第26話 ほんとにこの子は……
「でもわたし、梗とは付き合えないよ……」
前も言ったように、梗のことはずっと友達だと思っていた。
だから好きだと言われても気持ちは急には動かない。
「分かってる分かってる。まあ無理かなーとは思ってたから」
「え……?」
「だって茉莉がわたしのことを友達として見てることは分かってたし。というかそもそも好きって言うつもりもなかったんだよね」
「……じゃあなんで言ったの?」
「いやー、なんかつい言いたくなっちゃってさ!」
(え、ええ…… やっぱり軽い……)
梗は思ったことをすぐ口に出しちゃうようなタイプだ。
たまにわたし以外の人がいるところでもヒヤッとすることを言ったりする。
でも中学一年生の頃からわたしに隠してきたことを今になって言いたくなった理由は何なんだろう。
ずっと隠してたってことはそれなりに理由があるはず……
(……はあ)
気になりはしたけど、これ以上梗に質問することはやめた。
他にも気になることが次から次に出てきて、一生終わりそうにないから。
お弁当も食べなきゃだし。
そう自分に言い聞かせて、わたしはお弁当箱に入っていたタコさんウインナーを口に運んだ。
相変わらずご飯は今日も美味しい。
「でもわたしが茉莉のことを好きでいるのは自由でしょ?」
「ま、まあ……」
(確かにそうだけど……)
「だからわたしは茉莉のことを諦めないってわけよ。わたしにチャンスがあってもなくてもね」
「……それでいいの?」
「いいんだよねえ」
それってつらいことじゃないのかな。好きなのに、振り向いて貰えないって分かってるのに。
自分が蚊帳の外にいるなら、梗にもっと根掘り葉掘り、詳しく聞くことが出来た。
でも今でも驚くくらいにわたしは当事者そのものだ。
安易な言葉で梗を傷つけてしまうことだけは避けたい。
だからわたしはもう何も言わないことにした。
これからどういうふうに梗と接していいかは分からない。
梗はいつも通りにわたしに話してくれているけど、やっぱりわたしはどうしても意識してしまうと思う。
好きって伝えられると、こんなにも人に対する気持ちが変わってしまうものなんだと初めて気が付いた。
今のわたしと梗の間には友達という関係以上の何かが上乗せされている。
お姉さんも同じようなものだ。
好きと言われて、何もなかったわたしとお姉さんの間に関係が生まれた。
でも今のところ、お姉さんと梗では少し違う感情がわたしの中には存在した。
二人ともにわたしが恋愛感情を抱いていないのは確かに同じ。
違うことは、お姉さんとは別に付き合ってもいいと思えているけれど、梗にはそう思えないこと。
なんでなんだろう?
一緒にいた時間の問題なんだろうか。自分でもよく分からない。
(恋愛感情って難しいな……)
「ねえそれよりさあ」
「ん?」
「茉莉、ちゅーしようよ」
「ん゛ん゛……! ごほごほっ……!」
わたしはものすごい言葉が聞こえて、食べ物が喉につっかえてしまった。
すぐにお茶を口に含んで、呼吸を安定させる。
「ダメ?」
「ダメだよ!」
純粋な顔で問いかけてくる梗の要求をわたしはすぐさま拒否した。
「えー、なんでー」
「な、なんでって今までしたことないでしょ!?」
「だってもう好きってバレちゃったんだから自分の欲望に素直になろうと思って」
「いやそんな笑顔で言ってもだダメだからね!?」
(そんな優しい笑顔されても言葉のインパクトはさすがに消しきれてないよ! それに欲望って、なんか言い方がちょっと……!)
「茉莉はしたことないんだよね?」
「ないけど……」
「じゃあ試しにダメ? ほら、一回やっちゃえば案外抵抗なくなるかもよ?」
「ちょい! 顔近づけてこないでよ! 無理ったら無理だから!」
梗にとってはキスなんて軽いものなのかもしれないけど、わたしには超ビッグビッグビッグイベント。
わたしに恋愛経験がないからこんなこと考えちゃうのかもしれない。
でも好きではない人とキスをするのはわたしにはできそうにない。
「ちぇー。仕方ないかあ。じゃあこれ食べて」
「え?」
「いいから食べて」
「う、うん……」
わたしは困惑しながらも口を開けて、箸を持った梗に押し付けられている卵焼きを食べた。
うん、普通に美味しい卵焼き。
「へへっ」
「何?」
「間接キス!」
「……!?」
(ちょ……!?)
確かに思い出してみれば、わたしの食べた卵焼きは少し小さかった気がする。
でも今まで食べ物を交換したり、飲み物を回したりしたことなんていくらでもある。なのになんでこんな恥ずかしかってるんだ、わたしは。
「まんまと罠にはまっちゃいましたねー。ねえ茉莉さん?」
「っ……!」
(……はあ。ほんとにこの子は……)
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