第3話 ラムネはいかが?

 そんな幻想的な光景を眺めているとどこからか声が聞こえてくる。

 視線を上げると、いつの間にか目の前に少女が立っていた。


 染めたであろう青空のような髪色が特徴的な少女だ。年は俺と同じか少し下くらいに見える。ダボっとした青のショートパンツと裾の長い白のシャツからなるその服装からは活発な印象を受けた。

 また、彼女の両手にはラムネ瓶が握られており、その片方を俺に差し出している。


「やっ! そこのぼんやりとした少年。ラムネはいかが?」


「結構です」


 即答した。しかし、それでもなお、俺の目の前にはラムネ瓶が差し出されている。それどころか、少しずつ近づいて来ている気さえする。


「いいからいいから。はい」


 強引に押し付けられたのでしょうがなく受け取った。


「はぁ……。お代は?」

「え? いらないよ?」


 少女は屈託のない笑顔を浮かべながら言う。

 1円でも取ってくれれば、まだ押し売りとして理解できたのだが、無償で赤の他人にラムネを押し付けるなど一体どんな解釈をすればいいのだろうか。


 本人に訊けば簡単にわかるであろう問いに頭を巡らせながらも、俺はビー玉を落とす。

 瞬間、炭酸水が泡を立てて溢れ出てきた。それが溢れる前に口を近づけ一気に喉に流し込む。


「美味しいでしょ?」

「まあまあだな」


 正直な感想に気を悪くする様子もなく、彼女は笑顔のまま隣に腰を下ろし、自分の分のラムネを飲み始める。

 その姿はとても可愛らしく、同時に綺麗だと思った。きっとキャンバスの上に描けばさぞかし美しい絵画が出来上がるだろう。


「ねぇ君さ、名前なんて言うの? ちなみに私は白山冬華しらやまふゆか! 冬華って読んでくれていいよ!」


 唐突な質問。そして、馴れ馴れしい態度。あまり得意ではないタイプの人間だが名乗らない理由もない。


真城輝彦しんじょうてるひこだ」

「真城ね! うん、覚えた。よろしくね真城!」


 ラムネを持っていない方の手を取られぶんぶんと上下に振られる。やはり苦手なタイプだ。


「ところで真城はどうしてこんなところに座ってたの?」

「駅前で星祭が始まるまで暇を潰そうと思ったんだが、どうにも人混みはなれなくてな」

「そうなんだ。奇遇だね。私も今ちょうど人が多すぎて疲れたから、ここに避難してきたんだ」

「意外だな。てっきりああいうどんちゃん騒ぎが好きなタイプかと」

「そんなことないよー。むしろ人混みとか苦手だからね私」


 意外な返答だった。これほど騒がしい性格をしておきながら苦手だと言うのだから人は見かけによらないものだ。


「ねぇねぇ。星祭が始まるまでまだ結構時間あるしさ、私とお喋りしない? 実は一人ぼっちでね寂しかったんだよ」

「別に構わないが、俺は面白いことは話せないぞ」

「それでもいいよ。私としては人と話せればそれで満足だから!」


 それから星祭が始まるまでの間、彼女と話をした。

 というか、一方的聞かされた感じだ。彼女の好きなものとか、ラムネの話とか……ラムネの話とか…………そんなことを。

 ほとんどは忘却の彼方に追いやってしまった話ばかりだったが、とにかく彼女のラムネに対する想いの強さだけは嫌という程伝わって来た。


「ところでさ、真城は今年どんな願い事をするの?」

「は?」


 唐突なラムネ以外の話題に困惑する。そんな俺のことなどお構いなしに冬華は言葉を続けた。


「星祭に行くんでしょ? だったら、何かしら願い事があるでしょ?」

「……特に決めていない」


 素直に答えると、冬華は心底不満そうな表情を浮かべる。


「ええ!? せっかくの星祭なんだからもっとちゃんと考えなきゃだめだ!」


 まるで子供に言い聞かせるかのよう口調で言われてしまった。


「そう言われても、ただ友達に誘われたから参加するだけだしな」

「それでもだよ! 何かしら願い事がないとつまんないよ!」


 そういうものだろうか。

 確かに、七夕のお祭りに願い事もなく参加するのはおかしい気もするが。


「じゃあ、俺の願い事は『コンクールのテーマが見つかりますように』だ」


 咄嗟に思いついたものを答えたものの、その答えでは納得してもらえなかったらしい。再び彼女は頬を膨らませる。


「全然面白くなーいっ! 何!? そのつまらないお願いは」

「仕方がないだろ。これしか思いつかなかったんだから」

「それにそんなお願いじゃあ、どの色の短冊にも書けないよ」

「色?」


 首を傾げる俺を見て、冬華は大きくため息を吐いた。


「やっぱり真城は何もわかってない」


 初対面なのに随分な物言いである。


「一体どういうことだ」

「七夕の短冊の色にはね、それぞれ適したお願いがあるんだ」

「そうなのか」


 初耳だ。

 今までそんなこと気にしたことも無かった。

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