第38話 ちゃんと話そう

「それで? 何があったの?」

「…………」


 あの後、心配してくれたお姉さんにファミレスに連れこまれていた。


 何があったのかと何度も聞いてくれているけど、わたしは何も答えられずにいた。


 なんて話していいか分からないし、桜來に告白されて──とお姉さんに話していいものなのかも分からない。


 桜來に告白されて分からないことだらけだ。


 なかったことにした方がいいと言われて解決したと思ったけど、結局何一つ解決していない。


「茉莉ちゃん…… まだ話せない?」


 わたしはこくりと頷いた。


「……茉莉ちゃん。わたしたち付き合ってるんだよね?」

「はい……」

「ならちゃんと話して欲しい。何かあったんだよね?」


 付き合ったらなんでも相手に話さないといけないんだろうか。


 そんな卑屈なことを考えてしまう自分が嫌になる。


「……わたしね、茉莉ちゃんのことはなんでも知りたいし、何か悩んでることがあるなら力になりたい。内緒にされたら寂しいよ」


 内緒…… 寂しい……


 もしかしてさっきのわたしも寂しかったのかな。


 桜來のことはなんでも知ってると思っていた。性格とか、誰と仲が良いのかとか、好きな食べ物とか。


 だけど当たり前に知らないこともあって。


 それを内緒にされていたことが寂しかったのかもしれない。


 だけど、内緒って言ってもわたしと桜來では全然違う。


 わたしはずっとお姉さんのこと内緒にしてて。


 友達だからって何でもかんでも全てをさらけ出すのは違うと思っている。


 それでもそれが理由で人を悲しませていいわけじゃない。


 わたしは……


「その、昨日──」


 わたしはお姉さんに昨日あったことを話した。


 何一つ隠さず、何一つ嘘はつかなかった。


 それが自分のことを好きと言ってくれている人への誠意なのかなと今思った。


「……なるほど……ね」


 そうお姉さんが言った後、しばらく沈黙が流れた。


 お姉さんもいろいろと考えているんだと思う。


 わたしは話したおかげで胸に抱えていたおもりが、ほんの少しだけ軽くなった気がしていた。やっぱり人に話すって結構効果があるのかもしれない。


「桜來ちゃん、前に一回だけわたしと会ったことあるよね?」

「はい……」


 そのときは桜來に心配をかけてはいけないと思って、わたしのお姉ちゃんだと嘘をついた。


「そのときね、あー、この子茉莉ちゃんのことが好きなんだろうなーって思ったの。それが友達としてであろうと、また別の何かであろうと」

「そ、そんなこと……」


 あったんだろうか。いや、あったんだろう。


 わたしはあまり自分を客観的に見れていないところがあるから。


「その……さ。わたしたち、一旦別れようか」

「…………へ?」


 わたしは目を見開いた。心臓がドクドクいっている。


「い、今なんて……」

「……別れようって。でも一旦だから一旦。ちゃんと桜來ちゃんとのことが終わるまでで──」

「嫌です!」


 わたしはハッとして自分の口を押さえた。


『嫌です』


 自分が頭で判断する前に出てきた言葉だった。


「……茉莉ちゃん。お願い」

「な、なんで別れる必要があるんですか? 後でもう一回付き合うなら別れる意味ないですよね?」

「ううん。わたしと茉莉ちゃんが今付き合ってたらきっと良くない気がするの」

「で、でも……!」

「恋人からのお願いだと思って。ね、これだけはちゃんとしないと」


 なんで別れる必要があるんだろう。


 分かっている。分からないことだらけだけど。でも分かっている。


 きっとわたしとお姉さんが付き合ったままだと、桜來はわたしの話を聞いてくれないと思う。


 桜來は「なかったことだと思って」と言ったけど、本当はなかったことにしたくはないはずだ。そう思っていたのに、桜來がそう言っただけで、わたしはもうそれでいっかって考えるのを諦めてしまって。


 だからちゃんと桜來と話をしないといけない。


 もしかしたら本当にもうなかったことにして欲しいのかもしれないし、ちゃんと本音で話さないと。わたしも桜來も。


「…………分かりました」

「……ありがとう。まあでもちゃんと後でわたしのところに戻ってきてくれたらいいからね」


 お姉さんは挑発するように笑った。


「……言われなくても戻ってきますよ。お姉さんのこと、好きですから」


 わたしは思ったよりもお姉さんのことを好きになっていたのかもしれない。


 あれだけ初めは拒否していたのに……と会ったばかりの頃を思い出す。


「ちょっ……! そ、そんなこと!」


 お姉さんは顔を赤くしながら下を向いてそう言った。


(ふう…… よしっ)


 驚いた様子で顔を赤くするお姉さんをこれで見納めにするわけにはいかない。


 わたしはポケットに入れていたスマホを手に取った。

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