第17話 勘違い

「茉莉花、練習しよ」

「あ、うん」


(あれ、なんか全然普通……)


 さっきまでの変な様子は桜來から感じられなかった。


 何事もなかったかのように桜來は足に結ぶ紐を持って立っている。


(うーん、まあいっか)


 桜來が何も気にしていなさそうなので、わたしも考えるのをやめた。


 わたしは桜來から受け取った紐をわたしと桜來の足に巻き付けて結び、一緒にトラックまで移動した。


「よし、じゃあやろっか」

「ちょ、ちょっと待って!」


 わたしが桜來の肩を組もうとすると、桜來は横で深呼吸をし始めた。


 ずいぶん空気を吸う量と吐く量が多いみたいだけど、リレーの練習で結構疲れてたのかな。


「うん、おっけー! 大丈夫だよ!」


 桜來はそう言ってわたしの肩に手を回してきたので、わたしも回し返して、練習を始めた。


 ☆


「はあはあ、疲れたー!」


 何周トラックを走っただろうか。


 最初はズレていた足も揃うようになって、桜來と息が合うようになってきた。それがだんだん楽しくなってきて、少し走りすぎてしまった。


 わたしの方が桜來より足が遅いのは確実なんだけど、二人三脚だと割と速く走れている方だと思う。


 それもこれもきっと全てが桜來のおかげ。


「はあはあ、確かに疲れたね。今日はもうやめとこうか?」

「うん、そうだね。授業終わるまであと十分くらいだし」


 たぶん五分前くらいになったら集合してすぐ解散だろうし、今日はもういいかな。


 二人三脚の調子もいいし、まだもう一回個人練習の時間があるらしいから、またその時に練習すればいい。


「あ、そうだ、桜來。聞きたいことあるんだけどいい?」

「聞きたいこと? 何?」


 桜來って早見くんのことどう思ってる?


 そう聞こうとした瞬間にある重大なことを思い出した。


(そう言えば桜來、好きな人いるって言ってた……)


 わたしとしたことが、何で忘れてたんだってくらいすっかり忘れていた。


(そうだ。じゃあもしかして早見くん結構望み薄い? え、どうしよう……)


「茉莉花?」

「あ、ええっと……」


 もう聞いてくるねって言ったんだから、仕方ない。


 とにかく聞くだけ、聞かないと。


「桜來、早見くんのこと知ってるよね?」

「……? まあ同じクラスだから知ってるのは知ってるけど?」

「その、早見くんのことどう思ってるかなーって」


 こんなこと聞いたら、早見くんが桜來のこと好きだっていうのがバレてしまいそうなものだけど、早見くんが聞いて欲しいって言うんだからいいんだろう。


 もしかしたらバレてもいいとは思ってるのかもしれない。


「…………なんで?」

「えっ? いや、その……」


 まさかわたしから「早見くんが桜來のこと好きでさー。俺のことどう思ってるか聞いてくれって頼まれたんだよねー」なんて口が裂けても言えるわけない。


「ほら、早見くんって結構カッコいいから。桜來はどう思ってるかなーって思っただけ!」


 ちょっと苦しいかな。でもこれくらいしか理由が思いつかない。


「……別になんとも思ってないけど。茉莉花は?」

「え、わたし? わたしは普通に良い人だなーって思ってるけど」

「早見くんのこと好きとかではなくて?」

「え、わたしが!? いやいや、ないよないよ!」


 本当に一ミリもない。


 もしわたしが早見くんのことを好きだったとしても、わたしなんかのことを早見くんが好きになるわけない。


 そもそも桜來みたいに何か早見くんとこれといった接点があるわけでもないし。


「ほんとに?」

「本当だよ!」


 まさかわたしが早見くんのことを好きだと勘違いされるとは。


 確かに今考えると、わたしが好きって思われてもおかしくないような聞き方だったかもしれない。


 でも早見くんは桜來のことが好きなんだから、本当に違うんだよってすごい言いたいけど言えない……


「ふーん、そっか」

「え、まだ疑ってる? 本当に好きではないよ!?」

「うん、分かってる」

「そ、そう……」


 なーんか、まだ勘違いされてるままっぽいけど……


『ピーッ!』

「あ、笛だ。行こう茉莉花」

「あ、うん」


 先生が笛を鳴らして集合の合図をしたので、わたしたちはこれ以上その話については何も話すことなく、授業は終わって行った。




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