第8話 告白

 一瞬、美春の言っていることの意味がよくわからなかった。


「どういう……意味だ?」

「そのままの意味だよ。私ね……輝彦のことが好きなの」

「…………」


 突然の告白に言葉を失う。美春が俺のことが好きだということに驚いているわけではない。

 ただ、なぜ今なのかと。なんでこんな……幸せな時に言うのかと。思わずにはいられなかったのだ。


「いつから好きだったのかはわからない。でもね、ずっと……ずぅっと前から輝彦のことが好き」


 真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる美春。その表情からは確かな覚悟が感じられた。きっと彼女は本気なのだろう。

 けれど、俺は彼女と目を合わせることができない。ただ、黙って彼女の言葉に耳を傾けることしかできなかった。


「ごめんね。いきなりこんなこと言われても困るよね」


 彼女はそう言うが、俺としてはいきなりでも何でもない。美春が俺に好意を寄せているのは前々から知っていた。だから、驚きこそあれど戸惑うことはなかったのだ。

 俺が答えあぐねているのには別の理由がある。それは、俺が彼女を恋愛対象に見られないことにあった。


 ここで素直に好きでは無いと言えば、この幸せな時間を、俺達の関係を、美春の心を壊すことになるかもしれない。

 そう思うとどうしても言い出せないのだ。そんな俺の気持ちを見透かすかのように、彼女は言葉を続けた。


「輝彦はどう思っているのか聞きたいな……」


 美春のことは好きだ。だがこれは恋愛感情ではない。長い時間をともにしてきた家族のような存在に対する親愛に近いものだ。

 それに何より……俺には心に決めた女性がいる。だからこそ、彼女の想いに応えることはできない。

 もし仮に俺と彼女が付き合ったとしても、お互いの将来を考えるならばこの選択が正しいとは到底思えない……。


「どうして今、そんなことを訊くんだ?」


 俺が尋ねると、彼女は少し寂しそうに笑った。


「だって……今年を逃したら、輝彦と離ればなれになっちゃうもん……」


 俺にその気がないことを察したのだろう。彼女の頬に一筋の涙が伝う。


「輝彦は藝大に行きたいんでしょ? 本当はね、私も一緒に行きたかった。幼稚園から高校までずっと一緒だったから、大学も一緒に行けると……勝手に思ってた……。でもね、やっぱり無理みたいなんだ」


 自重気味に笑う彼女を見ていると胸が痛んだ。そして同時に自分の情けなさにも腹が立つ。

 無理ならば無理だとはっきり言えばいいのに、中途半端な態度を取ったせいで美春を余計に傷つけてしまった。


「いっぱい……いっぱい絵の練習をしたんだけどね、藝大に行けるほど上手くなれなかった。だから、来年にはもう輝彦とは離ればなれになる。そんなことになるぐらいなら、いっそ告白して、恋人になっちゃおうって思ったの……」


 彼女は力なく微笑む。その姿は今にも消えてしまいそうなほどに儚くて、弱々しくて……見ているだけで強烈な罪悪感に襲われた。


「輝彦が私のことを友達としか見ていないのは知っているよ。それでも……あなたに想いを伝えたかった」


 かける言葉が見つからない。こんな時、気の利いた台詞の一つでも言えればいいのだが、生憎俺はそんな器用な人間ではなかった。

 必死に思考を巡らせてみるものの、何一つとして良い言葉が思いつかない。

 何か言わないといけないとわかっているのに。美春を傷つけないために、正しい答えを言わなければいけないのに……。


「変なこと言ってごめんね。忘れて」


 美春は自分の頬を叩くと、無理矢理作ったような笑顔でそう言った。

 そして、勢いよく立ち上がると、そのまま歩き出す。


「じゃあね。また明日!」

「美春……」


 結局、俺は何も言えずに人混みに消えていく彼女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 祭りの終わりを告げる花火が上がり始めた頃、俺はようやくベンチから立ち上がった。

 人の減った会場で美春の姿を探すが見つからない。当然だ。あれからかなり時間が経っているのだから、もう帰ってしまっているだろう。

 今日はもう帰るしかなさそうだ。

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