第4話 風愛友
ブロックされた。
何日かLINEしても、ずっと未読だった。
気がついたら、彼の家の前にいた。
別れの意味が、わからなかったんだ。
「L先輩にも別れろって言われた」
誰よそのL先輩って。
なんでローマ字なのよ。
L先輩って外国人なの?
そしてもっと意味不明なのが、
「ある組織に入っていて」
何それ?
組織って言葉、壮大すぎない?
サークルとかじゃなくて?
極めつけは
「あなたを巻き込みたくないから」
一体、何に?
別れる別れない以前に、
別れる理由を、詳しく聞きたかった。
由美とお父さんが家にいない事は、由美とのLINEで確認済み。
ワンチャン、由美にバラされてるのでは……と
内心怖かったけれど、あたしと風翔の関係は
由美は全く知らない感じだった。
今日は、学校も部活もない事も確認済み。
風翔の家は、一戸建て。
新築ホヤホヤってぐらい、あたしんちより綺麗だ。
チャイムを鳴らしても、誰も出ない。
これが漫画やドラマや小説やブログなら、
鍵は開いてるはず。
……開いた。
なんて都合のいい展開。
そっと、ドアを開ける。
これは不法侵入だ。
風翔に通報されたら、あたしは前科者になってしまう。
風翔はそんな事しないとは思うけれど……。
「お、おじゃましま~す……」
蚊が鳴くような情けない声でお邪魔する。
一応言ったからね。
不法侵入じゃないぞ?
どの部屋からも、物音ひとつしない。
そっとリビングに入ると、風翔はテレビもつけずソファーに寝ていた。
お昼寝タイムか。
起こそうか悩む。
起きていきなり自分ちに女がいたら、
さすがにびっくりするよね。
やっぱり起こそう!
風翔は泥のように眠っていた。
イビキどころか、寝息すら聞こえない。
生きている人間とは思えない……。
いや、もちろん生きてる。
微かに、肩は呼吸のリズムで揺れている。
「ねぇ風……」
手で優しく肩を揺すろうとしたその時
ソファーの前にある、ミニテーブルの上に散らばったものに目を奪われた。
薬……?
色んな種類の薬が、乱雑に置かれてあった。
風邪ひいてるの?
体調悪いならこんなソファーで寝てたら悪化する。
ちゃんとベッドだか布団で寝かさなくちゃ。
「風翔、風翔、起きて」
肩を揺すってもピクリともしない。
「風翔!ねえ!体調悪いの!?」
優しくほっぺをパチパチと叩いた。
特に顔も熱くはない。
熱はない……か。
「んん……?んあああっ!?」
薄目であたしを確認した風翔は、
ソファーの上で跳び起きて座ったまま
ボヨンボヨンとバウンドした。
期待以上の、芸人なみのリアクションを取ってくれた。
あたし「体調悪いの?」
風翔「ななななんで愛美が!?」
あたし「この薬は何?」
風翔「え!?あれ!?もしかして今日約束してたっけ!?」
あたし「いや、LINEブロックされてるから約束してないけど」
風翔「誰が愛美と約束したの!?」
あたし「は?」
さながら言葉のキャッチボールならぬノックだ。
ひたすらお互いボールをバットで打ち合い、
どちらもボールを取ろうとしない。
寝ぼけてるのか。
寝起きだから、仕方ない。
あたし「元気そうだから本題入るね?」
風翔「う?うん?」
あたし「なんで別れるの?」
風翔「えーっと……俺たち別れたっけ?あ……別れたね、うん。たぶん」
あたし「……何それ。まぁいいわ。L先輩って誰?」
風翔「同じ中学の三年生だよ」
あたし「男?女?」
風翔「男」
あたし「外国人?」
風翔「う……まぁそう言われればそうかもしれないし……いや、やっぱそこは触れないで」
あたし「なんで全然関係ない外国人の男の先輩の言うこと聞いて別れるの?」
風翔「……L先輩の言うことは絶対だから……階級的に……」
あたし「はあ?あんたんとこの中学校だけ時代が止まってるの!?
何その階級って!部活が一緒なの!?」
風翔「いや、部活全然違う...」
あたし「部活違うのになんでL先輩の言うことは絶対なの!?」
風翔「ちょちょちょっと待って、喉乾いた」
しまった。
感情的になりすぎた。
だって理不尽すぎるんだもん!
風翔はフラフラと立ち上がって、キッチンに向かった。
「愛美はホットコーヒーでいいでしょ?」
「う、うん」
……あたしの好きな飲み物はホットコーヒー。
覚えていてくれてたことに、目頭が熱くなる。
風翔は水出し麦茶をドボドボとコップに注いだ。
麦茶をちょこっとだけ口に含め、ゆっくりとソファーに座った。
風翔「どこまで言っていいのかわからないけど……リベルテって知ってる?」
あたし「知らん」
風翔「あぁ……だよね……簡単に言うと、いじめ撲滅する組織なんだけどさ」
いじめ撲滅?
国がやってるような、いじめの相談所みたいな所かな?
風翔「これ、リベルテから支給されてるんだ。これで、いじめ撲滅するの」
風翔はiPhoneを取り出した。
彼のiPhoneと、もうひとつ
見覚えのないiPhoneを取り出した。
iPhone二台持ち?
なんてブルジョワな!
風翔「改造された、特殊なiPhoneなの。
俺の居場所も、正体もわからない。
ウイルスも入ってこない。
でも、上の人からはほとんど俺が何処にいるのかはわかる」
あたし「へ?上の人?」
風翔「俺のコードネームは風愛友。中学校一年統括。一番下の階級」
あたし「コードネーム?コンドームじゃなくて?」
風翔「何言ってんの」
あたし「いやこっちのセリフよ?
風愛友ってあれでしょ?ドラマのやつ!」
風翔「あー、うん。俺は見てなかったけどさ。
みんなそのドラマ好きだからめっちゃ流行ってるんだよね」
あたし「パクったってこと?」
風翔「それもある。俺、正体隠していじめしてる同級生とかに注意してる。
でも決まってみんなに言われるんだよね」
あたし「なんて?」
風翔「お前は誰だって」
この前、風翔のトーク画面をふと見たことがある。
その時に確かに言われていた。
「お前は誰だ」と。
にわかには信じ難い話だった。
政府とか国とか?
いじめ相談センターという名前ではなく
いじめ撲滅組織という響きが、何となくだけど
恐怖心を駆り立てる。
撲滅って言う言葉に、違和感を感じた。
しかもわざわざiPhoneを支給して
正体を隠して、風愛友という名のLINEアカウントを作らせて、
同級生たちのいじめ問題を解決する?
中学一年生の子供が……!?
そんな事出来るはずはない。
いじめなんてものは、どの時代にもあって
どんなに大人たちが頑張っても
学校が頑張っても
なくなることはないんだから。
やっぱりこれは、暇な誰かが作ったサークルなのでは?
半信半疑というよりも、
風翔が誰かの作った、
怪しい組織ごっこに巻き込まれているのではないかと、不安でいっぱいになった。
中学一年生じゃ、何でも信じちゃうでしょう。
とはいえ、iPhoneを支給っていう所が引っかかる。
こんな十万とかするiPhoneを、
中学一年生に配るのか?
そんな話を聞いたら
怪しいお遊び組織から風翔を守らなければならない。
好きという気持ちよりも、使命感の方が強かった。
風翔を優しく抱き締めた。
「あたし巻き込まれていいから……もう1回、チャンスちょうだい?」
「……」
無言。
あまりにも長い沈黙。
そっと離れてみると
彼が泣いていた。
「どうしたの?」
すると堰を切ったように、一気に話し始めた。
「俺、わからないんだ。
キスしたから愛美を好きになったんだったら、それは恋とは違うと思う。
ちゃんと好きな人と、そういうことをするべきなんだ。
だから、別れたい」
ティッシュを取って、彼の涙を拭きながらあたしは言った。
「そう考えるのは、まだ中学生だからだよ。
えっちから始まる恋なんて、いっぱいあるよ?」
彼の純粋さに心打たれつつも、
別れたくない一心で説得する。
「あまり深く考えなくていいんだよ?」
でも彼も止まらない。
「みんなはそうかもしれないけど、俺は違う。
罪悪感に押し潰されるんだ。
キスするたび、本当に好きなのか?ってもう一人の俺が聞いてくるんだ。
好きじゃないのにしてもいいのか?って、
ずっとずっと責めてくるんだ」
泣きながら、彼は一気に捲し立てる。
あたしは正直、イライラしていた。
そんな事であたしたちは別れたの...?
巻き込みたくないとか、
Lがどーとか、
そんなのただの言い訳で。
これが、本心?
「あのさ、今どきそんな人いないよ?
いても少ないんじゃない?
深く考えすぎなんだよいつもいつも」
どうしても責めるような言い方をしてしまう。
あたしも止められない。
「あたしの気持ちなんかどーでもいいんだ?
そーゆーのを偽善者って言うの。
いい人ぶって、実は自分の事しか考えてない人。
そんな人がイジメ解決とか笑っちゃうね」
本心じゃない。
どうにもならない状況に、イライラしてただけ。
その時。
泣きじゃくってた彼が、パッと目を開けた。
そして、あたしを、睨みつけた。
肩を震わせて泣いてたのに
あたしの顔を、怖い顔で見た。
その瞬間、あたしを思いっきり突き飛ばしたかと思うと
柔道の寝技みたいなのであたしをねじ伏せた!
な、なに?
なに!?
顔が……怖い。
犯罪者の、顔。
人を殺すんじゃないかっていう顔。
こんな表情、初めて見た。
物凄く睨みつけて、彼はわけのわからない言葉を発した。
「てめぇ、誰だ?」
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