第5話 勝負しよう!

 駅前に着くと、そこには見慣れた姿があった。美春だ。

 彼女は鮮やかな桜色の浴衣を着ており、普段とは違った雰囲気を醸し出している。

 髪を結い上げているためか、うなじが妙に色っぽい。


「悪い。待たせたみたいだな」

「ううん。私も今来たところだよ」


 嘘だな、と思った。しかし、それをわざわざ指摘するほど野暮でもない。


「そうか」

「それよりもどう? 似合ってる?」


 その場でくるりと一回転してみせる彼女。ふわりと揺れる髪からはシャンプーの香りが漂ってくる。


「そうだな。似合っていると思うぞ」


 率直な感想を伝えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見ていたら、不思議と心が和らぐ。


「えへへ、ありがとう。輝彦も似合ってるよその格好」

「なんだそれ。嫌味か?」


 今の俺の姿はTシャツにジーンズといったラフな服装だ。お世辞にもお洒落とは言い難い。そんな格好を褒められても、複雑な気分になるだけだ。


「いや、本当に格好いいと思うよ。いつもの制服より大人っぽく見えるもん」

「……そりゃどうも」


 そんなやり取りをしながら俺達は歩き出す。

 駅前には沢山の屋台が立ち並び、多くの人で賑わっていた。

 辺り一帯を埋め尽くす人の数の多さと喧騒には、思わず目眩を覚えるほどだ。まるで満員電車にでも乗っているような気分である。


 少し歩くと、駅前の広場に出られた。そこは円の形をしており、中央には巨大な笹が設置されていた。

 その大きさたるや、この群衆の願いを受け止めてもなお、まだまだ願い事を乗せられそうに見える程だ。

 そんないつもと違う幻想的な駅前の光景を眺めながら、俺は感嘆の声を漏らした。

 しかし、隣の美春はまるで違うものを見ているようだ。彼女の視線はじっと俺の方に向けられている。


「どうした?」


 俺が訊ねると、彼女は慌てて視線を逸らした。心なしか頬が赤く染まっているように見える。


「い、いやなんでもない……」


『輝彦の横顔に見惚れていただけ』そんな言葉が小さな声で呟かれたが、聞かなかったことにして、再び人混みの中に紛れ込んだ。

 しばらく歩き回っていると、美春がある出店の前で立ち止まった。どうやら射的屋のようだ。彼女は興味深そうに景品を眺めている。


「私あれ欲しいな」


 美春が指差したのは、射的の景品の大きなクマのぬいぐるみだった。

 どう見てもコルク銃で倒せる大きさではない。


「あれはちょっと無理じゃないか?」

「なんで!」

「見ればわかるだろ。あのサイズじゃ絶対倒れない」


 俺の言葉を聞いた美春は悔しそうに地団駄を踏む。

 その仕草が少し子供っぽかったのでつい笑ってしまった。すると、それに気づいた彼女がこちらを睨んでくる。


「笑うなぁ!」

「悪い悪い。そんなに怒るなよ」


 そう言って頭を撫でてやると、すぐに大人しくなった。本当にわかりやすいやつだ。


「むぅ……クマが無理ならあのウサギはどうなの?」


 不服そうな表情を浮かべながらも、美春は別の景品を指差す。それはクマより一回り小さいウサギのぬいぐるみだった。


「まあ……あれならいけるんじゃないか?」

「よし! じゃあ勝負しよう! 負けた方は何か奢るってことで!」

「なんでそうなるんだ」

「だってそっちの方がおもしろそうじゃん! それとも負けるの怖いの?」


 挑発するような笑みを浮かべてこちらを見る美春。こういった勝負事で俺に一度として勝ったことがないくせに大した自信だ。


「はぁ……わかったよ」


 そうして、俺達はそれぞれ五百円ずつお金を払って銃を受け取った。

 弾の数は三発。目標のぬいぐるみを落とした方の勝利である。


 俺は銃を構えると、まずは一発目を撃った。コルクは一直線に飛んで行き、ウサギの眉間に命中する。しかし、残念ながら倒れるまでには至らなかった。

 続けて二発目を放つ。これもまた同じ場所に当たり、わずかに後ろに下がったものの、まだ倒せそうにない。


 ふと隣を見ると、邪悪な笑みを浮かべる美春の横顔が見えた。俺が撃つのを待っていたのだろう。彼女はハイエナの如く、俺の落としかけたウサギ目がけて引き金を引いた。

 放たれた弾は見事に命中。しかし、当たりどころが悪かったのか、ウサギはびくともしない。

 それを見た美春は慌てた様子で二発目……三発目と立て続けに撃ち込むが、やはり倒すことはできない。


「そんな……」


 呆然と立ち尽くす彼女を横目に、俺は三発目の弾を詰め込む。そして、冷静に狙いを定めて最後の一撃を放った。

 弾丸は吸い込まれるようにウサギの頭に命中し、そのまま後方に引っ張られるようにして倒れた。


「よし」


 小さくガッツポーズをする俺とは対照的に、彼女は信じられないと言った様子でその場に崩れ落ちる。

 余程ショックだったのだろう。目尻には涙が浮かんでいた。


「大丈夫か?」

「ずるい!」

「は?」


 涙目になりながら訴える彼女に俺は困惑するしかない。一体何がずるいと言うのだろうか。


「輝彦は私が弾を使い切るの待ってた! ズルした! 卑怯者! ハイエナ野郎!」

「いや、ハイエナはおまえだろ……俺は普通に狙って当てただけだ」

「うるさい! うるさい! うるさーい! 輝彦のバカ! アホ! おたんこなす! マヌケ! もう輝彦のことなんて知らない!」


 ごくごくわずかな語彙力の罵倒をあらかた言い終えた彼女は頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。

 困ったな。機嫌を直してもらわないと困るのだが、一体どうしたものか……。


「悪かったよ……ほら、お詫びに好きなもの買ってやるから許してくれよ」


 そう言うと、彼女はちらりとこちらを見た後、再び顔を逸らす。そして、小さく「……綿あめ」と呟いた。


「えっ?」

「だからっ……綿あめが欲しいって言ったの!」


 顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに叫ぶ彼女を見て、思わず笑みが溢れてしまう。本当に可愛らしいやつだ。


「わかった。それじゃあ買いに行こう」


 そう言って手を差し出すと、彼女は嬉しそうに微笑んでその手を取った。

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