第3話 桜來、可愛い

(はあ……)


 化学の授業。わたしが一番嫌いな授業だ。


 原子だか元素だか知らないけど、何百倍にもしないと目に見えないものを考えるのはすごく難しい。


 しかもその何百倍にしないと見えないものを計算しろっていうものだから頭は白旗を振りすぎて、折れてしまった。


 先生は分かりやすく模型を使って解説してくれるけど、正直何を言っているか全く分からない。


 授業がわからないと、流れに置いて行かれてしまって、別のことを考えてしまう。


 しかももう六時間目で集中力自体失われてきている。


 まあそもそも授業に集中しなきゃと思っても、集中したところで全然分からないんだけど。


(よしっ、もういっか)


 大切なのは目に見えるものだよね、先生!


 わたし目を閉じて、一昨日と昨日のことに思いを巡らせることにした。


 お姉さんの姿が思い浮かぶ。


 普通なら告白されれば、少しは心がときめくものだと思っていた。


 でも本当に全く何の素性もわからない人から告白されると、人は心がときめくどころか、困惑してしまうんだなと実感した。


 わたしがあのお姉さんについて知っているのは名前と職業だけ。


 そんな人とわたしは一緒に遊びに行ったのかと思うと、わたしすごいな、天才か……の二言しか出てこない。


 わたしは自分のコミュニケーション能力がそんなに高くないことは自覚している。


 昨日初めてあった人なんて、声上ずりまくりで『あ、え……』のオンパレードだ。


 なのにあのお姉さんの強引な性格のおかげ……なのかは考える余地があるとして、わたしでも意外とあまり気を遣わずに話すことができている。


 ひとめぼれだとか言っていたけど、そんな赤も赤、薔薇みたいに真っ赤な他人に急に告白なんてするだろうか。


 でもわたしはあんな年上の人と今まで関わった記憶はない。


 じゃあひとめぼれしかないか……とはなるけど、わたしなんかにひとめぼれするとは到底思えない。


 だってわたしは別に可愛くなんてないし、可愛いっぽく見えるなんてこともない。


 いやわたしもせめて可愛いっぽくは見られたいと言う願望はあるけども。


(はあ…… なんでだ? あー、ダメだ、わかんないや……)


 考えれば考えるほど、あのお姉さんの素性は遠ざかっていく。


「──風」


(はあ……)


「──白風」


(本当になんなんだろう……)


「白風!」

「へ? あ、はい!」


 わたしは急に先生から強く名前を呼ばれて、すぐに目を開いた。


「白風、ちゃんと授業に集中しなさい」

「は、はい…… すいません……」


(何やってんだろ、わたし…… はあ、もういっか。あのお姉さんが誰だとか。もう出会っちゃったものは出会っちゃったんだし。あのお姉さんの存在は頭の片隅にあるタンスの中にしまっておこう)


 相変わらず、授業の内容はわからなかったけど、わたしは先生の話を真面目に聞くことにした。


 ☆


「はい、じゃあ今日はここまで。次回までにちゃんと復習しておくように」


 そう言って先生はチャイムの音と共に早々と教室をあとにした。


「はあー、やっと終わったあ……」


 五十分の授業の間、半分くらいは授業と別のこと考えていた。


 その別のことが結局授業よりも分からなかったわけだけど。


 でもこれで今日の授業は全部終わりだし、あとはホームルームを終えて帰るだけだ。


「桜來~」

「あ、茉莉花。さっき先生に怒られてたね」

「うん。集中してないのバレちゃった……」

「もう六時間目だったからね」

「まあそれもあるんだけど……」

「ん? 何か別のこと考えてたの?」

「あ、ううん、なんでもないよ。それより今日寄り道して帰らない? 最近できたカフェに行ってみたくて!」


 最近学校の近くに新しいカフェができたらしい。


 そのカフェが可愛いらしくて、クラスの女子たちの間でも有名になっている。そこで売っているスイーツもすごく可愛いのだとか。


「うん、いいよ!」

「やった! じゃあ放課後一緒に行こうね!」


 わたしは部活動には所属していないので、放課後は暇だ。


 けれど、桜來は違う。


 スポーツ万能の桜來は一年生ながら、よく部活の助っ人を頼まれたりしている。


 スポーツ絶望のわたしにはそんなお誘いはくるはずもないので、放課後いつでも暇。


 桜來と遊べない日も多々あるので、今日みたいな日は貴重だ。


「ほんとに桜來ってできないことないの?」

「できないこと? そんなのいっぱいあるよ! 特に勉強とか勉強とか勉強とか……」

「あははっ、それは知ってるけど」


 高校に入学して驚いたことは勉強の難しさである。


 わたしの主観では特に理系科目。中学時代の勉強よりも一段どころか二段目をスキップして三段階くらいレベルが上がっている。


 わたしはかろうじて少しはついていけているけど、この難しさに全くついていけず、嘆いている女の子が一人。


 テストの点で毎回苦しんでいる草刈桜來氏(15)である。


 わたしたちの通っている高校は進学する人の方が多い。


 だから自然とテストも難しいし、頭の良い人も多い。


「ほんとなんで高校の勉強ってこんな難しいんだろ…… 中学のときはもうちょっとできたはずなのに……」

「確かに…… でもまだ一年だから、これからだよ。わたしだって全然できないし。一緒に頑張ろう」

「うん…… 頑張る……」

「あははっ、桜來、可愛いね」


 ちょっと口を尖らせながら、弱気に答える桜來は弱った小動物みたいで可愛かった。


「な、ななななな何、急に!?」

「いやそんなに驚かなくても」

「だ、だって桜來が変なこと言うから!」

「そう? 可愛いと思ったから可愛いって言ったんだけどな」

「っ……! ううう~……!」

「あはははっ、照れすぎでしょ。あ、先生来た。じゃあわたし席戻るね」


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