第9話 願い事は……ありますか?


 家に着くと、俺はすぐさま自室へと戻った。そして、ベッドの上に倒れこむようにして横になる。


 目を閉じれば浮かんでくるのは祭りでの光景だ。涙を流す美春の顔ばかりが浮かぶ。それもこれも全て自分が招いた結果だ。

 あの時、告白を受け入れていればよかったのだろうか? いや違う。それではダメだ。嘘を吐いても、いつかどこかで綻びる。その時、お互いに後悔するだけだ。


「なんだ、まだ起きていたのか」


 不意に部屋のドアが開き、父さんが顔を覗かせた。時計を見ると既に夜の11時を過ぎている。どうやら随分と長い間考え込んでいたようだ。


「なあ、父さんは母さんのことを愛していたか?」

「藪から棒にどうした?」

「いいから教えてくれよ」


 俺が真剣な眼差しで見つめると、彼は困ったように頭を掻いた。


「もちろんだ。今でも変わらず愛してるよ」

「どんなところが好きになったんだ?」

「そうだなぁ……。やっぱり優しいところかな。他にもいろいろある。でも言葉に表すのは少し難しいな。それぐらい好きだった。それにしても、どうした? 突然そんなことを訊くなんて」

「別に。ただなんとなく知りたくなっただけだよ」

「そうか」


 何か納得したような笑みを見せると、父さんは部屋から出て行った。

 やはり、美春とは付き合うべきではない。父さんの話を聞いてそう感じた。


 俺は美春を愛することなんてできないし、好きなところもそうポンポン出てくるわけではない。

 今度会ったらはっきり断ろう。

 ようやく思考のまとまった俺は、祭りで取ってきたものを片付けるためにベッドから降りた。


「そういやコレ、渡し損ねたな」


 バッグから出てきたウサギのぬいぐるみを見て、小さくため息を吐く。


「まあ、コレも今度渡せばいいか」


 しかし、荷物を整理する中、あるべきものが無いことに気が付いた。

 財布を忘れたのだ。

 美春に告白されたことで頭がいっぱいになり、ベンチに置いてきてしまったのかもしれない。


 幸いにも、家から会場まではそんなに離れていない。今から取りに行けば、日が変わる前には帰ってこられるはずだ。

 俺は手早く準備を済ませると、足早に家を出た。


 辺りはすっかり暗くなっており、道にはほとんど人がいなかった。

 夜道を淡く照らす月光を頼りに、目的地を目指す。

 しばらく歩くと、目的のベンチが見えてきた。予想通り、俺の財布もそこにある。


 それを拾い上げれば、あとは家に帰るだけだ。

 そう思い足を踏み出した瞬間だった。

 広場の方に人影が見えた。こんな遅い時間とはいえ、つい先ほどまで屋台が立ち並んでいた場所だ。多少は人がいるのは当然である。

 だが、俺は無性にその人影のことが気になった。

 なぜかはわからないが、とにかく気になってしまったのだ。


 俺は自然と足をそちらへ向ける。近づくにつれて人影がはっきりと見えてきた。それは女性のようだった。

 彼女は一心不乱に笹の葉をかき分け、そこに吊るされた願い事を眺めている。

 さらに一歩近づくと彼女の容姿がよく見えた。


 まるで星空をそのまま切り取ったかのようなキャミソールの上に、白地の色鮮やかな和服で身を包んだ背の低い女の子。

 彼女の腰まで伸びる白い、真っ白な髪の毛は、月明かりに照らされて天の川の如く煌めいている。

 そんな彼女の幻想的な美しさに目を奪われていると、不意に彼女がこちらを振り向いた。


 視線が交差する。

 瞬間、俺の心臓が大きく跳ねたのを感じた。まるで身体中の血液が一斉に沸騰したかのような感覚に陥る。今まで経験したことのない不思議な感情に襲われたのだ。

 彼女は俺の顔を見るなり目を見開いたかと思うと、あわあわと慌てた様子で口を動かした。


「あ、あの……え、えっと…………ね、願い事は……ありますか?」

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