4話 お礼に何でも

「……それで、寝坊したのか?」

「……はい。」


 真鈴ちゃんのドラマやネットニュースを見ていたら、まんまと寝坊してしまった。目が覚めたらスマホはもう9時を示していて、学校を休んでしまおうかとも思ったが、休んでしまう方が面倒なことになる。全力で準備して9時45分に家を出て、10時には学校に着いていた。家と高校が近いことが救いだった。

 まあ、それが油断につながっているとも、言えなくはないが。


 今は生徒指導室に呼び出されて、私のクラスの担任兼生徒指導の吉原よしわら先生に指導を受けている所だ。吉原先生はその幅の広い肩を寄せて腕を組みながら、うーんうーんと唸っている。


「夢月が目標を持って活動をしているのは知っているし、学校の先生の中でも、夢月のことを褒めている先生だっている。だがな……」

「はい」

「今月、遅刻何回めだ?」

「……3回目??くらい??」

「9回目だ!サバを読むな!」


 机を勢いよく叩く先生。私がびくっと全身を硬直させるのを見て「すまない」と静かに謝罪した。

 正直、私も罪の意識はある。高校に入学して、1年は一人暮らしでも遅刻をしないようにと自制心を持って生活していた。でも2年生に上がり、段々と今の生活に慣れてしまった。事あるごとに理由をつけて高校を遅刻している。


「親御さんが家にあまり帰っていないことに言及されないのも、夢月が一年生である程度の生活を保てているという周囲からの信頼もある。でも1ヶ月でこれだけ遅刻されると、先生も口を出さざるを得ないんだ」

「はい……」


 先生の言うことはもっともだった。高校生で一人暮らしをしているなんて、学年、いや学校でも私だけだ。特殊なのはわかっている。


「……」

「まあ、そう落ち込むな。5月からはしっかりしてくれ。それに、夢月のチャンネル、最近すごい伸びてるじゃないか。人気になれば、やることも増えて大変だろう」

「……はい」

「先生の娘も、最近夢月の歌にハマったみたいでな。先生だから夢月のことは話せないけど、先生まで誇らしくなったよ」


 先生は優しいから、私の遅刻が多くても、家の事情が他の人とは違っても、1人の生徒として分け隔てなく接してくれる。先生が興味のない、私のネット上での活動もつぶさに見てくれている。

 活動の方もそうだが、学生としての活動も見直していこう。


 先生との話を終わり、廊下を歩く。時間は17時。この時間に学校を歩かないから、運動部の掛け声とか、吹奏楽部の楽器の音とかが聞こえてきて面白かった。いつもはイヤホンをつけて歩くが、今日は門を出るまではイヤホンをつけずに歩いてみようかな。


 本館の一階に、生徒指導室と職員室、そして1年生のクラスのうち、半分の教室が並んでいる。2年生は2・3階へと移動し、3年生は北館へと移動する。

 だから、私のクラスの下駄箱は1年生と共有しており、下駄箱へ行くためには1年生の教室の前を通ることになる。

 職員室を抜けて一年生の教室が並ぶ廊下へ。1つ、2つと、なんとなく数えながら、中の様子を確認しながら歩く。3つの教室のうち、2つの教室はもう誰もおらず、灯りも消えている。

 しかし、最後の教室。下駄箱に一番近い教室の明かりはついていた。ドアの小窓から中を一瞥すると、教壇の上に1人の女子生徒が立っているのが見えた。手元の紙を眺めながら、何かをぶつぶつ呟いている。遠目で見てもスラリとした抜群の体、肩で綺麗に切り揃えられている艶やかな黒髪……あれ、見覚えあるな。


「あっ」


 思わず声が漏れてしまった。ドアを通り過ぎて、教室の真ん中、掲示板のところで立ち止まる。

 あの人だ。昨日私を助けてくれた、綺麗な女性……


「えっと、どうしたの?」

「ひゃい!?!?」


 気がついたらドアの前にいた。心臓が一旦停止する感覚を体で感じてから、ふっと意識を私の元へと戻した。目の前の女子と改めて対峙する。


「あ、の……」

「ん?」

「き、昨日の、よる!」

「夜?」

「助けてもらって、あの、バッグの中身拾ってもらって」

「あ、ああ。昨日の」


 ああっと得心したようで、彼女は柔らかな微笑みを顔に湛えた。


「食材はダメにならなかった?」

「あ、はい。おかげさまで……」

「それに、同じ学校なんて、たまたまね」


 昨日も思ったことだったが、本当に優しい。見た目だけではなく、性格まで綺麗なんて……。「そうですね」なんて答えるが、次の言葉を探すのに精一杯になっていた。初対面の人と話すのは苦手だが、今日は普段より頑張れてる気がする。

 そもそも話しかけたきっかけ……そう、お礼だ。


「それで、お礼をしたいんですけど」

「え、お礼?いやそんな……あ、じゃあそうだ」


 彼女は何か思いついたような顔で、私へ視線を寄越してきた。


「じゃあ一つ頼まれてくれない?」

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