第149話 HALの結婚

「マサルさぁぁぁんっ!」




静かなホテルのロビーに


情けない風の声が響き渡る。




「ふーちゃーん!」




黒髪で薄いサングラスをかけた美青年が、


これまた情けない声を出して風に駆け寄る。


あー。ほら、これよこれ。


リベルテは明らかに


「顔でメンバーを選んでる」





モデルでもやってんの?って聞きたくなる、長身でスリムな体型と、塩顔の整った顔面。


眉毛もしっかり整えていて、定期的にエステに通ってると思うほどの美肌。


いかにも、青山とか表参道を歩いてそう。


分かりやすく言うと、垢抜けてはいるけどチャラくは見えない、清楚なカッコよさ。


遊ばせすぎてない、軽くワックスで流してる髪の毛は


少しだけ短めのマッシュとウルフのハーフ。


自己主張しすぎてない、シワのひとつも見当たらない、清楚な白シャツ。


紺色のスラックスは、一見無地に見えるが


目をこらさないと分からない程の、薄い柄物だ。


子供から大人に成長する境目って感じの


あどけない笑顔。


港区とか六本木を闊歩してても、馴染む容姿。




頭の中で、すでにブログの文章を考えてるあたしも


きっと立派なブロガーになったに違いない。





HAL「これまた難しい顔してますね?」


あたし「へっ?あたし!?」


HAL「そんなにヤキモチ焼きでしたっけ?」


あたし「何の話!?」


HAL「マサルと風愛友が仲良い事にも、嫉妬ですか?男同士だというのに」


あたし「はぁ?ちゃうわ!ブログの文章考えてたの!」


HAL「なぜこんな時に」


あたし「小説家でもないHALには、到底理解出来ない話よ」


HAL「たかがブログと小説を同じにされたら、全世界の小説家から非難殺到ですね」


あたし「やかましいわ」




隣で嘲笑うかのように、ニヤニヤ嫌味ったらしく笑うHAL。


このイヤミな笑いがいちいち腹立つ。


本当に喋らなければモテるだろうに勿体ない。




あたし「ところで、リベルテって入るのに書類選考とかあるの?」


HAL「書類選考というのかわかりませんが、調書は提出しますね。なぜですか?」


あたし「いや〜なんでリベルテってこんなにイケメン多いのかなーって思ってね」


HAL「はっ。マサルがイケメン?」


あたし「何その笑い!あんた失礼すぎるでしょ!?自分の方がイケメンとか思ってるわけ?」


HAL「いや。そういう意味ではなく、イケメンって言葉って、軽いと思いまして。なんだかバカにされてるような気がして。

イケメンって一括りにする人はどうも好きじゃない」


あたし「ほーほー。イケメンという部類にすら吐き気がすると?カリスマ超絶イケメンとかの方がいい?」


HAL「長くすればいいってものではないですよ」


あたし「じゃ、ウホッ!いい男……!って言えばいいの?」


HAL「なんですかそれ。ゴリラですか?」


あたし「かっこよすぎて草。とか、今日も推しが尊い。とか、あの人爆イケ!とか言えばいいの?」


HAL「貴女の言い方って軽いですね。所詮今どきの若い子となんら変わらない」


あたし「そーりゃピチピチ新鮮な今どきの若い子だもん!当然じゃん」


HAL「はい?嬉しいんですか?褒めてませんよ?」


あたし「嬉しいよ?だってあたし特別な人間じゃん?久しぶりに普通の女扱いされて、めちゃくちゃ嬉しいわね」


HAL「ぶっ!」




まーた笑い出した。


この人のツボはほんと良くわかりません。


なんの生産性もないHALとの会話はとっとと終わらせて、マサルと風を見る。


マサルと風は何度もハグしては話し、話してはハグしての繰り返し。


風は終いにはこの世の終わりってぐらいに、


崩れ落ちて泣いていた。




二人は、どんな関係なんだろ。


あたしの知らない絆が、またここにあるのか。




マサル「HAL!ふーちゃん泣いちゃった!助けてよ!」




HALにタメ語?


と言うことはマサルの方が階級上の人?




HAL「もうだめですよ。風愛友は一度泣いたら止められません。涙枯れるまで好きに泣かせてください」


マサル「え、これもうダメなパターン!?泣かないでー?たったの一年間だよー?ふーちゃーん?よしよ~し」




ハグしながら、頭をなでなでしてる。


なんかくそ。


羨ましいな。




あたし「風!ほら!」




ハンカチとティッシュを渡した。




風「あ、ありがどぉ」


マサル「こちらの方は?」


HAL「風愛友の元カノです。ほら、例のブログの」


あたし「おい!なんちゅー紹介の仕方してんのよ!あ、どーも、愛美と申します。風愛友のマネージャーやっております」


マサル「あー!あのブログの愛美さん!俺2回ぐらいしか読んだ事ないけど!よろしくね!」




2回って。


少しの社交辞令もなく、初対面の人に本音を言うなんて。


いや、別に読んで欲しいとは1mmたりとも思ってないけど。


しかも、初対面なのにバリバリタメ語。


階級はどれだけ上なんだろう。


話し方はかなり軽い男って感じだし


コイツもちょっとクセ者かも。





マサル「俺はマサルと申します!帝都ホテルのフレンチレストランのオーナーの息子で!

ゆくゆくはシェフになるんですが、今時の料理人は料理やデザートだけではなく、お菓子作りも出来ないと将来なんの役にも立たーん!と、父に発破かけられましてねー!

貴重な大学時代もホテルのレストランで助手やって勉強したんですけど、今度は本格的にお菓子も修行してこーい!なんつってね?

こうやって留学するはめになったんですが、

あ、はめになったって語弊があるね!

もちろんやる気はいっぱいあるんだけどね」





長い長い長い長い!


話が長い!


そこまで聞いてないのに良く喋る。


なんだこの人は。


顔のわりに良く喋る。


マシンガントークで自分語りする男って、一番苦手なんだよなぁ。


聞いてねーよって言いたくなる。




風「愛美、愛美!顔、顔!」





顔に思いっきり出てたんだろう。


風が鼻かみながら小声で注意してきた。


最近、心の中の声がそのまんま顔に出てしまう。


たまに心の声が口からも出てしまうし。


リベルテはかっこいい人が多い。


けれど、クセ者も多い。


それより、帝都ホテルって超有名だし


そのレストランのオーナーの息子……!?




じわじわ来た。


なんだこのドラマで良くあるキャラクターは。


いや、確かにこれは金持ちのドラ息子だ。


だいたい、明日の昼の便で発つのに、


なぜわざわざこの空港ホテルに泊まる必要があるというのか。


朝早い便ならまだわかるけど、昼の便なんだから、明日普通に家からここに来ればいいものを。


きっと、お金が有り余ってるに違いない。





あたし「お金、持て余してる感じ?」


マサル「へっ?」


HAL「マサルは持て余してますよ。お金だけでなく女もね」


マサル「ちょ!やめてよHAL!お金の事はHALに一番言われたくないんだけど!?」


あたし「女も持て余してんの?」


HAL「わたしが最後に聞いたのは確か12人の彼女たち…名前は一人も覚えてませんが」


あたし「はぁ!?」


マサル「違うって!みんな彼女じゃない!彼女という特定の人はいない!」


あたし「いない方が遊ぶのに楽だもんね?」


マサル「そうそうそう!…って違う!」





ノリツッコミ上手い。


はー、なるほど。こういうキャラだったのね。


こんだけカッコよくてお金持ちでノリツッコミ上手ければ


さぞモテるでしょう。


天に召されよ。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。





風「愛美!顔!」


あたし「あ、また出ちゃってた?」


HAL「鬼の形相でしたよ?」


あたし「チャラ男アレルギーなんで」


マサル「なになに?愛美さん俺に惚れそう?」


あたし「タヒネ」


マサル「たひね?」


風「愛美いいいいいっ!」




あ。今度は心の声が口からポロリと。




あたし「ねぇ、HAL?」


HAL「はい?」


あたし「あたしの言ったこと当たってんじゃん」


HAL「はい?」


あたし「マサルってイケメン」


マサル「え!イケメン!?ありがと!」


HAL「……あぁ!」


あたし「HALには、イケメンって軽いイメージあるんでしょ?」


HAL「プーッ!」





HALが盛大に噴き出した。


そうそう。ここは笑うところよ。


HALも一般的な「笑うツボ」あるんじゃん。


マサルは全く聞かずに風をなでなでしてる。


マサルの風を見る目つきも……怪しいな。


大量に寄ってくる女共に飽き飽きして


可愛くて愛嬌たっぷりの組織のオトコのコに目をつける。


ありえる。すごーーーいありえる!




いけない。


また変な妄想しちゃった。


しかもそれでちょっと胸きゅんするあたしも、どうかしてる。


あたし腐女子ジャないってのに。


リベルテの毒気にやられてる証拠だ。




HAL「2人きりにさせてあげましょう」


あたし「なんでっ!?」


なんでっ…なんでっ…なんでっ…





あたしの大声がロビーに木霊した。


あたしの妄想に気づかれたのかと思った!


HALも目を丸くしてビックリしてる。




HAL「こんな所で大声出さないで下さい、相変わらず礼儀がなってないですね」


あたし「いや、気持ち読まれたのかとびっくりして」


HAL「何の事ですか?」


あたし「いやなんでもないっす。二人きりにした方がいい?」


HAL「長い付き合いなんですよ、あの二人。まぁ、マサルも忙しかったからあまり頻繁には会えなかったですが。

マサルの修行してるレストランに風愛友を良く連れて行ったし」


あたし「ま、まさか、かの有名な帝都ホテルのレストランっていうのもリベルテの…?」


HAL「ちょっと違いますね。正確にはリベルテの上の組織ですね」


あたし「は、はぁ?」


HAL「マサルの一番下の妹が、風愛友と同い年で、組織入る随分前から小さい頃から面識あったらしいですよ」


あたし「そ、そーなんだ」


HAL「こちらで待ってましょう」




ホテルの中庭に出ようと提案するHALに付いていく時


もう一度振り向いて、風を見た。


相変わらず風は泣き崩れていた。


マサルはにこやかに笑いながら、温かい目で風を見つめてる。


小さい頃からの付き合いだったんだ。





欧風な中庭に出る。


おぉ!日本にいながらヨーロッパ気分!


ディズニーシーみたい!


海外旅行に行ったことない思考なのよ。





HAL「こうやってホテルの中庭を歩いてると、まるでお見合いみたいですね?」


あたし「お。確かに!そういう知識はHALでもあるんだ?」


HAL「ありますよ。来週お見合い入ってるし」


あたし「へっ!?」


HAL「早く結婚しろと。親が結婚しないと一人前になれないと。意外と古い考え方なんですよ」


あたし「そ、そっかー!」





息が詰まりそうになった。


HALが


結婚……?


いや、なんで胸が苦しくなった?


これだけカッコ良ければ、そりゃ女は放っておかないだろう。


でも……


理屈ではわかっていても……


なぜ、胸がこんなにも苦しい……?





HAL「して欲しくないですか?」


あたし「ふぇっ!?」


HAL「結婚」


あたし「な、なんでっ!?」


HAL「さっきから奇声ばかりですね」





あ、笑った。


可愛い。


歩いていたHALが立ち止まり、綺麗な噴水の前で振り返ってあたしを見た。


か、か、かっこいい……。


ムカつくけど本当にかっこいい。


まるでどこぞの王子様のよう。


本物の王子様を見た事がない発想なのよ。


ドキドキしてる自分に喝を入れる。


いつも通り、普通に接しなくては!





あたし「な、なんであたしの許可が必要なのよ」


HAL「愛美さんが結婚するなと止めるなら、お見合いは断れませんが、結婚はしません」


あたし「あ、あの…………え?」





どういう意味?


鈍感なあたしでも、


なんとなく事の重大さはわかる。





今、あたしは、HALに、


「答えを求められている」


今!?心の準備、全くできてない!


いや、ていうか!


別に告白もされたわけではもないのに何の答えを求めているんだ!?




HAL「深く考えないで下さい。貴女が嫌いなこのわたしに、他の女性と結婚して欲しいか欲しくないか、聞いてるだけです」




深く考えなくていいのか。


何だかよく分からないけど


HALが他の女とラブラブしてる姿を想像しただけで、心臓が弾け飛びそうになっていた。




あたし「…………ない」


HAL「はい?」


あたし「して…………欲しく、ない」


HAL「聞こえませんけど?」




意地悪。


絶対、聞こえる距離なのに。




あたし「結婚して欲しくない!言ったよ!」




なんの躊躇もなく


出てきたこれが、あたしの本心?


結婚して欲しくない。


……なんで?





HAL「わかりました。結婚しません」





ニコッと


イヤミのない、純粋な笑顔で


HALは、振り返ってあたしを見た。


HALの笑顔は今までの中で


一番、あたしの胸をときめかせた。


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