第143話 友也とバトル

好きな人との決定的な破局で


基本人格の風は出て来ないのかもしれない。


あたしたち、愛し合ったのに。


あの夜の事、忘れてしまったの?


あたしじゃ、役不足なの?


あなたのことを大切に思う人達が


こんなにも、たくさんいるというのに。


いじめ解決ロボットと化した風愛友…もとい、名無しの別人格はあたしたちの説得をよそに


LINEでいじめ相談に乗っていた。


基本人格の事なんてどうでもいいんだろう。


別人格だもん。


別人なんだもん。


所詮、他人事なんだ……。




名無しの風愛友「ん?おにたん?」


あたし「え?」


名無しの風愛友「誰だっけこいつ…相談じゃないし」


HAL「風愛友」


名無しの風愛友「はい」


HAL「そのおにたんって人にだけ、返事して下さい。他の人は保留で」


名無しの風愛友「了解しました」




おにたん。


風愛友を何度も救ってくれた先輩だ!


風愛友は、個別に名前を変更して登録している。


見知らぬ先輩や、他校の人までたくさん追加してて誰が誰だか、わからなくなるから。


例えば名前の後に、中学校名、何年何組とか。


その勢いでLの事は「えるたん」


お兄ちゃんの事は「おにたん」


と、登録している。


お兄ちゃんは随分昔から、風の別人格のともやくん相手に神対応してくれていた。


さらにはこの前、さっちーも助けてくれた。


お互い信頼し合っていて、お互いに相談し合ってるらしい。


HALがリベルテに推薦するぐらいだから、相当凄い人。


名無しの風愛友は、HALの言う事を聞いた。


そうか、この風愛友はいじめ相談に特化した別人格。


という事は、組織の上の人の命令も絶対なんだ。


KY王子のHALもわかってくれてた。


風愛友をどんな時でも助けてくれて心の支えになってくれていたこの先輩は、


組織の中でも有名になっていた。




この人が相手なら


何か解決の糸口が見つかるかもしれないとHALは踏んだんだ。




名無しの風愛友は、無表情で返事をしている。


どんな会話をしているんだろう。


何度かやり取りがあった。


あたしたちはひとことも口を挟まず、名無しの風愛友のLINEする姿を


ただただ、見つめていた。




すると。




風愛友「……た」




名無しの風愛友が、ゆっくりと頭を抱えた。


みんなで目を見合わせる。





あたし「だ、大丈夫?頭痛いの?」


名無しの風愛友「……」


あたし「大丈夫…?」




近寄ったあたしの手を彼が振り払った瞬間、風愛友のスマホが落ちた。


それでも、目の奥を抑えて、苦しそうだ。


これは


チャンス……!?





あたしは咄嗟に風愛友のスマホを手に取った。


その先輩とのトーク画面が開きっぱなしだ。




お兄ちゃん「僕はふーた本人と話したいなー」

お兄ちゃん「君も凄いって事はわかるよ!」

お兄ちゃん「でもちょっとでいいからさ、ふーたにかわれない?」

お兄ちゃん「だめかな?笑」




もしかして


基本人格の風もこのトークを見ている…?


大好きなお兄ちゃんが、自分と話したがっている。


それに風が気づいて、出てこようとしてる?


だからこの別人格は苦しんでるのかもしれない!




あたし「愛美です!その調子!苦しんでる!本人に戻れるかもしれない!もっとお願い!」




あたしの唯一の得意技


超高速フリック入力!


既読になった!


そのまま、風愛友に返す。




あたし「ちゃんと会話続けて?風愛友でしょ?LINEするのが仕事だもんね?」


風愛友「……了解しました」





あたしは風愛友より階級が下なのに


風愛友は「組織の命令」を受け入れた。


苦しそうな表情をしながら、風愛友はLINEを続けた。




風愛友「…だめだ…」




突然、風愛友はスマホを手放し、天を仰いだ。




あたし「何が?」


風愛友「俺は…ちゃんとした……名前もないし……目的も……希薄だし……」




小さく息切れしながら、上を見て膝をつき


そして、目を閉じた。


床の上に正座をして


両手はダランと垂らしたまま


哀しいのか苦しいのか解放されて嬉しいのか


なんとも言えない表情で上を見て


窓の外からは、まるで後光が差してるかのように


風愛友を影にした。





だけどそれは一瞬だった。


カッと目を開けた風愛友は


風愛友ではなかった。




風愛友?「てめぇらまた邪魔しやがって」




あたしたちは怯んだ。


とんでもない眼力。


この目つきだけで、風じゃないとわかる。


さすがのドS女王の友愛も一瞬、二、三歩後ずさりしたのをあたしは見逃さなかった。




風愛友?「お前ら一体、何がしたいんだよ?」


あたし「と、友也?」


風愛友?「あぁ!?」


HAL「マモル」


マモル「おけ!」




HALが何やら、マモルに頷いて合図を送る。


マモルは友也に気づかれないよう、HALの後ろの足元の大きな黒いバッグを開けた。


友愛は固まったまま。


ルイージ…もとい、レイジは友愛とあたしに下がるよう目配せしてきた。




あたし「友也…久しぶり…」


友也「…愛美か。お前も俺らの敵なんだろ?」


あたし「敵じゃない。味方」


友也「じゃあなんで俺等のやることなす事いつもいつも邪魔しようとすんだよ!」




友也……。


友也は頭が痛いのか、苦悶の表情と憎しみの表情と若干の悦びの表情で


どんな気持ちなのか全くわからない顔をして、ゆっくりと立ち上がる。


怖いはずなのに


「かっこいい…」


やっぱりそう思ってしまうあたしは何なんだろう。


実は肝っ玉据わりまくってるのかしら。




マモル「みんな下がって」




マモルは大きな黒いバッグから「あるもの」を取り出した。


難しそうなものなのに、手慣れた感じでスイッチを入れた。




スタンガン。


セーフティーロック?とかよくわからないけど、そう簡単には発動しないシロモノ。


初めてスタンガンなんて物を見た。


安物なら「え、これ何?オモチャ?」って思いそうだけど、初めて見たのに一発でスタンガンとわかるぐらい


かなり大きくて威圧感のあるものだ。


マモル。


名前の通り、マモルはこんな物騒なものいつも使いまくってんの!?


それぐらい、スタンガンの扱いに手馴れている。


ビィィィィィィッと、聞き慣れない作動音に


さすがに友也も眉をひそめた。


でも……ここは仕方がない。


友也は別人格の中でも一番強いらしい。


ボクシングも、風本人と同様にやってる人格だ。


不思議なことに、他の人格たちはボクシングはやっていないと言い張る。


ところが友也だけは違う。


基本人格の風よりも、ボクシングは強いらしい。


そして、痛みにも。


そう言えば、Lを殴って嘔吐させた事もある。


あたしが見てきた限りでは、


友也はずっと、無敵だった。


普段優しい風愛友が遠慮なくボクシングの腕を発揮できるのは


この友也になった時だけだ。


ボクシングなんて、ジムで練習する時や試合の時しか本領発揮できない。


普段、人を殴るような場面に早々出くわさないから。


友也のパンチは


一発で、気を失う。


腕力だけじゃない。


ここを狙えば立てなくなるという、急所も知っているんだろう。


友也はニヤニヤして軽くジャンプを2、3回した。


これはボクサーのやる準備みたいなものだ。


いつでも避けてる、


いつでも殴れる、


このジャンプだけで、あたしたちを挑発しているように感じる……!




心臓が早鐘を打つ。


一瞬の隙が命取りだ。


あたしは見てきた。


風の体は元々、華奢だ。


だからとんでもなく身軽で、動きが素早い。


一瞬でも目を離してしまったら


彼の右ストレートの範囲内に入ってくる。





友也はギラギラした目つきで、あたしたちを睨んでいる。


一触即発とはまさにこの事。


まさにゃん猫が鼠を発見して


仕留める為に、じわじわと近づいて来てるかの様。


少しでも動いたら、飛びかかってきそう。




HAL「友也」




HALが口火を切った。


友也がHALを見て、真正面から向かい合い、ゆっくり歩き出した。


HAL…前に風に殴られた時の頬の腫れが、せっかく引いたというのに。


お願いだから上手くやってよ……?




友也はニヤッとしている。


殴るのか、殴らないのか。


わからない程の微妙な歩みなのに、マモルは躊躇無くスタンガンを構えた。


……怖い。


スタンガンって、あてられても大丈夫なの?


脳細胞とか大丈夫なの?


でも友也がHALを殴るのも怖い…。




HAL「友也ぁぁぁ!敵は俺だ!かかってこい!」




HALがあからさまな威嚇をした。


HALが叫んだところなんて、見たことない。


か、


かっこいい……。


恒例の感情出た。




友也「やっぱりてめぇか!」




まんまと作戦にのり、友也はHALへ飛び込む!




HALが殴られる!


いつの間にか、友也の死角に位置取っていたマモルが


友也の背後へスタンガンを振りかぶった!




その時。


友也は予想外の動きをした。


友也は走り出した右足をグッと踏みしめ


そのまま真後ろに回転して、マモルへストレートを打つ……!




これは




終わった……。





「うぐっ」





大きな叫び声は出さずに


友也はマモルに向かって


真正面から倒れた。


な、何が起きた!?


友也はマモルにストレートを打たずに、床へ沈んだ。


ふとHALを見ると、HALの右手にもスタンガンが!




HAL「裏の裏をかきました。これが風愛友だったなら、わたし達の動きは読めていたでしょう…友也は気持ちが真っ直ぐすぎる、それが友也の弱点です」





友也はいくら強くても


気持ちが真っ直ぐ。


確かに、そうだ。


HALに向かって行ってる時にマモルの殺気を背後から感じ取ったのは


頭を使ってるのではなく、単純に、ボクシングの「腕」だ。


これがもし、風ならば……。


彼は、頭を使うボクシングをする。


裏の裏をかいて、マモルは囮で自分はHALに攻撃されると


きっとわかるだろう。


倒れ込んだ友也を、HALとマモルとレイジが3人がかりで取り押さえた。




あたしは例の如く、腰を抜かしていた。


腰を抜かすのはもはや恒例行事。


天変地異が起きたとしても


あたしは腰を抜かして逃げ遅れる自信しかない。


友愛はさすが、微動だにしなかったけれど


顔が強ばっていた。


友愛もThe 組織の人!って感じで冷静沈着だけど、まだ高校生だもん…。


HALたちは素早い動きで、友也の両手両足を拘束した。


友也は動けなくなった……。


あたしがハイハイして友也とHALの方へ近づくと


HALが無言で近づくな、と手で制止した。




あたし「と、友也…ごめんね…」


友也「……」


あたし「みんな友也を憎んでる訳じゃないの」


友也「……悪魔どもめ」




一人一人を睨みつけて、友也が言う。


悪魔。


確かにそうかもしれない。


こんな力ずくで拘束して。


友也の気持ちも風の気持ちも無視して。


いくら、自分たちの身を守るためでもスタンガンを使って拘束するのが、


仲間なの……?


そんなの、友也にとったら、


仲間でもなんでもない……。




友也はニヤリと笑って


そのまま、目を閉じた。

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