第148話 組織に棲む魔物

あれから、まだ風の記憶は戻らない。


2月からの2ヶ月間の記憶がぶっ飛んでる。


あたしとエッチした事も


全部ぜーーーーんぶ!忘れた!


神様、ひどくないですか!?


好きだった人に振られてブロックされた事も覚えていないけど


それは周りから聞いて知っている。


その事については、ショックではあるけど


あの時みたいなショックは受けていなかった。


それはまだ、いい事なのかもしれない。


でもあたしとのえっちも忘れるなんて!


それだけは覚えていて欲しかった!




今日はリベルテの人、優さんがフランスに旅立つお見送りの日。


優と書いて、マサルと読むらしい。


パティシエの修行だとかなんとか。


あたしは全く面識なかったし、噂すら聞いたことなかった。


風は結構仲が良かったらしく、どうしてもと言うから、HAL、あたし、風愛友と行くことに。


もちろん風は部活終わってからだから、めちゃくちゃ慌しかった。


Lとダイは来なかった。


あたしはまったくもって面倒だったけれど


風愛友マネージャーとして、同行しなくてはならない。


考えようによっちゃ、風と夜の成田空港デート。


滅多に出来ないじゃない?


まぁ、マサルは今日出発じゃなくて、成田空港のホテルに泊まるらしいけれど。




部活を終えた風は、死にもの狂いで走って帰ってきた。


あたしとHALは、風の自宅からちょっと離れた場所に車を停めて待っていた。


二人きりは気まずいから、あたしは自転車を風の家の前にとめて


HALの車の外で立って待っていた。


いつもなら「どうぞ?なぜそこで突っ立ってるんですか」とか言うのに


何も声かけてこなかった。


2人きりで夜の車内はさすがにまずい。


去年のクリスマスイブの事を思い出してしまう……。


HALも気まずいから、外にいるあたしに声かけないのかな?




ジャラッ




あたしのポケットに何か入ってるのに気づいた。


そうだ、HALから貰ったロレックス……。


今日こそは返そうとして、持ってきたんだった。


返すなら風がいない、今のうちじゃないか。


とりあえず、この缶コーヒー飲みきって


目の前にある自販機のゴミ箱に捨ててからにしよう。


と思っていたら


優雅に缶コーヒーを飲むあたしの前を、猛スピードで走り抜ける風。


あ、間に合わなかった。


後でHALと二人きりになるチャンスを狙うしかないか。




あたし「おかえり!」


風「うっ!」




うん、という返事のつもりらしい。




風「いったん!待ってて!帰るから!すぐ!戻る!」




そのまま自宅へ飛び込む風。


学校から長距離マラソンしてきたのかな?


体力なさそうであるからね。


部活はガッツリ運動部だし。


2分もしないうちにバタバタと出てきた。




風「お待たせ!愛美は前?後ろ?」


あたし「もちろん後ろ!」


風「おけ!」




そのまま後ろのドアを開けてくれて、


あたしを押し込んで風もなだれ込んできた。





HAL「まさに疾風ですね」


風「HALさんっ!助手席に誰もいなくて平気ですか!?」


HAL「…え?もちろん」


風「後ろから助手しますねっ!?なんかして欲しいことあったら言ってください!」


HAL「ふふ。ありがとう。風愛友は誰かさんと違って優しいですね?」




ルームミラーであたしを見てニヤリと笑うHAL。


コイツ本当にむっかつくなー!


「誰かさんと違って」っている!?


ひとこと多いんだよ!




高速にのって、すぐあるパーキングエリアで夕飯を買う。


あたしは軽めのサンドイッチとコーヒー。


実は家で夕飯食べてきちゃったから、逆にコーヒーだけでもいいぐらい。


でもここから成田空港は遠すぎるから、一応、ね。


風はおにぎり3個、パン3個、唐揚げ、お菓子、ジュースと、


細々としたものを、たくさん抱えてた。





あたし「そんなに食べるの!?」


風「いや。いっぱいあればHALさんも愛美も、好きな時に好きな物食べれるでしょ?」


HAL「さすが風愛友。誰かさんと違って本当に気が利く。でも私は大丈夫ですよ」


あたし「あぁん!?」


風「あ、はい。でも食べたくなったら食べてくださいね?」


HAL「ありがとう」




またもやニヤリとあたしを見て笑うHAL。


なんなの!?


あたしの事そんなに嫌いなの!?


イライラする!


風と二人きりが良かった!


とはいえ運転手居なくなるのもやだから


HALは一言も発するな!




風「愛美もね?愛美、これ好きだもんね。これは愛美の分!」




風はチョコファッションドーナッツを持って


キラッキラな天使の笑顔を見せた。




あたし「うんっ!ありがとぉ!誰かさんと違って風優しー!嬉しー!」


HAL「……」


風「ちょ、誰かさんと違ってって…」


あたし「誰かさんって、誰かさんが言い出したんだよ?あたしは自分からは喧嘩売らないけど、売られた喧嘩は買う主義なんで」


風「で、でも」


HAL「ふふ。風愛友は優しいですね」


あたし「ほんっと!誰かさんと大違い!」


HAL「ですね。誰かさんと違って」


あたし「その誰かさんって誰ですかね?」


HAL「愚問ですね。自分の事を誰かさんって呼ぶなんて」


あたし「誰かさんは今ハンドルを握ってる誰かさんの事ですけど?」


HAL「いえ。誰かさんは後部座席で風愛友にデレデレ鼻の下を伸ばしてる人の事ですけど?」


風「だ、だめだ。ゲシュタルト崩壊してきた」




風が呆れて、引き攣り笑いをしていた。


風、可愛い。


HALを運転させたまま、後ろの席で風を襲いたい。


HALは一生喋るな!




あたし「それにしても本当にいっぱい買ったね。お金大丈夫なの?半分出そうか?」


風「お父さんに一万円貰ったの!半分は人の為に使って、半分は自分の欲しい物買いなって」




ホクホクした表情でおにぎりの紙を破り、頬張る風。




HAL「良かったですね。さぁ、ここから2時間ぐらいの旅に出ますよ」


風「はーい!」


あたし「HALは黙って運転してれば良し」


HAL「貴女も黙ってて下さいよ?騒がしくされたら事故るかもしれません」


あたし「誰かさんが余計なこと言わなければ黙ってますーう!」


HAL「はいはい」





車を加速していくHAL。





あたし「道は混んでるの?」


HAL「いえこの時間は全然。とはいえ成田ですからね。すいてても、二時間はかかるかも」


あたし「ふーん」





そう言いながら、追い越し車線でガンガン飛ばしていくHAL。


助手しますから!なんて言っていた風も、いつの間にか爆睡。


寝ながらどうやって助手するんじゃ。


それにしてもこの寝顔……可愛い。チューしたい。


HALやLやダイと同じ、短絡思考だこれじゃ。


したいからしていいってわけではない。





ふと前を見る。


HALが真剣に運転をしている。


黙ってれば、とんでもないイケメンなんだが。


HALとキスした事を思い出す。


この組織に入ると、みんな短絡思考になるのか。


HALだってあたしの事好きじゃないとか


挙句の果てには大嫌いだと言いながらキスしたではないか。


理由を聞くと「好きだから」ではなく


「したかったから」


Lもダイもそう、


風になぜキスしたのか聞くと必ず


「したかったから」


あたしもそうか。


あたしは風のこと好きだけど、


なぜキスしたの?と聞かれたらこう答える。


「したかったから」


この組織には、何か不思議な力が働いてるのではなかろうか。


超常現象的な何か。


「したかったからした」で済まされるのは、もはや幼稚園児まで。


いや、幼稚園児でも怒られるだろう。


組織という枠組みの中で


ルール違反していないか?と、


上の人から見張られるというプレッシャーの中で


もしかして


「自分より立場の弱い者になら、なんでもしていい」


という風潮があるのではないか?


あたしもHALにキスされた。


あたしは正式には、組織の人間ではない。


女は正式メンバーにはなれないと


最初から、戦力外通告されてる。


風は、中学生メンバーの中では一番階級が上だ。


Lやダイよりも上。


だけど、Lとダイの方が年上だし、


去年まではLとダイの方が階級が上だった。


風の階級がL達より上になった今も、その上下関係は未だに続いている。


立場の弱いあたしや、風になら、


なんでもしていいの…?


許されちゃうの?


何か、嫌な予感がぞっと背を這う。


たまたま、誘惑に弱い連中が周りにいたと。


偶然だと、そう思いたい。


そのうち、風も……


そんな考えになってしまうのだろうか…。





ゾワゾワした悪寒に震えながら


やむことのない横に落ちてく流星群を


ずっと見つめ続けていた。

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