきり棒読みだ。棒読み過ぎる。抑揚ゼロだ。


 嘘つくの下手だな、桜來のお母さん。


 理由もすごく曖昧だし、これだと桜來はきっと降りてこな──


「……来たわね」

「え?」


 ドンドンと、どこからか足音が聞こえ始める。二階だ。二階から大きな足音が聞こえ始めた。


 そしてその音はだんだんとわたしたちに近づいてくるのが分かった。


「お母さん、どういうこと!? 茉莉花がどうした──」


(ほ、本当に来た……)


 これが母の力。恐るべし母の力。侮ってごめんなさい。


 桜來は現状がよく理解できていないようで、その場で止まって動かなくなっていた。


「じゃああとはお二人さんでごゆっくり~。お母さんは違う部屋にいるからリビング使っていいわよ~」


 そう言って、お母さんは消えるように去って行った。


「……桜來。話があるの」

「ど、どうしたの、茉莉花。そんな深刻な顔して。ちゃんと恋人さんとは一緒にいれた? わたしが映画なんかに誘っちゃったから、茉莉花気にしてないかなーとか考えてて──」

「桜來!」


 わたしは桜來が早口で話しているのを遮った。


「桜來」

「……何」

「ごめん、桜來」

「何が……」

「ずっとお姉さんのことを隠してたこと。桜來に心配かけたくないなって思って黙ってたの」

「別に気にしてないよ。茉莉花がこれがいいなって思ったことをするのが一番だもん」

「ううん。本当にごめん。ちゃんと話せば良かったよね。わたしたち友達だから……」

「友達……」

「ねえ桜來。今の桜來の気持ちを全部教えて欲しい」

「……無理だよ。そんなことしたら茉莉花に迷惑かけちゃう」

「迷惑じゃないよ」

「本当のことを言ったら嫌われちゃうかもしれない……」

「嫌わないよ」

「全部話したら…… もう友達でもいられないかもしれない……」

「何があっても友達だってことだけはずっと変わらないよ」


 それくらい、わたしは桜來のことを大切な人だと思っている。


 お姉さんと桜來では、形は違うかもしれない。


 だけど、同じくらい大切に思っているのはいつまでも変わることはないと思う。


「本当に…… 絶対に嫌いにならない……?」

「ならない」

「本当の本当?」

「本当の本当だよ」


 大切なものはいくらあってもいい。


 そしてわたしはそれを、その人たちを大切にし続ける。それが一番なんだと思う。


「……ちゃんと言わないと」

「うん」

「ちゃんと……」


 沈黙が流れる。


 わたしには待っていることしかできない。待たないといけない。


 しばらくして、桜來が口を開いた。


「わたしね、茉莉花のことが好き」

「うん」

「だけど茉莉花の恋人のことはすごく嫌い。わたしの方がずっと茉莉花のことを好きだったのに……って。だけどそれは自分が行動しなかったからだっていうのも分かってる。でも…… 結局ずっと茉莉花のことは好きなままで…… わ、わたしどうしたら……」


 桜來はそう言いながら、涙を流した。


(桜來……)


 もうこの前みたいに慌てて何もできなかった過ちは繰り返さない。


 わたしは服の袖で桜來の涙を拭った。


「ねえ桜來」

「なに……」

「わたしのこと、ずっと好きでいて欲しい」

「え……」

「その代わり、わたしもずっと桜來のことを好きでいるから。絶対死ぬまで、死んでも好きでいるから。桜來のことずっと考えてるから。だから桜來もわたしのことを好きでいて欲しい」

「そ、そんなの……」

「わたしね、桜來のこと好きだよ。昔も今もこれからも。今までで一番大切な友達だから」


 やばい、泣きそうだ。


 わたしが泣いても仕方がないのに、だんだん目頭が熱くなる。


「だからっ、だからお願い。わたしとこれからも一緒にいて」


 はたから見れば、わたしが桜來に告白をしていると捉えられそうだ。


 だけど間違っていない。わたしは告白をしているのだ。


 これかもずっと友達で、ずっと一緒にいたいという告白を。


「…………もう、なんで茉莉花が泣くの」

「あ、はは、ごめん……」


 わたしの目からは、すでに何度も涙が溢れ出していた。


 泣かないって決めてたのに。


「わたし、ずっと茉莉花のこと好きでいてもいいの?」

「うん」

「茉莉花もわたしのこと好き?」

「うん」

「本当に…… ずっと一緒?」

「うん」


 高校を卒業してしまえば、普通なら友達とは疎遠になってしまうだろう。


 だけどきっと桜來は違う。そう言い切れる自信がある。


「ありがとう、茉莉花」


 そう言って、桜來がわたしを抱きしめてきた。


 力が強い。だけどその強さが妙に心地よかった。


 わたしも同じくらいの力で桜來を抱きしめ返す。


「茉莉花、大好き」

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