第10話 可愛いの違い

「茉莉ちゃん!」

「えっ!?」


 なんか見たことある人が子供みたいな笑顔を振りまいて、校門の前でわたしに手を振っている。


 なんでこんなところにいるんだか……


「何してるんですかお姉さん……」


 わたしは無視するわけにもいかなくて、お姉さんに近づいた。


「茉莉ちゃんに会いたかったの!」

「なんでわたしの学校知ってるんですか?」

「その制服見たらこの学校だってすぐ分かったよ?」

「……今日お仕事は?」

「今日は火曜日だからお店はお休みなの」

「だからって学校にまで会いに来ないでくださいよ……」


 周りの生徒たちの視線がわたしたちに向けられている。


 わたしとお姉さんがどんな関係なんだろうと予想するような視線もあれば、男子のお姉さんに対する熱い視線も感じる。


 ……このお姉さん、やっぱり美人だな。


 服は清楚でオシャレだし、大人なお姉さんって感じがオーラが溢れ出ている。


 爽やかな柑橘系の良い匂いはするし、お姉さんの周りだけ空気が透き通っているような気がする。いや、なんならもう透き通っている。


 オシャレにもメイクにも気を使っているのがよく分かる。


 なんでこんな人がわたしのこと好きなんだか……


「あのすいません!」


 すると二人組の男子生徒が話しかけてきた。正確に言うと、男子生徒はお姉さんに話しかけてきた。


 見た感じなんとなく先輩っぽい。しかも結構なイケメンだ。


「お姉さん超美人っすね!」

「ふふ、ありがとう」

「このあとなんか予定あるんですか?」


(さ、最近の男子高校生は校門前に立ってる誰かの知り合いかもしれないお姉さんにナンパとかすんのか……)


 驚きつつも、その気持ちも少しは分かる自分もいた。こんな人、滅多に校門前になんか立ってないからな。


 綺麗な花に蝶たちが引き寄せられるのは自然の摂理。


 つまり男子高校生たちが綺麗なお姉さんにふらふらと引き寄せられるのは自然の摂理。


「ごめんね、このあとはこの子とデートなの」


 そう言ってお姉さんはわたしの腕をグイッと引っ張った。


(ちょ、デート!? 聞いてないんですけど!?)


 わたしはお姉さんの顔を直視したけど、お姉さんはにこっと笑うだけで、何も問題はないみたいな顔をしていた。


「それは残念っす。じゃあまた機会がありましたら是非! 俺たちいつでも飛んで行きますんで!」

「はーい、じゃあね。茉莉ちゃん、行こう」


「どこにですか?」って言いたかったけど、校門前にこのままずっといるのも気まずいので、とりあえずお姉さんの隣を一緒に歩いて行くことにした。


 それにしてもずいぶん良識的なナンパだったな。しつこい人は本当にしつこいのに。


 ああいう人ってモテるんだろうなあ。


「お姉さんやっぱりすごいですね」

「ん? 何が?」

「今のイケメン男子ですよ! お姉さんすごいナンパされたり声かけられたりするでしょ?」

「そうでもないよ。それにナンパって生物学的に女なら誰でも声かけちゃうのよ」

「うーん、そういうものですかね?」


(まあ確かにわたしですらナンパされたことがあるくらいだからそうなのかも……)


「でもお姉さんって可愛いからやっぱりナンパは多いですよね?」

「え…… 待って、茉莉ちゃん。今、可愛いって言った!?」

「え、いや言いましたけど……」


 なんかお姉さんの目が急に輝きだしてしまった。


 普通に何気なく本心を言っただけのつもりだったんだけど、まずかったかな……


「もう一回言って! 可愛いってもう一回言って!」

「…………可愛い」

「きゃー! もう茉莉ちゃん好き!」

「ちょ、こんな道の真ん中で抱きつかないでください!」


 わたしはお姉さんの肩を掴んで、お姉さんを引き剥がした。


 すぐにところ構わず抱きつこうとしてくる癖はどうにかして欲しい。


「そんなに嬉しいものですかね? お姉さん可愛いって言われ慣れてますよね?」

「そんなの全く知らない人から好きなんて言われるよりも好きな人に言われるのは比較にならないくらい嬉しいに決まってるでしょ!」


 お姉さんはまくしたてるように早口で喋っていた。


「それに初めて茉莉ちゃんに可愛いって言われたもん!」

「あ、そうでしたっけ?」


 可愛いってよく言われてるだろうから、わたしが言ったところでそんなの分かってるよってなるかと思っていた。


「茉莉ちゃん、これからも可愛いって言ってくれる?」

「それくらいいいですけど……」

「嬉しい! お姉さん嬉しいよ! あと一か月は仕事頑張れる! わたしこれからも自分磨き頑張るよ!」


(可愛いの効果すごいな…… それにしても……)

 

 お姉さんは時間をかけて、綺麗に髪の毛を巻いて、可愛くメイクをして、オシャレをしてわたしに会いに来てくれたのだろうか。


 もしそうなら嬉しい。


 貴重な時間をわたしに会うために投資してくれることほど嬉しいことはない。


 それがこのお姉さんだったとしても。


 そう思ってしまうくらいにはわたしはお姉さんを受け入れてしまっているんだなと思った。




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