第7話 別人格


「L先輩!」


泣きそうな顔でLを呼ぶ彼は、絶対本物だ。


いつもの、あたしが知ってる風翔だ。





「水飲みたい……」





跪いたLがそう言うと、


風翔は走ってキッチンへ。


Lはゲホゲホとむせながら、


「今日のところは帰って下さい……救急車も呼ばないで」


と、苦しそうな顔で、あたしを見て言った。


あれ、あたし救急車呼ぶよなんて言ったっけ?


119と入力はしたけれど、何も言ってない。


警察呼ぶとは言ったけれど、救急車は言ってないよね?


あたしの行動、全部読まれてる?


Lの「今日のところは帰って」という言葉は完全に右から左に流れてて


119と入力したスマホを見つめて


それを消した。


本当に救急車呼ばなくていいの……?





風翔がコップにいれた水を走って、


Lに渡してるのがぼんやりと見えた。


それをボーッと見てることしかできない。


風翔とLが何かを話してるけれど


あたしの頭の中に入ってこない。


脳が疲れた。


今起こってる事を理解しよう、理解しよう、


ずっとそれを続けてたら脳が疲労して、


急に脳が情報を受け取る事を拒否した。


夢を見ているかのようだった。


脳神経を、意識的にシャットダウンする。


あたし、凄いわ。


そんな事出来ちゃうんだ。


映像だけが目に入ってくる。


視神経だけは、シャットダウン出来なかった。


だけどふんわり加工のフィルタかけてるよう。


視界はくっきりとはしていなかった。


風翔がLに肩を貸して、二人でキッチンへ向かう。


水を飲ませたり


氷を出したりしてる。


Lがむせてる。


風翔がLの背中をさすってる。


吐いてる……?


声と音がなくなった世界で、


映像だけが目の前で流れてく。


風翔が泣いてる。


アンタなんでいっつも泣いてんのよ。


そんな泣いてる中学生見た事ないよ。


なんでそんなに泣き虫なのよ。





あたし……なんで


彼を泣かせてばかりなんだろう……。


風翔が、電話をかけてる。


「お父さん」「何時に」「病院」


単語だけ、ユラユラと脳内に入ってきた。


救急車は呼ばないで、病院行くのかな。


風翔が泣きながら謝ってる。


いいなぁLは。


風翔に、こんなに愛されて……。





その時


ハッと我に返った。


風翔が、泣きながらLに抱きついた!


イケメン二人がっ


だだだ抱き合ってる!


ビッビッBL!


なんでここで脳が目覚めたのかはわかりません。


あたしゃ腐女子ではありません。


なのにどうしたことか、興奮してます。


目覚めたというより、


脳が覚醒通り越して興奮状態に!


ん?よく見ると、風翔の腕はダラ~ンとしてる。


Lが、必死で支えようとよろめいてる。





L!?


まさかあなた風翔を刺した!?


あたしは更に脳が覚醒した。


その瞬間、抜けてた腰がようやく立てるようになった!


彼が殺される!





「何!?何してんの!?」




立ち上がってLと、風翔のもとに駆け寄った。


Lは少し困ったような顔でこっちを見た。


あら、可愛い。


違う違う!





「気を失ってるだけです」


Lが言った。


「え!?大丈夫なの!?」


「大丈夫です、いつもの事なので」





Lが苦笑いをする。


ええ!?いつも気を失うの!?


それ大丈夫なの!?


風翔は癲癇持ち!?





「すみません、ちょっとベッドに連れてくの手伝って貰えますか?」




そうだ、Lだって怪我人だ。


たとえ「いつもの事」とはいえ、つらいよね。


二人でなんとか、風翔の部屋に連れていった。


風翔の部屋は、初めて入った。


必要最低限のものしかない。


これが俗に言う、ミニマリストってやつ?


完全に気を失ってる人間を運ぶのって


こんなにも大変なものだったのか。


風翔は痩せ型なのに、重くて重くて仕方なかった。


頭ぶつけないように気を配りながら、


ようやくベッドに寝かせた。


息が上がる。腰と腕が痛い。


だめだ、あたし介護職とか出来ないかも。


人生で初めて、介護福祉士の人達を尊敬した瞬間だった。





風翔の顔を見る。


頬に、涙の跡


唇に、ちょっとの出血。


殴られた時、外傷というよりも


口の中を噛んだっぽい。


でもほんの少し、安心したような顔してる。


安らかな眠り。


死んだように眠ってる。


ここにLがいなかったら、確実にキスしてるのになぁ。


あたし「ねぇ?ともやって何?」


L「……かぜのもう一人の、名前です」





名前は「ふうと」なのに


Lは「ふう」ではなく、「かぜ」と言った。


あたし「かぜ?」


L「あ、風愛友のことです」


あたし「ふうあいゆう、でしょ?」


L「はい。みんな、ふうあいゆうを略して

ふうって呼びます。

なんかそれだとつまらないから、

俺だけはかぜって呼んでます」


あたし「名前に面白さ求めなくても。

風愛友ねぇ。本名も風翔だし。どっちもふうだね」


L「はい」





いや、話が脱線してます。





あたし「ともやってもうひとつの名前なの?

組織のコンドームの」


L「はい!?」


あたし「コードネームの」


L「いえ。コードネームではなくて……」





Lは少し困った顔で言い淀む。


あら可愛い。


違う違う。





L「風は、解離性同一性障害です」


あたし「かいりせい……?」


L「解離性同一性障害です。性同一性障害ではなく、解離性同一性障害」





何となく、聞いた事ある。


わかりやすく言うと、「多重人格者」の事だ。


ビリー・ミリガンの本を読んだことがある。


昔は多重人格と呼んでいたけれど、


最近は解離性同一性障害と呼ぶようになったとかなんとか。




あたし「ということは、ともやは別人格で?

他にも人格があるの?」


Lは少し、驚いた顔であたしを見た。


「さすが、年上ですね。頭がいい」


ふっと、少しだけ笑った。


やば!L可愛い!


イケメンの面で笑顔を向けんなバカたれ!


ダメダメダメ、あたしは風翔ひとすじなんだから!





「ちょっとさ、あんたさ、ケガしてんだから座ったほうがいいよ?」




電気つけてない真っ暗な寝室に、イケメン二人とあたし。


これはまずすぎる!


あたしがまずい!


急いでLをリビングのソファーに連れてって座らせた。





「あなたと付き合ってた時は、こういう事なかったんですか?」


「ないよ、一度も。そこまでデートしまくってたわけじゃないし」


「そうですか……」





Lは考え込む。


風翔が解離性同一性障害と正式に診断されたのは


中学一年生の夏。


LINEでいじめ相談にのってる時、


優しい彼が、たまにタイムラインでブチギレてる事があったらしい。


でも最初は、誰もが普通にキレてるだけだと思っていた。


でもそのうち、家で暴れ出すようになった。


そして、暴れ回ってた時のことを忘れていた。


記憶が頻繁に欠落するようになった。


そして、違う名前を名乗り始めたらしい。


「風翔」や「風愛友」と呼んでも


「俺はともやだ!」と。




病院、精神科を転々として


色んな病名を言い渡されたけれど


最終的には、「解離性同一性障害」と診断された。


その兆候はLと出逢った頃からあったみたい。


本人は覚えてないのに、いじめっ子に脅迫まがいのLINEを送っていたり


とにかく、どうにもならないいじめっ子と争う時には特に、


さっきの「ともや」になる事が多かったそう。


あとはもう一人の人格、9歳の男の子がいる事を教わった。


これも「ともや」という名前らしい。


「めずらしいね、多重人格ならみんな名前違う事が多いのに、二人とも、同じ名前なんて」


そう言うと、


「そうなんですか?それは知らなかった。さすが年上……」


ってLが納得した。


やば!やめてその顔で褒めないで!


L「でも、さっき出たともやは、漢字で友達の友と、なりと書いて友也らしいです。

9歳の子は、ひらがなでともやだと言ってます」




ほうほう?


ひらがなと漢字の違いとかもあるのか。





L「愛美さん、そろそろ風翔のお父さんが帰ってきますので……愛美さんも帰った方がいいかと」





そうだ。


さすがにあたしも風翔の親にはまだ会いたくない。


こんな年上のストーカー女がいるなんて知ったら


お父さんまでぶっ倒れてしまう。


さっきLを病院に連れてくから、


早く帰って来てって風翔が電話してた。


鉢合わせはごめんだ。


最後に、風翔の寝顔を見る。


人格が戻った彼とあたしは、話してない。


というより、彼の目にあたしは全く入ってなかった。


ここで帰ってもいいのかな。


もう一生会えないの?


LINEもブロックされたままだし……。


Lが、あたしを見た。





「友也が出たということは、強いストレスを受けたんです」





ツヨイストレス





わかった。


言いたいことはわかった。


あたしが、彼のストレスの元凶なんだね。


Lは遠回しに言ってるつもりだけど


あたしにわかるように言った。


年上の


あたしの脳のレベルに合わせて言った。





「もう会わないでくれ」


と。


あたしは……わからない。


あたしのほうが自己中だった。


こんな事言われたら、彼を愛してるなら


もう二度と会わないだろう。


でも


会いたい。


その気持ちのほうが大きい。


でも今はそれどころではない。


風翔のお父さんが、帰ってきてしまう。


わざとわからないふりして、Lにニコッと笑う。




「じゃ、そろそろ帰るね。Lもお大事に」




「さようなら」


Lが言う。


二度と会わない人への「さようなら」だった。


あたし「うん。またね!」


L「えっ……」


あたし「バイバイ!」





あたしは振り返らずに、玄関を出た。

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