第150話 真実を知る覚悟


「結婚して欲しくない」


そう言うとHALは、優しい笑顔で


「結婚しません」


と、言ってくれた。


……胸が苦しい。


さっきの「HALがお見合いをする」と知った時の胸の苦しさとは


違う種類の苦しさだった。


この苦しさは、何度も体験してるからわかってしまう。


……恋だ。


恋してる時の、胸の苦しさだ。





HAL「そろそろ戻りますか」


あたし「え」





もう?


さっき風とマサルを二人きりにしてあげようと言ってから


まだ2分ぐらいしか経ってない。


早くない?


と言いかけたけど、言葉を飲み込む。





HALの後ろ姿は、何も言うなと言っていた。


まさか。


……テレてる?


紳士じゃない紳士じゃないって、あたしはいつもHALを貶していたけれど


本当は、紳士だ。


いつも、あたしには背を向けない。


並んで歩いてくれる。


あたしが道を知らなくて、HALが前を歩いてても


何度も振り返ってくれる。


あたしがちゃんと、いるかどうか。


置いて行ってないか。





だからHALの背中を見て


今は、違和感を感じた。


何も聞くな、何も言うなって背中が語っていたから。


HALがテレてると気づいた瞬間


ボッ!と、一気に顔が熱くなった。


これはやばい。


今絶対、あたし赤面してる。


この真っ赤な顔を、見られたくない。


今振り返られたら、人生終わる。


顔を見られないよう、下を向いて歩き出した。


右太ももに、何かが当たる感触がした。


あ。




あたし「……時計」


HAL「はい?」


あたし「んーん。今何時かなって思って」





ポケットの中の


HALから貰った、ロレックス。


でも今この状況で返すのは


HALのさっきの笑顔を、拒否するのと同義だろう。





HAL「今は…21時6分ですね。全く、その年にもなって時計をつけないなんて」





いつものHAL節が出て、少し安心した。





あたし「今どき腕時計してる人の方が珍しいんじゃない?携帯見れば時間なんてわかるし。あとは若いからこそ、時間に縛られたくないんでね」


HAL「まぁ社会人になったらそうは言ってられませんからね。若いからこそっていうのは、確かにそうなのかもしれません。

時間に縛られたくないのは、大人になったらもっと強く、そう思いますよ」





また、イヤミのない優しい笑みをほんの少し見せて


また背中を向けて、ゆっくりとホテルへ歩み始めた。





HAL。


あなたは一体、あたしの事どう思っているの?


それだけでも、教えて欲しいのに……。


お見合いするのはまだわかる。


お金持ちだから、親が勝手に進めてたんでしょ?


だけど、結婚するかしないかは自分次第。


自分次第なんだよ?


好きにならなければ、しなくていい。


そうじゃないの?


なんであたしの意思を、希望を確認したの?


まさかあたしの気持ちを……確かめてる?


HALの背中を見ていたら


ふいに、駆け寄って抱きつきたくなった。


そもそもあたしは風が好きなのに、あたしの気持ちもわけがわからない。


頭の中、脳をグシャグシャにかき混ぜたかのよう。





ロビーに入ると、風とマサルはなぜか遠くのソファーに別々に座っていた。


てっきり泣きながらまだひっついてるのかと思ってたのに。




HAL「マサル、どうしました?」


マサル「…未来だって」


あたし&HAL「えっ?」


マサル「また、人格増えちゃったんだね…最近、急に増えるペース上がってない?」


HAL「……はい」





あたしは風のもとへ。





あたし「風…じゃなくて、未来?」


未来?「ん?あ、愛美ちゃん」


あたし「どうしたの?ふくれっ面して」


未来「男の匂いがしたからつい出ちゃった」


あたし「お、男の匂い!?」


未来「あの子が男とイチャイチャしてるからついね。でも出てきて損した。未来ちゃんね、チャラ男は嫌いなの」





マサルがチャラ男?


見た目は普通の好青年。


でも確かに、話し方は軽い。


あたしもマサルを「チャラ男認定」していた。


別人格なのに、そこまでわかるんだ。





あたし「あ、そうなんだ…ちょっと意外かも」





未来自体が軽く見えるから、


チャラ男やパリピ好きなのかと思ってた。


同族嫌悪ってやつなのかもしれない。





未来「あの人は未来的にあんま好きじゃない。でも戻ろうとしたのに戻れなくなっちゃって」


あたし「だよね。人格交代はコントロール出来ないからね」


未来「ガッツリ交代しちゃうと、なかなか上手く引っ込めないんだよね」




なるほど。


だから未来は不機嫌だったのか。




あたし「大丈夫。そろそろ帰るみたいだし、車の中で寝ればまた戻れるよ?」


未来「うん。未来ちゃん凄く眠いし、すぐ眠れるかも」




未来は自分のこと名前で呼ぶのか。


初めて会った時は違った気がしたけど。


風の中で未来は、成長を続けてるんだ。


少し、身震いした。


まるでたくさんの魂が風に取り憑いて


人間の魂として、時と共に成長してるような感覚。


だからと言って、お祓いしたり浄霊したりして


成仏して下さい。って言う訳にもいかない。


彼女は幽霊ではなくて


……人間なんだから。




HAL「じゃ、しっかり勉強してきて下さいね」


マサル「そんな言わなくてもするって!」


あたし「もし日本に戻ってきたら、帝都ホテルのスイートルームに風と一緒に泊まらせてよ」


マサル「いや、ちょ、意味わかんない。俺にはそんな権限ないって!スタンダードの部屋なら何とかなるけどさぁ」


あたし「ケチ」


マサル「お見送りに来たのに最後の言葉がケチってひどくない?」


HAL「ぷぷっ。確かにマサルは意外とケチですからね」


マサル「彼女たちにはちゃんと奢るよ?」




「彼女たち」


なんだ。やっぱりただのクズ男か。




最期に未来になってしまったから


マサルは風としっかりお別れが言えなかった。


マサルは、悲しそうな顔をしていた。


いや、もしかして


人格が増えてきているという事に


悲しんでいるのかもしれない…。





マサルと別れて車に乗ると


未来は宣言通り、10分もしないうちに後部座席で爆睡した。


HALは未来がどうも苦手らしく、


心底安心した表情で、運転をしている。


あたしは助手席に座り、HALの横顔を見つめていた。




HAL「なんですか」




視界に入ってるんだろう。


前を見ながらあたしに言う。




あたし「HALって何考えてるのかわからなくてさ」


HAL「…それはこっちのセリフですよ。いつもわたしの事を毛嫌いしてるくせに、結婚して欲しくないなんて」




あー!やっぱりHALは女心をわかってない!


自分から「結婚してもいいですか」とか聞いてといて


まるであたしが「結婚しないでええええっ」って泣きついたみたいな言い方して!!


こういうとこクソ腹立つ!




あたし「いや、男でその年齢で結婚は早すぎなんじゃないかって思って!遊ぶ時間ないじゃん!他意はありませんけど!」


HAL「なるほど?」





捻くれ者は、あたしの方だ。


結婚して欲しくないのは


HALの為じゃなくてあたしの願いだったのに。


こんな言い方しか出来ないなんて……。




HAL「まぁ、わたしも結婚願望はまだないので。国家試験受かってこれからだというのに、そんな時に見合いだ結婚だなんて無茶ですよ」


あたし「えっ!受かったの!?おめでとう!」


HAL「落ちるわけないじゃないですか」


あたし「…そのセリフ、弁護士の国家試験に落ちた人達が聞いたらブチギレるね」


HAL「そんな馬鹿な事しませんけど」




ごめん。ブログに晒してしまいました。


HALに誹謗中傷の嵐がやって来るかもしれん。




あたし「そっか。それなら暫くは仕事ひとすじだね」


HAL「他にも仕事がありますからね」


あたし「リベルテも忙しそうだもんね」


HAL「いえ。個人的なものです」


あたし「投資とか起業とかすんの?」


HAL「……私情です」


あたし「しじょう?市場?」


HAL「その時が来たら、言います」





その時?


なんだろう。


HALの目が、凄く哀しそう。


この顔、見たことある。


あの日だ。


台風の日。


高田馬場まで迎えに来てくれて


リベルテカフェで過ごした日。


あの日、HALはやたらと落ち込んでいた。




あたし「……台風の日、言ってた事?」




驚いた顔で、あたしの顔を見た。


あれ?図星?


HALはその質問には答えなかった。


首都高は、行く時よりもガラガラにすいていたから


もう、地元に近づいてきた。




あたし「HAL……」


HAL「……」




ガン無視かい。




あたし「お願い。コーヒー飲みたいから次のパーキング寄ってくれない?」


HAL「え!?」


あたし「何?」


HAL「いえ……ぷっ!」




またわけわらんとこでふきだした。


HALの笑うツボはどうなってんの?


欠陥住宅みたいにあちこち穴だらけなんじゃないの?




HAL「愛美さんって本当に面白いですね」


あたし「いや、それあたしが今考えてた事だから。あんたの笑うツボ大丈夫?って。

そこらじゅうに穴空いてない?スコップで埋めてあげようか?」


HAL「次のセリフはこう来るだろうなという予想を、必ず裏切る女性です」


あたし「だからまんま、あたしのセリフですけど。あんたの方が宇宙人だよ。HALって何座の何型よ?」


HAL「はい?何座かは忘れましたがAB型ですけど」


あたし「うわ!やっぱりか!あたしの天敵!」


HAL「はい?」


あたし「あたしO型だし。O型とAB型って宇宙人と会話してるみたいに話が噛み合わないらしいよ」


HAL「はぁ。そういうのを信じるところは女性っぽいですね」


あたし「誕生日はいつ?」


HAL「10月23日ですが」


あたし「蠍座か……うぐっ」


HAL「これは何の尋問でしょうか」





あたしは魚座。


蠍座のHALとは、相性抜群だった。


なんたる不覚……!


なんで相性いいのよ。


なんかムカついてきた。


あ、でも血液型は最低の相性だし、うん!





パーキングについて、未来を残して外に出た。


コーヒー買って……あ、ついでにトイレも行っとこ。


HALはいつもと変わらず、ブラックコーヒーを買っている。




HAL「愛美さん」




コーヒー買う前にトイレに行こうとしたあたしを呼び止めた。




あたし「なに?漏れそうなんだけど」


HAL「……さっきの話ですが」




さっきの?


相性抜群と、相性最悪の話?




HAL「そのうち、真実を知る時が来ます」


あたし「え?」




まだ、話が飲み込めない。




HAL「覚悟を、しておいて下さい」


あたし「なんの?」




HALはいつも通り、なんの説明もなく


悲しく、微笑んで


背中を向けて、車に乗った。


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