第31話 土曜日
「やだやだ帰らないでー!」
「いや無理ですから!」
(なんだこの既視感のあるやり取りは……)
時刻は午後六時過ぎ。そろそろ空の青さが無くなってくる頃。
わたしの服をお姉さんが掴んで離してくれないというどうしようもない現状。
前にも全く同じようなことがあった気がするんだけど……
「もっと一緒にいたい…… ダメ……?」
「うっ……」
いつもの駄々をこねるような感じでお願いされれば断ることは簡単なのに、こんなふうにお願いされると断りづらい。
わたしの心が弱いのだろうか……
「……お姉さん、それ結構ズルいっていう自覚あります?」
「うーん、まあ割と」
(あるんかい……)
「はあ、まあいいですけど。あんまり遅いとお母さんが心配しちゃうかもだから、あと三十分くらいなら大丈夫ですよ」
「えー、あと三十分かあ。短いなあ。……あ、そうだ! 茉莉ちゃん、明日も休みだよね? 今日は泊って行くのはどうかな!?」
お姉さんがすごく前のめりになって、目を輝かせている。
「ええ……」
確かに今日は土曜日。
明日は何もないただの休日だ。
日曜日だからと言って、家族と出かけたり、友達と遊びに行ったりなんてこともない。
「でもわたし何も準備してきてないですし……」
今日はただただお姉さんと遊びに行くつもりで家を出てきたから、泊るためのパジャマだったりを何も持っていない。
「大丈夫! それはわたしがもう準備してあるから!」
「準備してある……? 準備するではなくて?」
「こんなこともあろうかと、前々から準備は完了済みなのです!」
「いやそんなドヤ顔されましても……」
(はあ…… そっか。じゃあ別に問題はないのか。……うーん、ないよね?)
まあお母さんには友達の家に泊るって言えば大丈夫だろうし、そこらへんうちのお母さん緩いからなんとかなるか。
「じゃあまあ…… いいですよ」
「ほんと!? やったああ!」
お姉さんは両手でガッツポーズをして、満面の笑顔を浮かべている。
たかが家に泊るくらいでこんなに喜んでもらえるとは。
不思議なものだ。
「あ、じゃあ夜ご飯はどうしよっか? 茉莉ちゃん疲れてるよね? わたしが何か作ろうか?」
「お姉さん料理できるんですか?」
「まあ一通りは!」
「へえ、すごいですね!」
わたしは全くできないというわけではないけど、別に得意ではないから料理ができるというのは少し憧れる。
「じゃあ申し訳ないですけど、それでお願いします。わたしも何か手伝いますよ」
「いいよいいよ! 茉莉ちゃんはゆっくりしてて!」
そう言って、お姉さんはキッチンの方へ向かって行った。
(ゆっくりと言ってもなあ。特にすることないんだよなあ)
夜ご飯ができるまで、テレビを見ているか、適当にスマホを触っているかくらいしかやることが思いつかない。
そんなことしているなら、お姉さんに労働力として雇ってもらう方がいい。
「やっぱりわたし手伝いますよ」
わたしもすぐにお姉さんのいるキッチンへ向かった。
「えー、茉莉ちゃんはゆっくりしてていいのに」
「あー、手伝いたいなあ。すっごく手伝いたい気分。暇だなあ」
そう言って、わたしはチラチラお姉さんの方を見る仕草をした。
「……あははっ! 分かった分かった。じゃあね、このニンジンの皮むいてくれる?」
「はい!」
わたしは喜んでお姉さんからニンジンとピーラーを受け取った。
「わたし、茉莉ちゃんのそういうところ好きだなあ」
「……何ですか急に?」
「んー? いやあ、好きだなあって思っただけ」
「…………そうですか」
「あ、なんか照れてない?」
「ぜ、全然照れてないです」
わたしはお姉さんの方から顔をそらした。
「え、照れてるよね!? 待って、茉莉ちゃん可愛い!」
お姉さんがわたしの顔を覗き込んでこようとする。
わたしはそれを避けるようにして、体をお姉さんから反対方向に向けた。
ニンジンとピーラーを持った手だけはシンクの上に置いたままだ。
「は、早く料理してください!」
「うふふっ、はーい」
(照れてたのはまあ確かに事実だけど…… なーんか悔しいな……)
わたしはそんなことを考えながら、勢いよくニンジンの皮をむいた。
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