第16話 調子狂うなあ……

「桜來おはよー……」

「おはよう、茉莉花。相変らずギリギリだね」

「うん、間に合って良かったけど、ものすごい熱いよ……」


 走って学校に行くのは、たとえ冬だとしても熱くなるので季節は関係ない。


 そもそもわたしが早く起きればいいだけじゃんって言われてしまえば、ぐうの音もでないんですけどね。


 八時二十五分。ホームルームの時間、五分前。この前よりは早く学校に着けた。よく頑張った、わたしの体。


「あー、今日一時間目から体育だ……」


 最悪な時間割を発見してしまった。


「仕方ないよ。体育祭の練習あるんだから」

「そうだけどお…… 一時間目から体育ってどんな苦行なの……」


 朝から走るという苦行を負っているわたしにさらに追い打ちをかける時間割。


 一時間目体育を喜ぶ生徒は一人もいないだろう。


 ただでさえ、朝走って疲れているのに、体育でさらに蓄積された疲れを六時間目まで持ち越さないといけないのが、なによりつらい。


 授業の間の休憩やお昼休憩だけでは時間が足りない。


 せめて体育の後の二時間目を寝て過ごして、気力を回復させなくては……


「お前らー、席つけー」


 そんなよこしまな考えを抱いていると、先生が教室にやってきた。そしてそのままホームルームが始まっていった。


 ☆


「よしっ、じゃあ今日は各々出場する競技の練習だ。真面目に取り組むように!」


 今日の体育は個人練習みたい。


 普通の体育の授業よりはだいぶ楽だ。


「桜來! 練習しよっか?」

「ごめん、先にリレーの練習があるらしいから、ちょっとだけ待ってて!」

「あ、そっか。うん、分かった」


 桜來はリレーのメンバーが集められている方へ行ってしまった。


(さてと、どうしよう……)


 桜來がいないと二人三脚しか出場種目がないわたしは何もすることがない。


 楽と言えば楽なんだけど、ちょっと寂しいというか…… グラウンドの隅で砂でもいじってるか……


 そう思って、グラウンドで砂場みたいになっている場所に移動して、腰を下ろしていると、わたしは声をかけられた。


「白風さん!」

「あ、早見くん。どうしたの?」

「その…… 草刈さんに聞いてくれたかなって思って」

「あ、ごめん、まだ聞けてないよ……」

「そ、そうだよね! 俺、先走りすぎだよね……」


 そのことは覚えてはいたんだけど、朝は聞くタイミングが掴めなかったから、これから聞こうと思ってたんだけど……


「わたしこれから桜來と一緒に練習があるから、その時に聞いてみるよ!」

「う、うん……! ありがとう!」


 なるべく早く聞いてあげた方がいいよね。


「ところで早見くんは練習しなくていいの?」

「ああ、俺、騎馬戦に出るんだけど、一人がリレーの方の練習に行っちゃって。俺騎馬戦しかでないから、何もすることなくて今は暇なんだ」

「そうなんだ。わたしと一緒だね」


 やっぱりそういう人もいるんだな。


「早見くんって桜來のどんなところが好きなの?」

「え、ええ!? いきなり!?」

「だって気になるからさあ。やっぱり可愛いから?」

「その、それもあるんだけど…… 草刈さん、俺が大切なもの失くして困ってた時に一緒に探してくれたんだ」

「大切な物?」

「うん。犬の形のキーホルダーなんだけど、そればあちゃんの形見でさ。本当に困ってたんだけど、草刈さんが見つけてくれて……」

「それで好きになっちゃった?」

「う、うん…… 単純だよね、俺って…… 恥ずかしいな」


 なんて素晴らしいエピソード。


 なんだか心がほっこりする。


 桜來の優しさも見えるし、その瞬間に早見くんが桜來に恋をしたんだと思うと、その空間はきっとすごい特別だったんだろうなって想像できる。


 やっぱり桜來は優しいなあ。


 可愛いに優しいが乗っかってるんだから、もうそれはこの世で最強の武器を手にしているようなもの。


 そんな桜來が友達であることをわたしは誇らしく思うとともに、自分も桜來みたいになりたいなと強く思った。


 顔はもうどうしようもないけど、性格だけでも努力したいな。


「茉莉花」

「あ、桜來──」


 桜來がリレーの練習から戻ってきた。


「さ、桜來!?」


 わたしの名前を呼ぶ桜來の声が聞こえたので、立ち上がったわたしはなぜか勢いよく桜來に引き寄せられ、腕に抱きつかれていた。


 いつもはそんなことしない桜來がわたしに腕を組んできたことに驚いて、声が上ずってしまった。


 どうしたの急に……?


「行こ、茉莉花」

「え、うん…… あ、じゃあ早見くん、またね」


 そう言って、わたしはグラウンドの隅から練習のためにトラックがある中心付近に桜來と一緒に戻った。


「桜來どうしたの?」

「……なんでもない」

「でもなんかあんまり元気がないような…… リレーの練習で何かあった?」

「……なにもないよ」

「そ、そう…… それならいいんだけど、その、手……」


 わたしの腕にはまだ桜來の腕と手が絡まったままだ。


 桜來からこうしてくれること自体は嬉しいんだけど、これから練習だというのに、あんまり離そうという気配は感じ取れなかった。


「え、あ、ごめん! わ、わたし足に結ぶ紐取ってくるね……!」

「あ、うん」


(……な、なんか調子狂うなあ)



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