第30話 もう少しだけ

(やっぱり広いな……)


 何度来たとしても、来る度にこの部屋の広さとオシャレさには驚くことだろう。


 わたしはお姉さんの部屋を一度来た頃と変わらず、『すごい……』と感心しながら、部屋を見回していた。


「茉莉ちゃん、ソファに座っててね」

「あ、はい」


 やっぱりわたしの家とのギャップがすごすぎて、なんだか落ち着かない。


 ソファに座っても、目をキョロキョロと動かして、ずっとそわそわは止まらなかった。


「はい、どうぞ」


 そう言って、お姉さんが差し出してきたのは、庶民の味方、みんな大好きな麦茶だった。


「……お姉さんの家に麦茶なんてあったんですね」

「あはは、そりゃあるよ」


 すごく意外だ。


 勝手にお姉さんの家にはお高い紅茶とかコーヒーしかないものだと思っていた。


 相変らずこのコップは高そうだけど……


 わたしは受け取ったガラスコップに入った麦茶をごくごくと飲む。


(ああ…… 麦茶だ……)


 もともと渇いていた喉と麦茶への安心感、そして謎の緊張もあってか、すぐにコップから麦茶は消えて行った。


「もう一杯いれてこようか?」

「あ、いや大丈夫です」

「そっか。はあ、今日は茉莉ちゃんと一緒にいれて楽しかったなあ」

「そうですか? なら良かったです」


 一緒にいて楽しいと言われると、素直にうれしい。


「ところでなんだけど、この前の女の子とはどうなったの?」

「女の子?」

「ほら、梗ちゃんって子」

「ああ……」


 なんて言ったらいいんだろうか。


 梗に好きと言われ、付き合えないと断ったら、それでも諦めないと言われ……


 わたしもどう捉えていいかまだ分かっていない。


 きっと梗と付き合うことはないと思う。


 何があるか分からないから絶対とだけは言い切れないけど、もし梗と付き合うとしたら、わたしは梗と友達として仲良くなりすぎている。


 梗が女の子だから……とかいう問題ではなく、梗はわたしの友達なのだ。


 それをどうしても恋愛対象として、見直すことは今のところできそうにない。


「はあ……」

「茉莉ちゃん?」

「あ、えーっと……」


(どう言おうかな。というかこれって言ってもいいのかな? だいぶプライベートなことだよね?)


 そう一瞬迷ったが、梗はお姉さんのいる目の前でわたしに好きと言ったのだから、問題はないかと思うことにした。


「特になにもないですよ。前と一緒で友達のままです」

「……! そっか! 良かったあ……」


 お姉さんは顔をぱっと明るくして、安堵の声を漏らした。


 わたしなんかのことで一喜一憂する人が目の前にいるのは不思議だ。


 それが友達だと言うならまだ理解はできるけど、そうではない全くの他人だった人がわたしと梗が友達のままだと知って安堵しているのだ。


 本当に不思議以外の何物でもない。


 それとともにわたしはよくわからない心地よさのようなものを覚えていた。


(…………)


「ねえ、茉莉ちゃん」

「はい?」


 わたしはぱっと顔を上げて、お姉さんの声に反応した。


「わたしね、茉莉ちゃんのことが好き。付き合ってください」

「……!!」


 そうわたしの目を真っ直ぐ見つめて言う、お姉さんの瞳に吸い込まれそうになる。


 いつもよりも真剣なお姉さんを見て、なんだか心が変な感じになる。


(お姉さん……)


「……もう少し。もう少しだけ待ってくれませんか?」


 わたしは喉の奥から声を出して答えた。


 もうちょっとだけ時間が欲しい。


 ここで「いいですよ」と言うことはできるだろうけど、わたしの気持ち的になんとなくまだ今ではないような気がする。


「……そっか。うん……! 分かった!」


 そう言うと、お姉さんはわたしにぎゅっと抱きついてきた。


「ちょっ……!」


 わたしはびっくりして後ろにのけぞったけれど、お姉さんはわたしから離れない。


「だめ……?」

「…………はあ。別にだめではないですよ」


 そんな眉毛をハの字にして、上目遣いで言われて断ることはできなかった。


 それに人前でなければくっつかれるのはそこまで嫌ではない……なんてことを考えながら、わたしはお姉さんの体温を感じていた。

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