第6話 インチキ!
綿あめを頬張る美春の顔は幸せそうだった。機嫌もすっかり直ったようで一安心である。
「美味しい〜」
幸せそうに綿あめを堪能する彼女を見ていると、なんだかこちらまで幸せな気分になってくる。
「……ねぇ、もう一回勝負しない?」
不意にそんなことを言い出す美春。彼女の指差す方向には金魚すくいがあった。
正直、もう面倒だからやりたくないというのが本音だ。けれど、ここで嫌だと言えば、まるで逃げたみたいになってしまう。
「別に構わないが、また俺が勝つだけだぞ?」
「やってみなきゃわからないでしょ? もし勝てたらなんでも言うこと聞いてあげるよ」
挑発的な笑みを浮かべながらそんなことを言う美春。その表情から察するに余程自信があるらしい。
「はぁ……わかったよ」
渋々承諾すると、百円玉を二枚店主に手渡し、代わりにポイと器を受け取る。
水槽の中では赤や黒の金魚達が窮屈そうに泳いでいるのが見えた。その中から比較的取りやすそうな個体に狙いをつける。
「今度は負けないから!」
意気込んで袖を捲る美春の顔は真剣そのもの。そんな彼女の表情に吹き出しそうになるのを堪えながら、俺は様子をうかがう。
美春は水槽にポイを浸けると、水に浸かっている部分を持ち上げるようにして金魚を追い込んでいく。そして、あっという間に一匹掬い上げてしまった。
どうやらかなり上手いようだ。その後も一匹、また一匹と順調にすくっていく。その手際は思わず拍手を送りたくなるほど。
しかし、ポイの紙にも限界があるわけで、4匹目を乗せたところで破れてしまった。
瞬間、少し残念そうな表情を見せる彼女だったが、すぐに気を取り直すと、嬉しそうに三匹の金魚が入った器を掲げてこちらを振り向いた。
「見て! 三匹取れたよ! これは私の勝ちだね!」
得意げな顔でこちらを見つめてくる美春。
「まだ俺がやっていないだろ」
「ふふん。輝彦じゃあ一匹も取れなくて終わりだよ」
「どうかな」
自信満々な様子の彼女を尻目に、俺も負けじと水槽に向き合った。
水を振れさせないように、ゆっくりとポイを沈める。
「そんなことしたって無駄だってば」
背中で余裕たっぷりの声が聞こえるが、それを無視して俺は金魚の動きに集中した。
「なるほどな」
4匹、取れる金魚に目星をつけた。あとはその金魚がポイに近づいてきたタイミングで、一気に掬い上げる。
一匹を掬い上げると、その勢いのまま脇に寄った二匹の金魚もまとめて掬い上げた。
「嘘……!?」
「あと一匹……」
驚きのあまり言葉を失う美春をよそに、俺は三匹の金魚を素早く容器に移すと、最後の一匹に目を向けた。
他の金魚が逃げ惑う中、その一匹は悠々と水中を漂っている。思った通りの取りやすいやつで助かった。
俺は難なくそいつを捕まえると、すぐに美春の方に振り返る。
「これで俺の勝ちだな」
捕まえた金魚を見せつけてやると、彼女は悔しそうに歯噛みした。
「うぅ……インチキ! きっとインチキだ!! 絶対何かズルしてる! じゃなきゃ輝彦なんかに負けるはずないもん!」
「してない。なんだったらこのポイを調べてもいいぞ?」
「ぐぬぬ……」
悔しそうな顔で睨みつけてくる彼女を無視しつつ、店主に器を返す。それから、袋に入った金魚を受け取り、そのまま彼女に渡した。
「ほら、金魚やるから機嫌直せよ」
「いらないよ……。自分で取ったのがいるし……」
どこか拗ねたような口調で答える美春。その顔は彼女の背中に見える、ひょっとこのお面にも似て見えた。
「そうか。それなら返してく……」
「ダメ! やっぱりもらう!」
「どっちなんだよ……」
「いっぱいいた方がきっとこの子たちも寂しくないからね!」
そう言うと、彼女は俺の持っていた袋をひったくるように奪い取った。そして、その中の金魚に向かって語りかける。
「ふっふっふっ……君たちのご主人様はこの私なのだ! 敬い給え!」
本当によくわからないやつだ。まあ、そんなところが可愛いのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます