第145話 菜月を拘束


「倫理的にも治療法としても、こんな方法はありえないんです」




お医者さんは、渋っていたらしい。


どうやって眠ってる基本人格を引きずり出すのかはわからないけれど


とにかく、菜月と対話するらしい。


話をするだけなら倫理的にはおかしくないとは思うけど。


何か荒業でもかますのか?




あれから、二日間


基本人格の風が戻ってこなかった。


ずっと、菜月のままだ。


菜月は風のフリが出来るらしい。


もちろん、学校の誰にも気づかれてない。


LINE上でも、バレていない。


さすが、前衛人格。


風の事を、いつも見ているんだ…。




HALが「明日20時から風愛友の家で、緊急会議を行います」




と、風…もとい、風のフリをして過ごしている菜月にLINEをしたらしい。


Lも行くと言うと、菜月は快諾したらしい。


あたしはバイトが20時までだから、直行で行けば少し遅れるけど間に合う。


前回同様、メンバーはあたし、HAL、マモル、レイジ、友愛、L、精神科医のお医者さん。


あたしが着いたのは20時16分頃。


HALには鍵はかけないでとお願いしていた。


ドアをそっと開けると


とんでもない光景が目に入ってきた!




風が、両手に手錠をかけられている!


良く見ると、両足も縛られてる!


この前は縄で縛られていただけだけれど、手錠なんて!


こ、これは新しいプレイですか!?


あたしが先陣を切ってもいいですか!?





到着後、HALたちは即、菜月の手足を拘束した。


抵抗はしたらしいけれど、菜月は非力な女だからか、いとも簡単に捕まった。


これは凶暴な友也に交代した時の為の保険らしい。


二日間、菜月。


別人格が主人格として、居座ってる。


しかも異性の人格。


お医者さんも言っていた。


「このまま菜月が出っぱなしだと、基本人格が一生戻らなくなる可能性が高くなる」と。




交代人格とは、風の精神を守る番人。


だからこそ、こんな事をしてはいけなかった。


だけどこれは組織の責任で。


悲しむお父さんの為にも、組織として責任を取らなくてはならない。


だから医者としてのカウンセリングや通常の治療ではなく、強引に進めるしかなかったと…。




菜月「何するの?」


お医者さん「菜月さん…こんな乱暴な事をしてしまい、本当にごめんなさい…」


菜月「私は友也じゃないよ?暴れないよ?」


お医者さん「わかっています…本当にすみません…」




お医者さんは、平謝りだ。




菜月「みんなにコーヒーいれようと思ったのに…こんなんじゃ…」


HAL「菜月、ありがとうございます。コーヒーは今度いただきます」


菜月「これ、新しい遊び?女一人だけ手錠かけて、どんな緊急会議をやるの?」




菜月はドSでもドMでも変態でもなく


ノーマルっぽい。


今にも泣きそうなのを堪えて、


全員を睨みつけ、めいいっぱい強がっている。




友愛「新しい遊び?そうね。菜月さん、あなた今、凄く素敵よ」





友愛はいつも空気を読んで黙ってるのに


突然、嬉々と話し始めた。





友愛「美しいです!革命、ルネッサンス、絵画、本当に素敵!」





ド変態が、ここにいた。


HALが友愛にやめなさいと言わんばかりに、手で制止した。


友愛は空気が読めないのか?


それとも緊迫した空気を和ませようという心遣いなのか?


いや。


友愛の目の輝きを見ると、前者に違いない。


組織の中でも友愛は、ドS女王と呼ばれてるぐらいだ。


友愛は縛られるより縛る方が好きなのか。




マモル「菜月ちゃん、手荒な事をしてごめん!女の子にスタンガンを使いたくないしさ!」


菜月「スタンガンなんて使われたことないけど?」


マモル「あ、そっか。あれは友也か」


菜月「じゃ、早く進めてくれる?トイレ行きたくなったら最悪だから」


L「菜月…ごめん。傍にいるから」


菜月「うん。Lが居てくれるなら頑張る」




Lが菜月の隣に寄り添って座った。


菜月が、Lの手を不自由な両手で握った。


そこから、菜月とお医者さんとの対話が始まった。


話の内容は、さほどひどいものではなかった。


普通に菜月の言い分を聞いたり、優しく説得したり。


通常のカウンセリングみたいだ。


見た目だけが、尋常ではなかった。


手錠をかけられて、足も縛られてるから。





どれだけ話したんだろう。


あたしたちは医者ではないから、口を挟んではいけない。


無言で聞くしかない。


菜月は、特にLに助けを求めることはしなかった。


Lが目の前にいるというのに。


手足を拘束されて、泣きながら話す「彼女」を見ていると、胸が締めつけられて苦しい。


菜月は本当に、Lが好きなんだ。


普通の、恋する女の子なんだ。


体があれば。


菜月の体があるならば


堂々と、Lと恋人になれるのに。


こんな報われない恋、ある…?


Lも神妙な面持ちで、菜月の傍から離れない。


けれど、特に口は出さない。





一時間ほど、話し合っただろうか。


菜月とお医者さんから離れて、ダイニングにいたHALが口を開いた。


あたしはまたもや自分のためにコーヒーを入れに行った時だった。





HAL「完全に女の子ですね…」


あたし「うん」


HAL「Lの気持ちもわかりますね」


あたし「え?HALも道を間違う可能性ありなの?」


HAL「風愛友は優しいし、頭はいいし、性格もいい。女性だとしたらパーフェクトじゃないですか?」


あたし「あーあー。この組織にいる限り、あの子は危険だわ」


HAL「ふふ」


あたし「頼むからみんなして風を変な道に連れてかないでよ?」





HALの表情が曇った。





HAL「わたしのせいです」


あたし「組織に推薦したから?」


HAL「……」


あたし「たらればの話をするなんてHALらしくない」


HAL「…その通りですね」


あたし「風は強いから大丈夫」


HAL「はい」





なんだろう。


やけに今日はHALは素直だな。


HALはHALなりに、責任を感じているのか。


俯いて自分を責めるHALを見ると、少し胸きゅんしてしまう。


いつも嫌味ばかり言うからムカつくけれど


美形が落ち込んでる姿は、とても尊い。


友愛は一時間近く、嬉しそうに菜月を見てる。


SMクラブとかで働けばいいのに。


なかなか納得しない菜月を説得できるのは、


お医者さんではなく、やはりLだった。




菜月が「Lはどうなの?」と聞くと


Lは焦ってお医者さんの顔を縋るように見た。


お医者さんがLに、うん、と頷いて話していいと、促した。





L「俺は菜月も風も、みんな好きだよ。だけど、風だけ傷ついたままなのは嫌なんだ。

風の心を癒したい。風に謝りたい。だから、風を呼び戻して欲しい。

本当に、だだそれだけなんだよ。菜月を消したいとかじゃないし、人格の統合は望んでない。

ただ、風本人に話したい事があるんだ。菜月、本当にごめん」


菜月「L…あなたのせいじゃないのに謝らないで?」




Lが優しく、菜月を抱きしめた。


菜月は涙を流しながら、目を閉じた。




お医者さん「ナツキさん…?」




小さな消え入りそうな声で、


お医者さんは声をかけた。


Lの腕の中、幸せそうな笑顔をたたえて


涙を流していた「菜月」は眠りについていた。




……沈黙。


今、言葉を発して、ナツキを起こしてしまうなんて事をするような


馬鹿な人は、一人もいなかった。


さすが、これこそが「組織」だと思った。


レイジが指で廊下へ出ようと、みんなに合図を送っている。


Lも合図に気づいたけど、菜月を抱いたままだ。


離れるわけにはいかない。


離れた瞬間に、交代する前に目を覚ましてしまうかもしれない。


まるで泣いてる赤ん坊を抱っこして


泣き止んだからすぐベッドに寝かせられないママのように。


お医者さんがあたしたちに向かって頷いた。


HALがあたしの腕を黙って引っ張る。


あたしは飲みかけのコーヒーをテーブルに音を立てないようにそっと置いて


HALと一緒に廊下に出た。


リビングから出ようとする時、振り返ってLの後ろ姿を見た。


さっきより、強く菜月を抱きしめてるように見えた…。




廊下に出たあたしたちは、ようやく殺していた呼吸を普通にできるようになった。


息苦しかった。





HAL「もう、大丈夫そうですね。Lは私が送るので、みんなは帰っていいですよ」





聞こえるか聞こえないかぐらいの、か細い声でHALが言った。




友愛「私は時間は大丈夫ですけれど。いると邪魔になりそうなので帰りますね」


マモル「これは持たなくて大丈夫?」





マモルが物騒な「ブツ」を、HALの目の前にぶら下げて見せる。





HAL「友也にはならなそうです。使いませんからご安心を」


あたし「二度と使って欲しくないわ、そんなもの」


マモル「まだいろんなシリーズ揃えてるから、本音言ったら威力を比べてみたいんだけどな。使う機会なんて歌舞伎町歩く時ぐらいで、滅多にないし」


あたし「は?歌舞伎町?」


HAL「愛美さんは何も知らなくていいですよ、くだらない」


マモル「くだらないって!?」


あたし「いや、ごめん、察しちゃったよ」


HAL「……さすが」


マモル「別に単に飲みが好きなだけだよ!?」


あたし「飲むのはコーヒーだけにしな」


マモル「ぷっ!愛美さんブログの印象そのまんま!」


あたし「そ、そーお?」





ちょっと恥ずかしくなった。


マモル、あんたもブログ見てるのか。




マモル「ま、こんなもの使わないに越したことはないけどね」




ニヤッと笑って、マモルはスタンガンを物々しいポーチにしまった。




レイジ「じゃ、退散しよう。HAL、何かあったらすぐ連絡して」


HAL「わかりました」


マモル「……愛美ちゃん」


あたし「ん?」


マモル「なんで愛美ちゃんは……俺にタメ語なの?」


あたし「え、あ、ごめんなさい!敬語あまり慣れてなくて」


マモル「いや、違う。タメ語でいいよ。ただ、どこかで会った事あるのかなって思ってさ」


レイジ「マモル?」


あたし「前も会ったよね、友也をスタンガンでやっつけた時」


マモル「……うん、知ってる」


あたし「……?」


マモル「じゃ、またね!愛美ちゃん!」


レイジ「待てって、マモル!あ、愛美さん、また!」


あたし「あ、はい…」


HAL「愛美さんも帰りなさい。風愛友がいつ目覚めるかわからない。

明日の朝かもしれないし、待つ必要はない。

完全に寝かしつけてから、Lを家に送ります。

何も心配はないです。もしイレギュラーが発生したら、即連絡しますから」


あたし「……わかった」


HAL「聞き分けのいい子は好きですよ」





滅多に見せない可愛い笑顔で、


HALはあたしの肩をポン、と軽く叩いた。


好きですよ……か。





21時40分頃に、あたしたちは、風の家を出た。


これから、どうなってしまうのか


わからないまま……。

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