第5話 豹変


形勢逆転。


彼が上からあたしを羽交い締めにして、


物凄い形相であたしを見下ろす。




「てめぇ、誰だ?」




風愛友はてめぇなんて言葉、使った事ない。


「な、なに……?」


彼の目が怖い。


しばらくあたしを舐めまわすように見る彼。




「……あぁ、愛美か」




彼はニヤッと笑った。


そうか、彼はキレてるんだ。


あたしがあんな嫌な事言っちゃったから……。





「ご、ごめん、さっきは言いすぎた」




彼はニヤッと笑ってあたしの唇をぎゅうっと掴んだ。




「出てけ」




半笑いで言う。


こんな顔、こんな言葉遣い聞いた事ない。


「さっきはほんとごめん」


そう言いたいのに、唇つねられてるから言えない


「うぐぐごげ」


それでも、なんとか言ったつもり。






「風翔の世界から永遠に出て行け!」




グーであたしの、顔の横スレスレで


ドンッと床にパンチした!


床ドンとか胸きゅんするような、生易しいものじゃない。


床ドンならぬ、床バンだ。


これ顔に当たってたらヤバイ、


一生外歩けない顔になる。


風翔の世界から永遠に出ていけ……?


なんで自分の名前を言ったんだろう。





「お前のせいで風翔がおかしくなってんだよ!」


まただ。


誰か、いじめられてる友達を庇ってるみたいな言い方。


ギラギラした、野生動物みたいな目。


こんな時なのに、めちゃくちゃカッコイイ……ってドキドキしちゃった。


彼があたしを睨みつけながら起き上がった。


あたしは開放された。





「二度と来んなよ。サヨナラだ」





彼が立ち上がって、あたしを下目に


憐れな虫けらを見るような顔で言った。





「……やだ。好きだから」


「はぁ?」





せっかく無くなった殺意が、


また芽生えたような顔で睨みつけてきた。


その、顔は


不良とかヤンキーとかヤクザとかそんなもんじゃない。


殺人者の顔だ。




こ れ は マ ズ イ




あたしの本能が逃げろと警鐘を鳴らした。


あたしのバックは、玄関に置きっぱなしだ。


せ、せめてスマホだけでも……!


パッと目に入ったのは、彼のスマホ2台。


ローテーブルの下に置いてある。


彼は絶対にロックしてる。


どちらかはロック外してるか?


そっとスマホに手を伸ばして


彼のスマホ2つを取った。





「何してんだよ!?」




ヤバイ殺される!


ダッシュでトイレに逃げ込んで鍵をかけた。





「てめぇ!」





トイレの床に腰を抜かして、震える手で彼のiPhoneをいじる。


やっぱりロックしてる。


指紋認証、アウトだ。


緊急通報?


いや警察沙汰はダメだ、


もし組織が本当にやばいモノなら


リベルテから怒られそう。


どうにか電話で誰かに……!


パスワードなら知ってる!


以前彼と遊んでる時、


パスワード打ち込んでたのを覗いてたんだ。


なんの日にち?と聞いたら


彼の友達の命日だった。


毎年お墓参り行ってるって昔話してた。


覚えやすい日にちだから覚えてる。


その数字を入れたらビンゴ!


開いた!


急いで電話帳を探す。


でも誰に連絡するの!?


由美?


ダメだ、なんで私んちにいるの!?って疑われてしまう!


焦ってるとどうしても、110番しか思い出せない。


警察はダメ、ダメ、ダメ……!




「それだけは見るな!」




ガチャガチャ開けようとしてくる風翔。


やめてよ余計に焦る!


あ、LINEだ!


LINEでそのL先輩とかいう人に連絡すれば


何とかしてくれるかも……!?


LINEを探す。


あった!


そのLINEはロックしてなくて、すぐ開けた。


違う、これは普通のアカウント?


LINE名が風愛友じゃない!


もう一つのスマホを手に取る。


だ、だめだロックかかってる!


パスワード……は、同じだった。


LINE……ない!ない!!


どこにあるの!?


探して探して、ようやく見つけた!


ホーム画面に貼り付けてなかった。


なんでこんな面倒な事を!


LINEをタップすると


またロックかかってる!


もうやだこんな緊急事態なのに!


試しに友達の命日を……!


外れた!





プロフィール名は


「風愛友~Lの後継者~」となっていた。


うわ、厨二病くさ!


L……Lに連絡しなくちゃ。


Lならきっと、風愛友を止められる人間?


Lの方が階級が上とか言ってたもん!


Lの言うことは絶対って言った!


トークを見る。


L、L、L……ない!?


なんで!?


検索しても出ない!


大文字、小文字、全角、半角、ひらがな、カタカナでも出ない


友達のところから探す。


ない!?検索もだめ。


なんでなんで!!




「おい!」




彼の声が余計にあたしを焦らせる。




「ちょ、ちょっと待って!」




もうどうにでもなれ!


タイムラインで叫ぶ!





「助けて!風愛友がおかしい!Lの連絡先知ってる人Lに伝えて!」





ってタイムラインに出した。


これならたぶん誰か伝えてくれるよね……!?


トークで、誰かに声かけてみよう!


トーク見たら、未読が90件!?


どんだけLINEやってんのよ!


しかも女子ばっかり!


こんな緊急事態でも、嫉妬してるあたしも怖い。





「てめぇ!LINEで勝手に話したら承知しねぇからな!」





やば。タイムライン出しちゃった……。


でもなんか違う、風翔は風翔じゃない!


今はそれだけ確信していた。


誰かに助けを求めないと、危ない気がした。


それでも、家から逃げ出さなかったのは




……彼が好きだから。




今出て行って、もし鍵閉められたら


二度と会ってくれないような気がした。


怖いけど、好きな気持ちのほうが大きい。


トーク画面の上の方にいる、未読のりりか先輩という名前に目が留まる。


女の名前だ。


「先輩」って事は、Lを知っているかも!?


ごめん、個チャ見させて!


ちょうど、その先輩から、「ふうくんどうしたの?」って来た!


この人と風愛友はどういう仲……?


そんな事考えてるヒマないのに気になる。





「助けて!Lに助けてって伝えて」


と言ったら


「わかりました!」って。


なんていい人なの……。


しかも、こんなわけわからない文章なのにすぐ理解してくれるなんて!


嫉妬してごめんなさい!




ガチャ




心臓が、凍りついた。


トイレのドアが開く。


ドアによっかかってたあたしは、


そのまま後ろに倒れ込んだ。


あたしを見下し、ニヤリと歪んだ笑顔の風翔が視界に入る。


ニタァと笑みを浮かべて、


「知ってる?家のトイレって外からも鍵開けられるんだよ?緊急事態の時のためにね?」


と、十円玉をチラチラ動かした。




その、顔


その、話し方


あたしの全く知らない人だ。




その時、彼の目線があたしの持ってるスマホに移動した。


あたしが彼のスマホでLINE画面を開いてるの見つかった!


みるみる彼の表情が悪魔に変わってく。


怖い、殺される……!





「てめぇ……LINEはやるなって言っただろ……」





あたしが持ってるスマホを、力ずくで取り上げようとした。


だめ、今返したらLから返事来たとしてもあたし返事できない!





「ちょ待って!だめ!」





彼が無理やりスマホを奪った。


奪われた……!


立とうとしたら、腰が抜けていた。


立てなくて、足に力が入らなくてふにゃりと尻もちをつく。


ガンッ!


ついでに便座に頭ぶつけた。


その瞬間、彼があたしの顔を見た。


目が合った。


その顔は、なんとも言えない、悲しげで


今にも泣き出しそうな顔だった。





風翔「だ、大丈夫?」




え?


いつもの優しい彼?


だけどその顔がすぐまた怖い顔になって





「風翔うるせぇよ!出てくるんじゃねええええ!」


彼がいきなり、そこらへんにある物をあちこちに投げ始めた!





怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


ガタガタ震えが止まらない。





「愛美、お前のせいでもあるんだよ……」


ひとりごと?





「お前が……お前が……お前の……お前のせいで……」





風翔は両手で頭を抱え


何度も首を横に振った。


泣いてるのか、怒ってるのか、絶望してるのかわからない。


悲痛な呪文。


あたしのせい?


「お前のせいで」という言葉を繰り返してる。


風翔の殺意が、散らばった。


今のうちだ。


震えが止まらないのにまだ、腰抜けたまんまで、


そっと、ハイハイしながら廊下に出る。


第三者視点で見たら、さぞかし無様だっただろう。


するといきなり、トイレに転がってるほうのiPhoneが鳴った。


LINE電話じゃなくて、普通の電話。


Lかな!?


さっきまで取り乱してた彼は、急に背をのばし


怖い顔に戻った。


彼は冷静になって電話を取る。


L?Lだよね?親とか友達じゃないよね?


お願いだから助けて……。





「誰?あぁ、ダイか。なんだよ?」


ダイ……?


ただの友達?


ガックリ肩を落とす。


でもあたしへの殺意がこちらに向いていない事に、安堵感を覚えた。


風翔って、こんなキャラだったの?


DV彼氏的な?


学校でもそうなの?


キレやすい子どもってやつ?


電話を奪って、そのダイって友達に聞きたいぐらいだった。


すると彼は、ダイって子と話しながら


あたしを見てニヤッとしながら言った。





「あー?愛美なら廊下で無様に転がってるよ」


すると電話の向こうで、怒鳴る声が聞こえた。


え?え?何が起きてるの?


てか!ダイって人あたしの事知ってるの!?


ダイって人も何かの仲間なの?


もうわけがわからない!





「いちいちうるせーんだよ。てめーには関係ないだろ」




彼はダイに言った。


あたしは大きな声で




「助けて!殺される!今、風翔の家!!」と叫んだ。


どうかダイって人も気づいて!


彼はダイにバイバイのひとことも言わず


恐らく一方的に電話を切ってあたしを睨んだ。





「お前さ、いつもいつもどうして風翔が誤解されるような事言うの?」


笑いと怒りと悲しみが全部いっしょくたになったような


複雑な表情だった。


「助けて殺される」と言ったことが、


今から本当に起こるのかもしれない……。


また、体が震え出す。


数秒しか経ってないのに、永遠に感じる間。


あんなに「永遠に一緒にいたい」と願っていたのに、


今はこの数秒の永遠が、死ぬほど怖くて苦痛だった。


彼がゆっくりと近づいてきた。


彼は何も持っていない。


凶器はない。


だけど


小学生の頃からボクシングやってる彼は


素手が凶器だ。


あたし、ここで殺されるのかな……


大好きな彼に殺されるなら、本望なのかな……


彼の友達みたいに、毎年お墓参り来てくれて


一生彼の心に刻みつくのかな……





その時


ガチャ!と玄関が開いて


男の子が飛び込んできた!!

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