第29話 一点集中

「おお、可愛い……」


 わたしはその可愛さから、ついメンダコの大きなぬいぐるみを手に取った。


 他にもいろんなぬいぐるみがあったけど、なぜかこれに一番惹かれた。


 なんとお土産売り場にも深海魚コーナーなるものが存在し、ペンやらマグカップやらぬいぐるみやら、いろんな深海魚をモチーフにしたグッズが売られているのだ。


「買ってあげようか?」

「いやいや、いいですよ。買うなら自分で買うので」


 さすがにお姉さんに買わせるわけにはいかない。


 わたしはお姉さんの提案を断って、思考を巡らせる。


 ついこの間、桜來に誕生日プレゼントを買ったばかりだ。


 だからなのか、それともわたしが計算して使えていないからなのか、とにかくあまりお金は残っていない。


(でもこのぬいぐるみを買えないわけではないし…… うーん。悩みどころだなあ……)


 これが誰かへのプレゼントだとするならば、あまり迷わず買えちゃうと思うんだけど、ただただ自分が欲しいっていう理由だとなかなか決断できない。


 この優柔不断な性格、どうにかならないものか……


(よしっ……)


 わたしはなんとか心に区切りをつけて、ぬいぐるみを棚に戻した。


「あれ、買わなくていいの?」

「はい。まあ別にいいかなって」


 本心を言うと、すごく欲しかったけど仕方がない。


 わたしはいつもすごく迷ったときのためにある基準を決めている。


 迷っても全部買えそうだったら買う。無理なら諦める。


 こういった理念によってわたしの体は動いているのだ。


 それに、ここで「いやものすごく欲しいんですけど……」なんて言っちゃうとお姉さんが気にしてしまうかもしれないし。


「そっか。じゃあもう出る?」

「はい。そうしましょう」


 そう言ってわたしはお姉さんの横を歩いて、水族館の出口をくぐった。


 ☆


「それにしても茉莉ちゃん可愛かったなあ」

「深海魚コーナーのとき以外ずっとこっち見てましたもんね」

「だってお魚を見る茉莉ちゃんの目がキラキラしてるんだもん! 可愛い以外の何物でもないよ!」


 そう少し興奮気味にお姉さんが言う。


(そんなにキラキラしてたかな……)


「……でもすごく楽しかったです。ありがとうございます」


 水族館なんてお姉さんに誘われなければ、きっと来なかったと思う。


 想像していたよりも、すごく楽しかった。


「茉莉ちゃん……! 可愛い!」

「ちょっ……! こんな人が多いところで抱きつかないでください……!」


 わたしは必死になってお姉さんを引き剥がす。


 お姉さんが不服そうな顔をしているけど、さすがにこんな道のど真ん中で抱きつかれる方の身にもなって欲しい。


「というかこれ今、どこに向かってるんですか?」


 わたしはお姉さんの横をついて歩いているだけで、全くどこに向かっているのか知らされていない。


 時刻は午後五時。微妙な時間だ。


「ん? わたしの家だよ」

「…………はあ。そうですか」


(まあちょっと疲れたし、それがいいか)


 一度お姉さんのマンションには行ったことがあるし、もうそんなことでは動揺しない。


 お姉さんがだいぶお金を持っているというところにも、食器とか飲み物が高価だというところにも耐性はついている。


 ただ何か壊しちゃったらどうしようとかいう恐怖は若干あるけど……


「ねえ茉莉ちゃん」

「はい?」

「手、繋いでいい?」

「……嫌ですって言ったら?」

「それでも繋ぐ!」

「ですよね……」


 別に手を繋ぐくらい嫌ではないし、仕方ないなあくらいの気持ちでわたしは手を差し出した。


「やった!」


 そう言って、お姉さんはわたしの手を握る。


 しかも普通に手を繋ぐだけかと思ったら、このお姉さんちゃっかり恋人つなぎにしてる。


 じっとお姉さんの方を見たけど、お姉さんは周りに音符マークが見えそうなくらいルンルンで、こちらの様子には気づいていない。


(……まあいっか)


 ほんの少し前のわたしなら嫌ですってはっきり言ってたような気がする。


 ということは今のわたしは変わったんだろうか。


 この短期間でわたし、なんかすごいことになってるよな…… 急に知らないお姉さんに告白されるし、それに梗のことだって……


 今まで何もない平穏な人生だったはずなのに、急に一点集中でいろんなこと起こりすぎでしょ……


(はあ……)


 わたしはひっそりとそんなことを考えながら、お姉さんと手を繋いで歩いていた。



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