第10話 溢れ出す思い




「愛美、座らないの?」


風翔の声でハッと我に返った。


さっきまで泣いていた彼は、


泣いてたこともわからないぐらいの


可愛くて天使のような笑顔をあたしに向けた。


風翔は、いつも自分が座る定位置にいる。


いつもあたしが座る、風翔の隣にはL。


向かいにダイ。


Lがあたしを見て「あっ」と何かに気づいて腰を浮かした瞬間、


「L先輩はいつも俺の隣だもんねっ」


風翔はLの腕に抱きついて、Lの腕に頬をくっつけた。


おい。


それはLを「あたし避け」に使ってるのではなくて


純粋にLの隣にいたいという思いだろう。


おっ、おっ、男に負けるとは...!


ダイがニヤニヤ笑ってる。


Lはあたしをチラチラ見ながら、どうすればいいのか混乱してる。


LはLなりに気を使ってくれてるのか。


中学生男子に気を使われる女子高生・・・。





「ここにすーわろ!」





あたしは風翔の向かいのダイの隣に座った。


気を使われると、なんか惨めになってくるんだもん。


目の前で風翔とLがイチャついてる。


Lが生姜焼きをひとつまみ貰おうとして


風翔が「ダメですよせんぱーい!」って取り上げるのかと思いきや


もっとたくさんの生姜焼きをLの口に詰め込んで、


「そんなにいらない!」ってLがむせてる。


苦しそうなLが口からごはん粒と生姜焼きこぼして、


「あーあ!全くL先輩は赤ちゃんですか!」


と、嬉しそうにティッシュでLの口元拭いて、


Lが「ちょ、自分でやる!」っと逃げてる。


「俺の前でイチャつくなよー!」と、ひやかすダイ。


誰がどー見てもラブラブカップルなんですけど。


ちょっとこの二人本当にデキてんじゃないの?





彼が生姜焼きを全部食べ終わった頃には、


異様な光景が目の前にあった。


みんな険しい顔でLINEをやってる。


あたしがちょっと覗こうとすると


「ごめん、プライバシー!」


と見せてくれない。


あたし「なに?彼女?」


カチンときて、彼女いないの知っててわざと意地悪を言うあたし。


風翔「違う!いじめ相談!」


真剣に怒られた。


あたしの友達はみんな、LINEやりながらニヤニヤしてるものなのに


この3人は違う。


怖い顔でLINEやってる。


LINEってそんな怖い顔してやるものなの...?





L「風何件?」


風翔「6件です。今日は少ないですね」


ダイ「本当1年は大変だな...」





6件?いじめ相談の件数かな?


1日6件で、少ないほうなの?


あたしは真剣にLINEやってる3人を見つめる事しか出来ない。


いや、気持ちを切り替えようではないか。


この真剣な表情の彼を見つめるっていうのもいいものだ。


何分経ったんだろう。





風翔「あ。未読になった。休憩時間!」





風翔は思いっきり伸びをした。


Lとダイはとっくに終わったみたいで、それぞれグッタリしてる。


だ、大丈夫なのこの3人?


こんな事、毎日やってんの?





L「ところで、乗っ取られるってどんな夢なんだ?」





静まる部屋の中、Lが口火を切った。


風翔の顔が一気に曇った。





ダイ「俺も気になる!どんな夢?」


風翔「...夢の中では、俺は俺じゃなくて、友也なんです」





わかる。そこまで説明しなくてもわかるよ。


ここにいる、誰もがそう思っただろう。





風翔「夢の中で俺はL先輩といました。でも、L先輩は俺の事を友也と呼んでました。

遠くの大きなビルと、スカイツリーが、崩れて倒れていきました。巨大地震が起きました。

逃げようとすると、L先輩は友也なんか嫌いだ!と言って、俺を見捨てました・・・」


L「……」


風翔「なのに夢の中の俺は悲しいとも思わなくて、逆におかしくて、俺だってLなんか嫌いだよ!って、大笑いしてるんです」





みんな相づちもしないで、黙って聞いてた。




風翔「最近、夢の中の俺は俺じゃないんです。今までなら、夢で怪物に追いかけられても怖い!と思うし、崖から落ちても危ない死ぬ!って思うのに、今の夢では、俺は俺の気持ちは全く無視してるんです。そんな事、今までなかったのに」





風翔は震えてた。


あぁ、Lとダイがいなければ彼を抱きしめてるのに!





L「大丈夫だよ。俺はお前も友也も大好きだから」





Lも解離性同一性障害について勉強したのだろうか。


友也に殴られたばかりなのに


二つの人格を、受け入れた。


中学生の頭ならその言葉は出ないだろう。


「大丈夫!もう一人の人格なんかやっつけよーぜ!」


中学生なら、こう言うのが関の山だろう。





風翔「もし、友也が完全に俺を支配したら、今の俺はどこに行くんですかね...消えちゃうのかな...?それが怖くて怖くて...」





泣きそうな顔で、無理やり笑顔を作った。





ダイ「本当のお前は眠ってるだけだよ。もしそうなったら俺たちが、本当のお前をたたき起こして引きずり出してやるよ」





ダイも見た目かなりチャラ男っぽいのに


男らしい事言う。


風翔が女だったらダイに惚れちゃうだろうな。


肝心のあたしは、なんにも言えなかった。


言葉を選びすぎて、結局何も出て来なかった。





風翔「ありがとうございます...」





あ。また泣きそうだ。


抱きしめたい。


Lが風翔の肩を、片手で抱き寄せた!


あああっ!それあたしの役目...!


その瞬間、風翔はたまらず泣き出した。


あたっ、あたっ、あたしの出番は何処へっ...!


ダイも500mlのペプシをグルグルかき混ぜながら、物思いにふけってる。


ちょ、そんな事したらフタ開けた時、炭酸ふきだすよっ!?


視線を感じたのか、ダイが真剣な目でジロッとあたしを見る。


あらかっこいい。





ダイ「愛美さんは詳しいんすか?多重人格の事」


あたし「えっ!?く、詳しいと言うか...テレビとか小説で読んだぐらいで...まぁ、この前凄い勉強はしたけど...」


ダイ「ふーん...」





視線を戻し、またダイはペプシ振ることに集中する。





L「愛美さんはどう思います?医者は風が生きたいと思ってれば、別人格に乗っ取られる事はないと言ってたけど・・・」





Lは風翔の肩を抱き寄せながら、真剣にアドバイスを求めてくる。


まずその手をどけようか?





あたし「んー。医者の言う事も、ネットの情報も絶対とは言いきれないよね?このまま不安定な状態が続くと、頻繁に人格交代が始まって、体を支配する時間が長くなる事も有り得るんじゃないかな...。友也は彼を守りたくて出てくるんだから、そのストレスのもとを取り除いてくのが先決じゃないかな?最近、あたしの事は除いて、友也はどういう場面で出てくるの?」





3人は絶句した。


3人とも原因に気づいてる。


あたしもあえて、わかってて言った。





「...いじめ撲滅だよね?」





あたしは追い討ちをかけると、とんでもなく空気を重くした。


みんな黙って下を見る。





L「...はい。風のお父さんも、医者に止められました。でも」


風翔「俺がやめないって言ったんだ」





涙目の風翔が顔を上げた。


決心は固い...か。





L「組織の上の人にも言いました。このままじゃ風は壊れると。そうしたら、広報活動を休止していいと言われました」





...なるほど。今はいじめ相談、解決だけに重点を置いてるのか。


風翔はまた力なく、Lの肩に頭を乗っける。


Lは風翔を心配そうに見つめて、肩を改めて抱き寄せた。





L「リベルテにいる限り、治療は難しいのかもしれませんね...」





あたしをまっすぐ見つめて言った。


そんな事よりさ


まずさ


その手をどけようか?


完全にあたしの目の前の二人は


ゲイにしか見えないんですけど


お、思い切って聞いてみようかな。


本当にこの二人、ノーマルなのか?





「Lは、風翔とどういう関係なの?」





考えると同時に口に出ていた。


3人ともキョトンとしてる。


その直後、Lはハッとした顔をして、


肩を抱き寄せてた風翔をドンッと突き飛ばした。





風翔「あいてっ」


L「ただの先輩と後輩です」





いや、今キリッとかされても遅いというか。


ぶっと、隣でダイが噴き出した。





ダイ「いや、みんなにホモホモってからかわれてるんすよ、こいつら」


あたし「そうなの?いや、わかる気がするけど」


L「わからないで下さい!風はすぐ泣くし甘ったれなので俺はこうするしかっ...!」





Lが心なしか顔を赤らめて反論する。


愛想を振りまくタイプとは無縁の、クールなLが必死だ。


やば。可愛い。





あたし「へーぇ?ところでL、今彼女いんの?」


L「い、いません」


あたし「ふーん。好きな子は?」


L「...いないです」


あたし「へーぇ?」





すると突き飛ばされた風翔はニコッと笑った。


風翔「L先輩は俺の事が好きなんアガっ!」





言い終わる前にLの裏拳くらってる。


おいおいボクシングやってんじゃないのかい?


それぐらい避けなさいよ。





L「誰も好きじゃないし俺はお前が大嫌いだ!」


風翔「ま、またツン発動...!」


ダイ「俺に風がヤバイ!って電話してきたの、どこの誰だっけ~?」


L「......!」





Lはギロッとダイを睨んだ。





L「そりゃ、死なれたら困るからな」





わ、わかりやすいツンデレだ...。


ダイはニヤニヤ笑ってる。


一番小難しそうな性格してそうなLが、


実は一番単純なのかもしれない。


ダイはLをからかって遊んでるみたい。





あたし「彼が死んだら泣く?」





面白くて、つい追い討ちをかける。





L「は!はい?いや、その時になってみないと...」


あたし「泣かないわけないよね?号泣だよね?号泣どころか後追い自殺したりして」


風翔「だ、だめです!自殺だけは」


L「するか!!」


あたし「しそー」


L「し、しません!」


ダイ「Lは自殺するっつーか、たぶん勝手に死ぬな。飲まず食わずで餓死とか」





ダイも笑いが止まらない。


Lは顔が真っ赤。


三次元でツンデレってほんとにいるんだ...。


しかもからかうと本当に面白い。


あたし、Sなのかしら。


ダイが、笑いながらペプシをガンガンテーブルに当ててる。


ちょ、さっきから何やってんの!


炭酸噴き出すから!





あたし「ねねね、ペプシ」





言いかけた瞬間、ダイがあたしを見てシッと人差し指を口に当てた。


「黙って」と合図。


Lもさっきからダイの奇行に気づいてるみたいで、怪訝そうにこっちを見てる。


風翔だけはLのこと、ハート目で見てて気づいてない。


風翔.........。


戻ってきて。涙


ダイがペプシを風翔の目の前にドンッと置いた。





ダイ「わりぃ。フタ開かないから開けてくれる?」


風翔「えー!ダイ先輩のほうが握力あるのにー!」





そう言いながら風翔は開けようとした。


...ハメるつもりか。


見るとダイの片手には布巾。


Lもティッシュを箱ごと手にしてる。


用意周到だ。





ダイ「悪い、さっき手ケガしちゃって力入らないんだわ」





ダイも演技派だ。本当にあたしまで騙されちゃいそう。


テーブルの上で開ければいいのに、


よりによって彼は自分のおなかにペプシを当てて開けようとしてる!


風翔「わかりましたよ~あ、この前のコーラのわああああああああ!」





ペプシが噴いた。


Lとあたしはプッと笑ってしまった。


風翔、芸人になれるんじゃないかってほど、リアクションがいい。


ダイが布巾を風翔に投げつけた。


Lはティッシュで風翔の服を拭いた。


あたしも何か手伝わなくちゃ...


Lのティッシュをもらおうとした時





ダイ「わかった?風翔。これが友也だ」





そう言った。


みんな、「は?」って顔。


ダイの顔は真剣だった。


テーブルの上でブクブク泡を噴いてるペプシを指さして





ダイ「これが友也だ。噴き出てきたのが、友也。ペプシはどうして出てきた?」





それは、振ったから。


誰もがわかるのに、答えない。


ダイはかまわず続けた。





ダイ「俺がこのペプシを叩いたり振ったからだよな。ストレスが溜まって、こいつはムカついて、爆発したんだ」





なるほど。擬人法か。





ダイ「誰だってあるんだよ。俺だってLだってある。キレたこと。

お前はそれの、覚えてないバージョンなだけなんだよ」


風翔「はい」





風翔も真剣に聞いていた。





ダイ「な?だから、乗っ取られるとかそんな大きな事じゃないんだ。ただ、ブチ切れただけ」





Lも風翔の服を拭くスピードが落ちていた。





ダイ「噴き出さないためにはどうすればいい?ペプシを振らない?叩かない?

そんなの、無理だ。運ぶ時に誰かがペプシを落としているかもしれない。振らないで過ごす事は出来ない。ストレス社会だからな」





やっと噴き出すのをやめたペプシを見つめながら、


あたしはダイに感心してた。





ダイ「噴き出さないためには、フタを開けなければいい。フタが開きそうになったら、俺たちに言ってくれ。

そしたら、俺たちが開きかけたフタを閉めに来るから。俺の言いたい事、わかる?」


風翔「はい...!」





あ、また泣きそう。


いや、これは誰でも泣くわ。


あたしでも鼻がツンとした。





L「あーあ。いい事言ってるけどこれ風のお父さんに怒られるかもな~?ダイも手伝えよ」





Lが一生懸命床を拭く。


それにつられて、全員で、一心不乱に床を拭いた。


ティッシュで床を拭くついでに、自分の涙を拭う風翔。


あなたは今、何を思っているの?


あなたの中に、あたしが入る隙間はない?


こんなにいい、先輩たちに恵まれて。


素敵な仲間がいて。


あたしは必要ですか?


不必要ですか?


そんな問いも、今は出来ない。

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