第20話 好きの種類
「今…… なんて?」
「だからわたしと付き合おうって!」
(うーん。うん? 何言ってるの?)
梗の言っている言葉の意味がわたしには理解できなかった。
(付き合う? えっと、買い物に付き合ってください的な?)
でも梗ははっきりと「わたしと」って言ってた。
言い間違いかな。それともわたしの聞き間違い?
「ちょちょちょちょちょ、あ、あなた何言ってるの!?」
わたしよりも先に口を開いたのはお姉さんだった。
「雪宮さんはまだ茉莉と付き合ってないんですよね?」
「そ、そうだけど!?」
「じゃあわたしにもチャンスありますよね!」
(……うーん?)
この口ぶりだと梗がわたしとお付き合いをしたいみたいなニュアンスに聞こえるんだけどなあ。
そんなわけないもんね?
「茉莉、どうかな?」
「えっと、何が?」
「だから! わたしは茉莉が好きだからわたしと付き合うのはどうかなって!」
「す、好き……?」
(好き? 好き、好き、好き…… え、好き!? ど、どういうこと!? 今何が起こってるの!? 好きってなに!?)
わたしには現状の理解がなかなか追いつかなかった。
急に梗がこの発言をした意図が見えない。
しかもめっちゃ笑顔だし。
「えっと、ちなみになんだけど梗の好きってどんな好き?」
この世には好きが何種類か存在する。
友達同士の好き。家族に対する好き。アイドルに対する好き。
そして恋愛感情としての好き。お姉さんがわたしに向けてくれているみたいな好き。
梗は今どんな意味の好きの話をしているんだろうか。
「どんな? うーん、『あー、茉莉今日も可愛いー。めっちゃキスしたいー』って好きかな」
「何言ってるの!?」
(どういうこと!? き、きききキス!?)
キスなんて恋愛感情が関係する場面でしか発生しない。
じゃ、じゃあ梗がわたしに向けている好きって……
「梗…… わたしのこと好きなの?」
「何回もそう言ってるじゃん!」
(え…… ええええ!? なんで!?)
わたしの頭は一気に混乱していた。
(梗がわたしのことを好き……!? いや本当になんで!?)
「茉莉は友達が急にこんなこと言うのは気持ち悪い?」
「い、いやさすがに気持ち悪いまでは思わないけど……」
思わないけど、びっくりしすぎて体の中の器官という器官がごちゃ混ぜになりそうなくらい混乱していた。
ま、待て待て、落ち着け、白風茉莉花。一旦深呼吸しよう。
わたしはその場に漂っている空気をできるだけ目いっぱい吸い込んで、酸素を体に行き渡らせ、できるだけ目いっぱい二酸化炭素を吐き出した。
よし、深呼吸完了。で? えっと、梗がわたしのことが好きと? ふむふむ……
いやふむふむじゃないよ、わたし! え、なんで!?
梗のことはずっと仲の良い友達だと思っていた。
中学の時からずっと一緒にいて、いろんな場所に遊びに行ったし、いろんな相談もし合ったりした。
その梗がわたしのことが好き?
「茉莉……」
「え……」
気づいたときには梗から笑顔はなくなっていた。
「やっぱり迷惑だったか…… 言わない方が良かったね」
「そ、そんなことないよ!」
作り笑いをする梗は好きじゃない。
眉毛を少し下げて、困ったように笑う作り笑いは見ているこっちも苦しい。
「ほんと!? じゃあわたしと付き合ってくれる!?」
「え? い、いやあ…… それは──」
「はい! そこまで!」
そう言ってわたしの言葉を止めたのはお姉さんだった。
「茉莉ちゃんと付き合うなんてわたしが認めません!」
お姉さんは腕を組んで、不機嫌そうに唇を尖らせている。
「というかわたしを置いて話を進めないでくれる!? わたしの方が先に茉莉ちゃんに告白してるんだから!」
「でも雪宮さん、フラれてるんですよね?」
「ぐっ…… で、でも茉莉ちゃん最初よりはわたしを受け入れてくれてるんだから!」
「それでもまだ付き合えてないんですよね?」
「う、ううう~!」
(高校生に言い負かされてる……)
「……梗、ごめん。付き合えないよ」
「どうして?」
「わたしは梗のことをずっと友達だと思ってたから」
「うーん、そっかあ」
わたしも梗のことは好きだ。
ただ友達と恋人の間には大きな大きな溝がある。そんな簡単に飛び越えられたり、橋を架けたりできるものではない。
「そうだよね。分かってたけど」
「ごめん……」
「まっ、諦めはしないけどね!」
「え?」
「どういうこと?」と聞き返そうとすると、大きな着信音がその場の空気を振動させた。
「あ、やば、忘れてた! わたし今日お母さんにおつかい頼まれてるんだった! 絶対これ怒りの電話じゃん…… わたし先帰るね、茉莉! これお金!」
「え、ちょっ──」
わたしは何も言うことができないまま、梗はお金を机に置いて、颯爽と去って行ってしまった。
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