第9話 秘密の友達


あたしは、彼の家の前に佇んでいた。




「友也が出てきたと言うことは、強いストレスを受けたんです」




Lの言葉が頭から離れない。




母親からの虐待。


殴る、蹴る、ご飯を与えない。


虐待と聞いてこれしか頭の中に出てこなかったけれど


「性的虐待」


これは……


……なかったのだろうか。


Lは、その事は言わなかった。


実際にあったとしても


風翔が性的虐待のことまでLに言うのは、躊躇するだろう。


例えLに言っていたとしても、


Lがそこまであたしに、細かく教える可能性も低い。


性的虐待を受けてたとしても、赤ちゃんの頃だとしたら


彼の記憶にすらないのかもしれない。


性的虐待をもしうけていたのなら、あたしが彼に迫った事で


心的外傷を想起させたのではないか...?


もしそれが事実だとしたら、


あたしがえっちな事を控えれば……


もしかしたら、あたしを受け入れてくれるかもしれない。


体を、じゃなくて、心で。


そんな希望を持ったら、一刻も早く会いたくなった。





あれから、彼とはLINEを一切していない。


せっかくブロック解除してもらったのに


あまりしつこくしたらまたブロックされるんじゃないと


……嫌われるんじゃないかと、怖かったから。


そして、彼のLINEのタイムラインは、


非表示にされている、たぶん。


投稿を見ても、0postと表示。


彼の心を探りながら


悶々としながら過ごすのは嫌だ。


彼には毎日、明るく楽しく生きて欲しい。


中学、高校と一番青春できる時期に、


こんな苦しい思いをして、過ごして欲しくない。





今日は彼のお父さん、いるのだろうか?


それだけが不安だった。


もしいたら、会えない。


美味しいご飯は食べているのだろうか?


とりあえずありったけのお金を持って、


彼の家に行く事にした。


会えたら会えたでどうしよう。


彼はこの前の事件で、罪悪感を持っている。


……明るく振舞おう。いつも通りに。


実際、友也はあたしに暴力してないんだから、


それはキッチリ伝えてあげよう。





今日は部活かな?


あたしの記憶が正しければ、


冬は18時過ぎには部活は終わるはず。


あたしの家から彼の家までは近い。


自転車で15分くらい。


もしお父さんがいて会えなくても


もし彼が拒否して会えなくてもいい。


防寒着で身を固めているのに、


自転車でこの時間は寒いなぁ。


心も体も震えてた。


早く、会いたい。


冷たい風を顔面に受けながら涙が溢れてくる。


着いた。


車がない。


お父さんいないのかも!


着いたはいいけど、家の前で立ち尽くす。


チャイム鳴らす……?


怖い。


LINEで、話しかけてみようか。


わずか15分の距離とはいえ、


ここまで来て会えないのはやっぱり悔しい。


もう既に、彼と会う気分100%になっちゃってるし。


勇気を出して、LINEしてみる。





「久しぶり!元気ー?今どこー?」





すると、すぐ既読!


彼は家だ!きっといじめ相談に乗ってる最中だ!


心臓がぎゅっとなる。





「家だよ」





素っ気ない返事。


あ、やっぱりあたしの事迷惑に思ってる……?


一瞬で落ち込むあたし。





「今日も一人?お父さん遅いの?」


「うん」





素っ気ない。いつも以上の冷たさ。


嫌われたんだ...完全に...。


すると突然





「俺、そのうち、完全に友也に体を乗っ取られるかもしれない。

怖い。最近変な夢を見るんだ。」





えっ?


体中に電気が走った。


彼が危ない!?


その時、暗闇の中から、自転車のライトが二つ近づいてきた。


人んちの前で立ち止まってたら


やばい!不審者扱いされる!


どこに隠れようか、それとも思い切ってチャイム押しちゃおうかとオロオロしてると、自転車の人が


「あれ?」


と言った。


ん?


自転車二人が、彼の家の前で自転車をとめた。


外灯の逆光でよく見えなかったけど目をこらすと...。





「L?!」





Lだ。


まさかこんなに早くLと再会するなんて!


隣にいる人は誰だろ...?


こちらもスポーツマン!って感じの、Lや風愛友とタイプの違う、


背が低い、健康的なイケメンさん。





「え、誰?」




初対面のイケメンがLに聞く。




L「……愛美さん」


初対面のイケメン「え!?マジでー!?」





一応夜なのに、近所迷惑になるだろ!ってぐらい、大声でテンション高い。


あれ?


なんで「愛美さん」で、その反応?


あたしの名前知ってるの?





L「愛美さん、なんでここに……」





Lは初対面のイケメンさんを無視して、怪訝そうな顔で聞いてきた。




あたし「あ!彼が変なの!乗っ取られるって!」


L「はい、知ってます」





それだけ返事すると、それ以上何も言わず


Lはすぐに玄関へ歩いて行った。


さ、さすが


Lは風愛友の事なんでも知ってるのね……。


なんかマウント取られたみたいで、ちょっと悔しい。





ピンポーン


鳴らした瞬間





「わあああっ!!」





家の中から風翔の叫び声が!


あたしとLと初対面のイケメンさんで、顔を見合わせる。




「かぜ!」


「風翔!」





Lと初対面のイケメンさんが叫んで


ドアをガチャガチャ開けようとする。


こんな時に限ってしっかり鍵かけてる!


少ししてドアが開いた。


彼だ。





風翔「え!?」





彼はあたしたちを見て、目をまんまるくした。


やばい!相変わらず可愛いっ!





L「何があった!?」


風翔「え?」


初対面のイケメンさん「なに叫んでんだよ!」


風翔「あ、急にチャイムが鳴ってびっくりして...」





テヘッと笑う。


可愛い。


だけど


影だ。


笑顔に影がある。


そしてやつれてる。


普通ならチャイムが鳴っただけで叫ばないよ・・・。


風翔があたしを見た。


なんで愛美がいるの?と表情がそう言ってた。





あたし「あ、来ちゃった。Lとは今偶然会ったの。Lに呼ばれたとかじゃないからね!」





Lがあたしを呼んだなんて思われたら、


Lに悪い気がした。





L「今一人?」


風翔「はい...」


初対面のイケメンさん「じゃ、あがらせてー!」





と言いながら、返事も待たずにズカズカ入る初対面のイケメンさん。





風翔「あっ、えっ、はい、ていうかなんでダイ先輩まで!?」





ダイ?ん?聞いたことある名前?





ダイ「えー!暇だからー!」





もう初対面のイケメン……ダイは部屋の奥に行ってる。





L「大丈夫か?」


風翔「あ、はいっ!」





ちょ、風翔くん?


Lを見る目がハートなんですけど?





あたし「あたしも...お邪魔してもいい...?」


風翔「あ...うん...」





躊躇した。


顔が曇った。


Lが風翔とあたしをじっと見てる。


視線が冷たい。


すごくすごく居づらい……。


男の子同士、楽しく話したいよね。


女がいると邪魔だよね。


靴を脱ぐ事が、こんなにも怖く感じた事は無い。





風翔「愛美、この前、本当に大丈夫だった?」


あたし「えっ?」


風翔「ブログに書いてあるのが本当に全部のこと?書いてない事はない?隠してない?

本当に友也は、愛美を殴らなかった?」





彼の優しい目。





あたし「日記だもん、あった事、全部書いたよ。隠してる事なんてない!」





彼の優しい目に、あたしは涙が込み上げてきた。


ダメ、ここで泣いたらまた彼の罪悪感を増幅させちゃう。





風翔「ごめんね...怖い思いさせて...あんなひどい事言ってたなんて...」





ブログ、見てくれてたんだ。





あたし「ご、ごめん、あたしもブログなんかにいろいろ書いちゃって...」


風翔「いや、全然いいよ。この前のは覚えてなかったから、何があったのか詳しくわかったから!」





ニコッと、太陽のように笑った。


ダメだ諦められない。


今すぐ抱きつきたい。


冷たい目であたしたちのやり取りを見てたLは


フッと安心したような顔を見せた。





L「愛美さん、早く入って下さい。風が風邪ひきます」


あたし「カゼが、カゼひく?」





シャレのつもり?


ここ、笑うところ?





風翔「あ、L先輩は俺の事、かぜって呼ぶの!」





風翔が笑う。





風翔「ね!Lせんぱーーーーーーい!」


L「だー!ひっつくな気持ち悪い!」





二人してじゃれ合ってる。


何この温かいシーン。


この前の修羅場はどこいったの?


おそるおそるリビングに行く。


テレビもついてない。


綺麗に片付いてる部屋に転がるiPhone二台。


ダイ「お前なんで真っ暗なんだよー!まさか寝てた!?」


風翔「寝てませんよ、相談のってました」


ダイ「部屋の電気ぐらいつけろよ...。暗闇でスマホとにらめっこなんて、気分暗くなるだろ」





ダイが風翔を睨みつける。


あぁ、この人も全て知ってるのか。


多重人格の事も、組織の人間って事も。


ダイもリベルテのメンバーなのか。


ん?ダイ?





あたし「あ!ダイってこの前、風翔に電話してきた人!?」


ダイ「そーっすよ!あん時風愛友に殺されるー!とか言うから俺すげー焦ったんすよ!?

だからあの後すぐにLに電話して、あんな事に」





この前、Lが乱入してきた時にLが電話してた相手ってダイだったのか!


だからLが勘違いして風翔を殴っちゃった...?





あたし「ごごごごめんなさい!」


ダイ「平気っすよー!俺なんも痛くなかったし」


L「俺は死ぬかと思ったんだけど」


ダイ「いやいやあれはねー、しょうがないよねー?誰でも誤解するよねー!友也だし」





ダイは何やらコンビニの袋から唐揚げを取り出して食べてる。





ダイ「風翔も食え!どーせなんも食ってないんだろ!」





ダイは生姜焼き弁当をポンッと置いた。


風翔は無言で座った。





L「俺も夕飯の最中に家飛び出してきたから腹減った...」


ダイ「知るか!だからさっきコンビニで買えって言ったのに!これは俺の唐揚げだからやらん!」


L「風、俺にも生姜焼き、一口食わせて」


ダイ「あー!?ふざけんなよこれはお前のために買ったんじゃねーよ!」


L 「ひとつぐらいいいだろ!」


ダイ 「あ!きったね!お前手洗ってないだろ!風翔!Lを止めろ!」





この二人の盛り上がりの中、


あたしと風翔だけが黙ってた。


違うのは


あたしは突っ立ったまま眺めてただけだけど


風翔は座ってうつむいていた。





L「愛美さんは夕飯食べたんですか?」


あたし「あ、うん!食べたよ!」





食べてない。


ありったけのお金を持ってきた。


お金さえあればいいと思ったんだ。


食べてなければ、ファミレスとか


行けるじゃん……。


でも、この3人は中学生だ。


そして、組織の人間。


関係性のないこの3人が、ファミレスとか堂々と行けないんだ。


知り合いに見つかった時に、正体がバレる可能性がある。


彼らはこうやって陽の当たらない場所で


こっそりひっそり、生きてきたんだ。


イジメ撲滅という、いい事をしてるのに。


誰からも賞賛されず、感謝されず。




風翔「いただきます!」





泣きそうなのをバレないように、


いきなり風翔がテンション上げて食べ始めた。





ダイ「とっとと食え!」


L「俺にも一口...」


ダイ「お前はだめ!」





Lもダイも


風翔の涙に気づいてないふりして、盛り上がってる。


正確には、ダイが一人で盛り上がってたけど。


この3人を見てたら


やっぱりあたしは場違いな気がしてならなかった。

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