第151話 重なる記憶喪失
「記憶が大混乱なう」
朝6時すぎ。
未来ではなく、風本人から、LINEのメッセージが届いた。
昨日HALの車で爆睡した未来を起こして、風の家に連れてく時、
「あれ、寝てた?」とむにゃむにゃしてたから、本人か未来なのかよく分からなかったけど
ちゃんとしっかり戻ってたんだね。
良かった。
風に電話をかけた。
風「ある人とセックスした記憶が蘇ってきたの」
あたし「え!それあたし!」
風「違う、愛美じゃない」
あたし「なぬっ」
なんだ。
せっかく記憶戻ったのかと思ったのに……。
風「俺たちセックスした?って本人に聞いたら、してないって笑われた」
あたし「ちょ、何本人に聞いちゃってんのよ!」
風「最初はL先輩に聞いたんだよ。でも、お前が俺に隠れて、陰で何してるかなんて知らないしって機嫌悪くて」
あたし「あ…ははは。そりゃそうだ…今日は誰々とエッチしましたなんて、いちいち報告しないもんね」
風「そりゃね…でもその人と俺も絶対しない間柄だからな…」
あたし「そんな唐突に俺たちセックスした?なんて聞かれたら、本当にしてたとしてもしてないって言うかもね。
あたしの知らないとこであんたが何しでかしてんのか、それこそあたしもわからないし」
風「凄い鮮明だった。はっきりした夢見たから、本当の記憶かと思った」
大きな出来事。
好きな人に振られてブロックされたこと。
あたしと寝た事。
Lとナツキの事。
他には、何があるんだろう。
風「小さな記憶は、思い出すんだ。ひとつずつ、ゆっくりと、そして確実に思い出す度に今、自分は何をしているのかがわからなくなる」
風は過去の小さな出来事を思い出すたび
一人途方に暮れていた。
記憶をなくすこと、
記憶を思い出すこと、
今やってることを忘れること、
どんな感じなんだろう……想像もつかない。
不安で仕方ないんだろう。
いつもは用事だけの通話なのに
彼にしては珍しく、とりとめのない会話を続けていた。
なぜ、今なのか?
今思い出す必要があるのか?
脳の構造なのかもしれない。
解離のせいかもしれない。
お医者さんは「一時的なもの」と言っていた。
その一時が、過ぎただけの話かもしれない。
実際は、なんの原因も理由もないのかもしれない。
それよりも、風の心のダメージの方が心配だった。
風「思い出すのは、大丈夫。その時の映像と感情が蘇ってくるだけだから。
それよりも今、自分が何やってたのかわからないほうが怖かった」
あたし「そりゃそうだよね、怖いよね…」
風「トラウマみたいな大きな事件って、これで全部なのかな?」
あたし「わからない…あたしが知ってる限りでは、たぶんそれだけだと思う」
風「あとは日常の大したことのない記憶かな?家にいる分には大丈夫だと思う」
あたし「そだね。今は出来るだけ外に行かないで。あまり無理しないでね」
風「うん、ありがと」
電話を切ったあと、急いでHALに電話した。
あれ?出ない。
「貴女とは違ってわたしは忙しいんですよ」
嫌味ったらしい笑いで良くあたしに言うけれど、なんだかんだ言って
あたしが電話するとほぼ、繋がるのに。
まさか。
お見合い中……?
「愛美さんが結婚して欲しくないと言うなら、お見合いは断れませんが結婚は断ります」
凄く嬉しかった。
だけど
「お見合いは断れませんが」
今はこの言葉がどうしても
あたしを不安にさせる。
いざ会ってみたら、すごく美人で、
頭が良くて、HALの好みの女の人だったら?
その可能性は十分すぎるほど、高い。
親が選んだお見合い相手だもん。
きっとお医者さん関係で、お金持ちで
育ちも良くて、頭も絶対にいいはず。
HALは弁護士目指してるから
相手は弁護士関係かな?
そしたらきっと、あたしなんかよりも絶対に
会話が弾むだろう。
どうしよう。怖い。
それ以前に、自分の気持ちがわからない。
あたしは一体、誰が好きなの?
風のはずだったのに
なんでHALのことで
こんなにも胸をざわつかせてるの?
風も本当に
1mmたりとも、
あたしへの恋愛感情は、ないの?
そんなあたしの悩みはとんでもなく小さなことだと
次の日、思い知る。
風「またおかしくなったみたい……」
次の日、また風から電話が来た。
あたし「え?何かあった!?」
風「去年からの記憶がないの」
息が止まった。
去年って!?
あたし「何月ぐらいから!?」
風「わかんない…たぶん10月か11月ぐらい?合唱コン終わったばかりだと思ったんだけど
今は2016年なんだって…しかも俺、2年生になってた」
一体、何が起きてる?
この前2月からの記憶がなくなったばかりなのに?
さらに期間が延びてる。
そう、これは一般的に言われる解離性の記憶喪失とは、明らかに違った。
解離の人が記憶がないということは、人格が変わっていたからだ。
別人格が主人格になってる間は、基本人格はほぼほぼ記憶がない。
でも風の場合、後出しジャンケンのように
基本人格が過ごしてきた、あるはずの記憶が
あとになってから「消されてる」。
すぐにLに連絡した。
L「りゅう先輩なら、何か知ってるかもしれません」
あたし「りゅう先輩って、あのお兄ちゃん?」
L「はい。りゅう先輩は俺の知らないことも良く知ってます。俺よりも風と多く話してますから」
あたし「嫉妬してる?」
L「はい?」
あたし「なんでもない。じゃ、聞いてみてくれる?」
数分後、Lから返信が来た。
L「どうやら、マリアが消したみたいです」
あたし「やっぱり!」
L「はい。りゅう先輩に風の去年からの記憶がなくなったと伝えたら、えー!またマリアがやったのね。2月からの記憶を消したのもマリアがやったって言ってたよ。
あいつまたやったのか。と、返事が来ました」
あたし「やっぱり、マリアが……」
L「支障が出なければ、俺はこのままのほうがいいような気もします。風が好きだった人に振られた事もドタキャンされたのも忘れてて、元気ですから」
あたし「うん…確かに元気なのはいい事だよね。一応HALに連絡してみる」
L「お願いします」
急いでHALに電話した。
お見合いはどうだった?と聞きたかったけど
今はそんな場合じゃない。
HAL「更に記憶がなくなりましたか。かなり厄介ですね」
あたし「うん。約5ヵ月分の記憶を全部忘れるのはさすがにね」
HAL「授業も全て忘れて、成績も落ちる」
あたし「あっ…確かにそれはやばい」
そんな事まで頭が回らなかった。
あたし「その前にさ、まだ風は引退できないの?未だに組織のみんなは風愛友って呼んでるけど」
HAL「上に申請中です。全然返事来ないですね」
あたし「一度辞められたのに?」
HAL「あの時は緊急仮決済でしたからね」
あたし「まだ仮なんだ…記憶なくしてるのにそれでも辞められないってどういう組織なのよ…」
HAL「たぶん、正体がバレたとしても。風愛友の場合は除名処分とかなく、それでも風愛友を続けさせられそうですね。どんなルール違反をしたとしても」
あたし「そこまでなんて…」
HAL「執拗に風愛友を手放さない理由は、必ずあります。マスターのお気に入りだけじゃないかもしれません。
わたしたちの知らない、もっと大きな何かかもしれません」
あたし「エイデンかな」
HAL「それもかなり大きいでしょうね」
風愛友を名乗らせるのを
やめさせない、「なにかしらの理由」
組織も辞めさせてくれない。
なんだろう。
風はあんなにボロボロなのに。
組織に都合がいい、なにかがあるに違いない。
風愛友の代わりが見つからない、というのもわかるけど。
なにかが、おかしい。
特に打開策もない今は、
まだ放っておくことしか出来ないの?
記憶はどうなる?
思い出さないほうが幸せなのはわかる。
だけど
本当にこのままで、いいの?
最近の風愛友とのトークを読み返す。
元気そうな風愛友の言葉ひとつひとつに
胸が締めつけられる思いがした・・・
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