第4話 短冊の色

「まずは赤色」


 俺が驚いていることなど知る由もなく冬華は得意げに語りだす。


「これは”親族への感謝”を示す時に使うんだ」

「ふむ……」

「次に青色。これは”成長”を願う時に使うんだ。自分の短所を直したい時とか、目標を達成したい時に使うといいよ」


 今まで何も考えずに書いていたが、そう言われるとなかなか奥深いものがあるかもしれない。


「さらに続いて紫色。紫色は”学業”に関することをお願いする色で、勉強や試験に悩んだ時は紫の短冊を使うと良いね」

「なるほど」

「そして黄色。この色は”人間関係”のトラブルを解消する時に使うことが多いかな。まあ人間関係って言っても友達とか、親子とかいろいろあるけど」


 それにしても随分と詳しんだな。

 普通に育っていれば、まず知ることのない知識のような気もするが、一体彼女はどこでこんなことを教わったのだろうか。


「最後に白色。白色は”義務を果たす”ために使われることが多いよ。だから、誰かとの約束を守りたいとかルールを守りたいとか思った時にはこの色を使うのかな」

「詳しいな」

「うん。昔お母さんに教えてもらったんだ……」


 どこか遠い目になる冬華。その顔には少しだけ悲しみの色が浮かんでいたように見えた。

 しかし、それも一瞬のこと。次の瞬間にはまた笑顔に戻る。


「君の母親は博識なんだな」

「そうでしょ。私のお母さんは凄いんだ。私なんかよりずっと物知りで優しくて……」


 嬉しそうに話す彼女は本当に幸せそうだった。けれど何故だろう、俺にはどうしてもそれが偽物のように見えてしまうのだ。理由はわからない。ただ、色が少し、ここまでと異なるように見えた。


「ごめん。なんでもない。それより真城は趣味とかないの?」

「急になんだよ」

「いいからいいから。聞かせてよ」

「絵を描くことくらいだが……趣味と呼べるかどうかはわからない」

「絵描くの好きなの!?」


 今度は打って変わって興味津々と言った様子で目を輝かせる冬華。その変わり様に面食らってしまう。

 ころころと変わる表情は本当に見ていて飽きない。これが演技だと言うなら、もはや芸術の域に達しているのではないだろうか。


「まあ、嫌いじゃない」

「ねぇねぇ。真城の絵見せてよ!」

「嫌だよ」


 即答すると、彼女はぷっくりとした頬を膨らました。


「ええー! なんで? 別にいいじゃん見せてくれたって」

「いつも絵のことばかり考えているから、こんな時ぐらいは絵のこと以外を考えたくてな」

「…………そう、それじゃあ仕方ない」


 てっきりもう少し粘られると思っていたが、冬華は以外にもあっさり引き下がった。


「そういうおまえはないのか。趣味」

「え?」


 俺には訊いておいて、自分は訊かれないとでも思っていたのか冬華は目を丸くさせる。


「私は……特にないかな。強いて言うなら、こうして誰かとラムネを飲みながら話をすることぐらい」

「そうか」


 なんだそれ、と思ったが口にはしなかった。それ以上話したくないという彼女の雰囲気を感じ取ったからだ。


「そ、そういえばさ! さっき星祭に誘われたって言ってたけど、誰から誘われたの?」

「ああ、幼馴染みだよ。美春って言うんだがな。おまえと似た強引なやつで、無理矢理連れてこられたんだ」

「へぇ〜、そうなんだぁ〜」


 何やら意味深な笑みを浮かべながら相槌を打つ冬華。大方、俺と美春の関係を邪推しているのだろうが、生憎そんな関係ではない。


「その子とはどういう関係なの? 可愛いの? それとも美人系? あ、もしかしてもう付き合ってるとか!?」


 やけにテンションが高い。きっとこういう話が大好物なのだろう。


「ただの腐れ縁だ。というか、初対面の相手によくもそこまで訊けるな」

「えーだって気になるじゃん!」

「俺は気にならない」

「ぶぅー」


 唇を尖らせる彼女を適当にあしらいながら、俺は腕時計を見る。時刻は午後5時10分。そろそろ待ち合わせの時間だ。


「悪いが、俺はそろそろ行くよ」

「えぇ……もう行っちゃうの?」

「美春を待たせるとうるさいからな」

「そっか……残念だけど、それならしょうがないよね」


 石段から立ち上がり、服についた砂を払う。

 ふと見上げた空は茜色に染まっていた。もうすぐ星祭が始まる時間だろう。


「それじゃあな。また今度話そう」

「うん。じゃあ来週の土曜日、ここでラムネを用意してここで待っているから」

「ああ」


 短く返事しながら、軽く手を振る。そして、そのまま背を向けて、駅に向かって歩き出した。

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