第7話 冗談

 それから俺達はヨーヨー釣りをしたり、型抜きに挑戦したりしながら、夏祭りを満喫した。

 途中、何度も勝負を挑まれたりもしたが、結局、全勝したのは言うまでもないだろう。


 やがて、祭りの終わりが近づいてくると、俺達は最初の広場へ戻ってきた。

 初めはまだまだ余裕がありそうだった大きな笹も、今では緑よりも色とりどりの短冊の方が目立っている。


 キラキラとしたそれらの願いを見て、俺は少し憂鬱になった。彼らの願いが無性に眩しく、そして自分の願いが虚しく思えたのだ。

 しばらくそうして物思いに耽っていた俺だったが、突然握っていた美春の手にギュッと力が込められたことに驚いて、彼女の方に目を向ける。

 彼女はどこか寂しげな表情を浮かべていた。


「どうかしたのか?」


 不安に駆られた俺は恐る恐る尋ねる。すると、彼女は小さく首を振った。


「……ううん。なんでもない」

「そうか」


 それからしばらく、俺達は笹の前で静かに立ち尽くしていた。

 やがて、沈黙に耐えかねたのか美春が口を開く。


「……ねぇ、輝彦はどんなお願い事をするつもりなの?」

「特に決めていないな」

「そっか」


 そう言う彼女の顔は意外そうでもあり、それでいて納得しているようにも見えた。


「そういうおまえはどうなんだ? 何を願うんだ?」


 俺が尋ねると、彼女は困ったような表情を浮かべる。そして、少しだけ悩んだ後、こう答えた。


「……秘密かな」


 なんだそれは……。そう思ったが、口にはしなかった。彼女の目があまりに真剣だったからだ。


「じゃあ私はあっちでお願いを書いてくるから、のぞき見しちゃだめだよ?」

「なんでそこまでして隠すんだよ」

「なんでもいいでしょ! とにかくのぞくのは禁止! わかった?」


 怒り顔を作った彼女は、そのまま早足にどこかへ行ってしまった。俺はそんな後ろ姿を見送りながらため息を吐く。


「確か、願い事に適した色があるんだったか……」


 昼間、冬華から聞いたことを思い出しながら、俺は短冊とペンを手に取った。

 美春にはああ言ったが、俺の願いはもう決まっている。


「よし、できた」


 書き終えたそれを笹にくくりつけると、俺は満足げに頷いた。我ながらなかなか良い出来だと思う。

 その時、ちょうど美春が戻ってくるのが見えた。


「輝彦も書き終えた?」

「ああ」

「よかった。私も書けたよ」


 嬉しそうに笑う美春。その無邪気さは幼い頃から変わらない。


「それで……なんて書いたんだ?」

「秘密だって言ったじゃん! 油断も隙もないなぁ……もう」


 そう言って、美春はわざとらしく頬を膨らませてみせる。やはり教えてくれる気はないらしい。


「そういう輝彦はどうなの? 何て書いたの?」

「俺も秘密だ」

「むぅ~。まあいいや。私おなかすいた。あそこの焼きそば食べよ」


 不服そうにしながらも、すぐに切り替えてしまうあたり流石だと言わざるを得ない。


「いいな。俺も食べたかったんだ。約束通り、おまえの奢りでな」

「結局そういうことになるんだね。はいはいわかりました」


 呆れたようにため息を吐きながら、美春は俺の手を引いて歩き出す。


「おっ、兄ちゃん達カップルかい? お熱いねぇ」


 屋台の前に立つなり、威勢のいい店主がニヤニヤと笑いながらそんなことを言ってきた。

 予想外の一言に俺は動揺する。しかし、隣の少女は違ったようだ。彼女は頬を赤らめながらも、平然と言葉を返していた。


「はい、ありがとうございます」


 彼女のその一言で俺はさらに混乱した。一体どういう意図でそんな言葉を口にしたのだろうか。

 俺が何も言えないでいるうちに、焼きそばが完成してしまう。


「早く行こう」


 差し出されたそれを受け取った美春は俺の手を引いて歩き出した。

 されるがままに俺は彼女の後についていく。

 そして、適当なベンチを見つけると、そこに腰を下ろした。


「どうかしたの?」


 相当マヌケな顔をしていたのだろう。心配そうな表情で彼女が尋ねてくる。


「いや別に、まさか冗談でも美春があんなことを言うとは思わなくてな……」


 俺は正直に思ったことを口にして、心の整理をつけた。

 それから、乱れた呼吸を落ち着かせるように、焼きそばを口一杯に頬張った。

 ソースの味が口の中に広がり、空っぽの胃袋を満たしてくれる。


 隣を見れば、まるで我が子を見守る母親のような表情で、俺のことを見つめている美春の姿があった。

 けれど次の瞬間、彼女の口から発せられた声は真剣そのもので、俺は思わず箸を止める。


「輝彦は冗談だって思ってるみたいだけど、私は冗談だなんて思ってないよ」

「…………は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る