第11話 タワーなマンション

「えっと、どこですかここ?」


 わたしがお姉さんに連れてこられたのはマンションの前だった。


 しかもこのマンションとてつもなく縦に長い。


 これもしかしてタワーなマンションってやつ?


「わたしの暮らしてるマンションだよ。行こう、茉莉ちゃん」

「あ、はい……」


 わたしは驚きすぎてお姉さんに何もいうことはできなかった。


 ☆


(なんかびっくりしすぎて普通にお姉さん部屋にあがってしまった……)


 お姉さんの部屋があるのは十八階だった。町の様子が一望できる高層階。


 部屋には適度に緑があって、インテリアも統一性があってすっきりとしている。


 わたしが座っているソファはふわっふわ。履いているスリッパもふわっふわ。


 どうなってるの、この部屋。


 ホテルか何か?


「茉莉ちゃん、お茶どうぞ」


 そう言ってわたしに差し出されたカップの中に入っていたのは紅茶。


 紅茶が入っているカップもこれまたオシャレで紅茶をより引き立てている。


 なんかよく分からないけど、非常に高そう。


(どこまでオシャレなの……)


 わたしの家でお客さんとか友達が来た時に出すのは麦茶だよ、麦茶。透明なガラスのコップに入った麦茶ですよ。


「ありがとうございます」


 わたしは紅茶を一口。


(ええ…… なにこれめちゃ美味しい……)


 飲んだだけで、この紅茶はすごく良いものだとわたしの舌が感じとった。


 雑味が一切ない。これなら紅茶が苦手な人でも飲めるんじゃないかと思うほど渋みや苦みも少ない。


「こ、この紅茶もしかしてすごい良いやつ……ですか?」


 頼む。そこらへんのスーパーに売ってる安い紅茶だと言ってくれ。いや、言ってくださいお願いします。


「これ? さあ、どうだったっけ。あ、でもそういえばどこかの王族だか王室だか知らないけど、なんかそんなキャッチコピーが書いてあったような気が……」


 だ、誰かわたしのいつも飲んでる五袋入りのティーバックの紅茶持ってきてー! こんなのわたし飲めないよー!


 わたしは持っているカップを震えながら机に置いた。


 こんな高級紅茶出されたって、わたし何も返せないよ! なに王族って!? よくお菓子とかで聞く〇〇王室御用達とかそういうやつの紅茶版ってこと!? わたしどこかの国の王族と同じ紅茶飲んじゃってるの!?


 こんな紅茶飲める機会なんてもう今後続く人生の中で一度もないと確信できる。


 でもだからってこんな高いものをごくごく飲む勇気わたしにはないよ……


 お姉さんは何も気にする様子はなく隣で紅茶を飲んでいる。


 オシャレな人がオシャレな部屋でオシャレな紅茶を飲んでる…… なにこの人…… オシャレの化身なの?


 こんなタワーマンションに住めて、こんなお高い紅茶を優雅に飲めるなんて、普通の一般人にはできない。


「お姉さんってもしかしなくてもお金持ちですか?」

「いや? わたしはそんなにお金持ってないよ」

「……お姉さん、説得力って言葉知ってます?」


 さすがにこの状況を見て、「あはは、そうですよねー」なんて出てこない。


 説得力のかけらもないってこういうこと。


「いやいや、わたしは本当にただの美容師だからそこまでお金はないよ。ただ親が社長なだけで」

「社長!?」


(お、親が社長!? なにそのフレーズ!? お姉さん、だけって言葉の使い方間違ってるよ!?)


「自分で言っちゃうのもなんだけど、わたしのお父さんってわたしのこと大好きなの。だからいくら断ってもいろいろしてくれるんだよね。本当に娘のためを思うなら何もしてくれない方がいいんだけど……」


 な、なんかお姉さんにもいろいろあるんだな……


「あ、茉莉ちゃん。さっきから言おうと思ってたんだけど、わたし以外の人の家にこうやってすぐに連れてこられちゃダメだからね?」

「え? あ、ああ、はい」

「本当に分かってるの!? わたしだから大丈夫なんだからね!?」


 さすがにお姉さんの部屋じゃなかったら断っている。


 断っても無理なら全速力で走って逃げるくらいのことはする。


 こんなこと言っても、わたしの方こそ説得力ないって言われるかもしれないから言わないけど。


「ところで茉莉ちゃんってなんでそんな可愛いの?」

「へ? 急になにを……」


 話の急展開がすぎる。


「歩いててもただ立ってるだけでも可愛いってどういうこと?」

「い、いや……」


 可愛いって言葉の効果はすごいことをわたしは今さっき学んだところだ。


 自分がそんなことないって分かってはいても、可愛いと何回も言われると嬉しい。


 自然と顔がにやけてしまう。勝手に口角が上がってしまうのをとめられない。


「あー、もう茉莉ちゃんが可愛いよ~」

「ちょっ!?」


 わたしはふわっとした甘い香りに包まれる。


 こうもノールックで抱きつかれると避けれるものも避けれない。


「お姉さん、離れてください!」

「えー、嫌だ。もう茉莉ちゃんから一生離れたくないよー」

「なに親離れできない子供みたいになってるんですか!」

「だって茉莉ちゃんに抱きついてるだけですごく幸せなんだもん」

「っ……!」


(この人は恥ずかしい言葉をまあスラスラと……)


「……あの、お姉さんって本当にわたしのこと好きなんですか?」


 今どうしてこんなことを思ったのかはよく分からないけど、ふと聞きたくなった。


「うん、大好き」

「…………」


 わたしの何がこんなにお姉さんに気に入られているのだろうか。


 一目ぼれで付き合ってみたけど、実際付き合ってみたらなんか違うなんてよくある話だし、わたしとお姉さんは付き合ってはないにしろ、お姉さんの想像通りだったわたしなんてほんの一握りくらいしかいないことだと思う。


 きっとこれからわたしの嫌なところだって絶対に見えてくる。


 それでもお姉さんはわたしのことを好きって言うのかな。


「はー、茉莉ちゃん良い匂い。落ち着くー」

「いや汗かいてますから吸わないでください!」

「汗かいてなかったらいいの?」

「だ、だめに決まってるじゃないですか!」


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