第4話 運命か偶然か

「桜來ー、行こっか」

「う、うん……」

「どうしたの?」

「過剰摂取しすぎた……」

「何を?」


 ホームルームもようやく終わったので、カフェに行こうと思ってたんだけど、なんかわからないけど、桜來が苦しんでいる。


「大丈夫? 体調悪い?」


 もし体調が悪いならカフェなんて行っている場合じゃない。


 今すぐ家に帰るか、保健室に行って休んだ方がいい。


「あ、ううん。体調悪いわけじゃないよ。ただ過剰摂取しすぎただけで……」

「だから何を!?」


 目的語がないので何をそんなに摂取してしまったのかは分からないけど、とにかく体調が悪くないなら良かった。


「えっと、じゃあカフェに行くでいいかな……?」

「うん、ごめん。行こうか」


 こうしてわたしは謎に苦しむ桜來をつれて、学校をあとにした。


 ☆


「か、か…… 可愛い~!!!」


 わたしの目の前にはケーキが一つ。


 ケーキは白クマの形をしたケーキで、体の表面が白いクリームで覆われ、耳と鼻は小さなマシュマロ、目はチョコペンか何かで描かれたチョコレート。


(やばい…… 可愛すぎるっ!!)


 てっきり新しいカフェはよくあるオシャレ系のカフェだと思い込んでいたんだけど、わたしの思っていたカフェとは少し違った。


 とにかく可愛いのだ。


 ケーキやプリンみたいなスイーツはもちろん、お店の内装もものすごく可愛い。


 お店の壁のいたるところにイヌやネコみたいな動物が可愛く描かれている。


 レジの前に置いてあった、小さなウサギの置物も可愛かったし、ここは天国か。


「やばいよ、桜來! 可愛すぎて食べれない!」

「……負けた。スイーツに…… 白クマに……」

「え、どうしたの……?」


 わたしがスイーツの写真を撮りながら桜來に話しかけると、桜來はずっと何かをぶつぶつと呟いていて、わたしの言葉は届いていないみたいだった。


 負けたとかいったような言葉が聞こえる気がする。


「桜來……?」

「え? あ、ああ、可愛いよね! ほんと!」

「う、うん。そうだよね」


(……まあいっか)


 それよりどうしよう。本当に可愛くて食べるのがもったいない。


 チョコレートでできた白クマの目から『食べないで……(きゅるるん)』な視線を感じるのはわたしだけだろうか。


(でももう選んじゃったし…… 残すわけにはいかないんだ…… 君のことはわたしの記憶とスマホのデータにしっかりと焼き付いたよ……)


 そんなことを思いながらわたしは手でギュッとフォークを握りしめる。


(ごめんよ……!)


 そしてついに白クマの顔は崩れ、わたしは白クマの顔、右半分をゆっくりと口に運んだ。


 生クリームの風味が口いっぱいに広がる。


「お、美味しい~!」


 口に入れた瞬間に、可愛い白クマのことがすぐにどこかに飛んでいく。


 生クリームはクリーミーだけど甘すぎないし、スポンジもふわふわ。しかも中から苺のソースが溢れ出してくるものだから、酸味もすごくアクセントになっている。


 わたしは自然と顔がとろけていくのが自分でも分かった。


 こんな幸せな空間があっていいのだろうか。


 わたしはどこかの平行宇宙にある少しメルヘンな世界に迷い込んでいるような気持ちになっていた。


(はあ、幸せ~。……………ん?)


 そんなわたしを現実に引き戻すような、ある人を発見してしまった。


 本当に偶然がすぎる。


 ……例のお姉さんだ。


 わたしが座っている席のすぐそばにあるガラス窓にお姉さんが映っている。


 しかもアンラッキーなことにお姉さんの目はわたしの目を見つめている。


(や、やばい…… なんでこんなところにお姉さんが……)


 するとお姉さんの目がだんだんキラキラと輝き始めた。そしてそのままお店の入り口がある方に走って行った。


(ど、どうしよう…… まさかここに来るの……?)


 今ここに来たら、桜來にお姉さんのことがバレてしまう。


 桜來にいらない心配をかけたくないからお姉さんのことは黙ってようと思ってたんだけど……


「茉莉ちゃん!」


 そんなことを考えていると、落ち着いた柔らかい声が弾んだ様子でわたしの名前を呼んだ。


「……お姉さん」


 来てしまった。


「茉莉ちゃん、偶然だね! あ、もしかしてこれって運命かな?」

「違いますよ! 偶然中の偶然です! てか、くっつこうとしないでください!」


 わたしは腕を絡めてこようと距離を詰めてくるお姉さんを押し戻す。


 本当にどうしたものか……


「えっと、茉莉花……? その人は?」


 桜來が置いてけぼりな様子で、不思議そうに聞いてきた。


(だ、だよねー…… 気になっちゃうよねー……)


 わたしはなんて言い訳をしようか、すぐに考えを巡らせた。


 わたしの昔からの友達で……というのにはさすがに歳が離れすぎている。


 なら小学校の時の先輩で……というのはありかもしれないな。


 桜來は中学生の時のわたしをそんなの知らないはずだし、中学校の時の部活の先輩で……というのも悪くない。


「その人ってもしかして……」

「え?」


 わたしは桜來が何を言うのかと身構える。


「もしかして茉莉花のお姉ちゃん?」

「へ? お、お姉ちゃん……?」


 お姉ちゃんというのは予想外で間抜けな声を発してしまった。


 確かにわたしには五歳、歳の離れたお姉ちゃんがいると以前桜來には話したことがあった。


 でもこのお姉さんとわたしは顔も雰囲気も全く似ていない。


 まさか桜來がこの人をわたしのお姉ちゃんだと思うとは。


 わたしがお姉さんのことを「お姉さん」と呼んだからだろうか。


「そうです! わたしは茉莉ちゃんのお姉ちゃんの雫です!」

「ちょっ……!?」


(何言ってるの!?)


「さ、桜來、ちょっと待ってて!」


 わたしは急いでとてつもないことを言い出したお姉さんをつれて、お店の外に出た。


「何勝手にわたしのお姉ちゃん名乗ってるんですか!?」

「ええ? だって茉莉ちゃんと一瞬でも同じ苗字になりたいなって思っちゃって」

「めっちゃ軽い!」

「あ、ごめん。そうだよね、軽かったよね。同じ苗字になるのは結婚してからが良かったよね……」

「何言ってるんですか!?」


 お姉さんの相手をしていると異常に疲れる。


「はあ…… もうわたしのお姉ちゃんって設定でいいですよ。その代わり、桜來の前ではこれからもちゃんとお姉ちゃんを名乗ってくださいよ? 桜來にはお姉さんのこと隠してるんですから」


 わたしの本当のお姉ちゃんは大学生。今は一人暮らしをしていて、一緒には暮らしていない。


 帰ってくるのはお盆とかお正月の長期休みの時だけだし、お姉ちゃんが桜來と出くわすこともないだろう。


「桜來ってさっきの子だよね? お友達?」

「そうですけど…… 桜來に余計なこと言わないでくださいよ?」

「はーい……」






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