3話 白川の演技

「……ってことがあってね?も~めっちゃときめいちゃった!私女だけど」


 買ってきた具材でシチューを食べて、お風呂に入ると、あっという間に時計は23時を指していた。23時からは大体ネット上の予定が入っていて、内容は日によって何をするかは異なる。

 今日はVtuber「夢月天ゆづきそら」として、仲の良いVtuberとお絵描きコラボ配信をする日だ。内容は、お互いのイラストを描き合いながら雑談をするタイプの配信。


『……』

「ん?どうしたの?回線悪い?」

『あ、いや〜、そらが私生活の話するの珍しかったからさ、一瞬、ゲームの話かリアルの話かわかんなかったわ』


 コメント欄からも『急にどした』『なんか嬉しそう』『天ちゃんからリアルの話始めて聞きました』などのメッセージが散見された。


「やだなぁ、私ゲームとかやらないでしょ」

『天は歌専門だからねぇ……あ、そういえばそろそろ新曲発表するんだろ?』

「うん!もうそろそろお披露目できるよ〜」


 言った瞬間、数秒のラグの後に高速でコメント欄が高速で更新されていく。『楽しみ!』『絶対見ます』『正座待機定期』……

 ポジティブな言葉ばかりで、もうここで配信を終わってもいいと思うくらい胸がいっぱいになる。


 私は普段、単独でのゲーム実況や雑談配信は行っていない。私のチャンネルで投稿している動画のほとんどが「歌ってみた」の投稿やオリジナル曲のMVになっている。

 私自身歌を本業だから、単体でのゲーム実況や雑談配信はあまり行ってはいない。


 そもそもVtuberになった目的だって、一番は私の歌をより多くの人に聞いてもらう為だ、あくまでも手段である。

 Vtuberによっては、登録者数や稼いだ金額を絶対正義と考えている人も多いが、私はいくら視聴者を集めても自分の納得する価値以上の金銭を受け取る気にはならなかった。

 

 そんな気持ちで毎日欠かさず活動を続けた。結果、高校入学と同時に始めたVtuberとしての活動は、1年で登録者100万人を達成することが出来た。数字は関係ないとか話していたが、こればかりは飛び跳ねて喜んだ。


 遠く昔の記憶、多くの人の注目を浴びて歌う母の背中に、一歩ずつ近づいているような気がしたから。


 雑談をしながら、タブレット上のペンはすらすらと進んでいく。相手の立ち絵をデスクトップにおいて見本として胸元より上、所謂バストアップのイラストを書く今回のお題。私は今まで絵を描いてきたことがなかったが、意外と絵描きとしてもセンスがあるのではないだろうか?


【天ちゃん、歌は抜群によくても絵はやばい様子】

【いやこれもはや妖か……】

【うーん、これは上手】


 気分が良くなって、自分なりに表情も弄ってみる、影を付けたり、色も付けてみたりしていくと、もはやどちらが元の立ち絵か分からないのではないだろうか。


【これ以上弄るな!】

【相手に失礼の領域】

【天は二物も与えず。】

【あららぁ……】


0時30分頃。配信は2時間を予定していたため、一気に仕上げる。


「……よしっ、できた!」

『私も!じゃあ見せ合おうか』

「うん!せーの……はいっ」


 私は自慢のイラストを公開。

 そこから配信終了まで、私の絵はコラボ相手と全視聴者から笑いと批判の的にされたのだった。



「それじゃあ、新曲待っててね~おつそら~」


 お疲れ様ー、またイラスト見せてね笑、新曲楽しみ!等々、コメントを見送りながら配信終了のボタンを押す。切り忘れを防ぐためにシャットダウンまでしてから、ふーっと息を吐きながら肩の力を抜いた。時計を確認すると1時12分。


 明日からまた学校だから、すぐに寝なければならなかった。しかし……


……そんなに笑う必要なくない!?


 今日の出来事は相当ショックだった。私はもう決めた。歌で生きていくのだと。そしてもう絵は描かないと。


 涙ながらにそう決意していると、スマホも細かく震えだした。


「もしもし?」

『ひー!ふっふ……あはっ、ごめんごめん、今日も配信お疲れ様……ふふっ』

「もう生美いくみさん!!リアルでも笑わないでよ!」

『だってよ、叶夢の書いたあたしのイラスト……私だってわかるのに、妖怪みたいになってるから……ぷふふっ……これ私のデスクトップの壁紙にするわ』

「やややめてください!」


 電話の相手、五十嵐生美さんは愉快そうに笑い続けている。彼女は今日のコラボ相手であり、私の幼馴染のお姉さんだ。生美さんは私の家の隣にあるマンションに住む2歳年上の大学1年生。女性だけど、強くて男勝りな所がある人だ。

 子供の頃から一人でいることが多かった私を遊びに連れ出してくれたり、ご飯を食べさせてくれたりと、私の姉のような人だ。そして、私がVtuberになったのも彼女の影響が大きい。

 

 彼女のVtuberとしての姿……九十九つくもしおりは、大手Vtuber事務所に所属している。生美さんが高校2年生の時にオーディションに受かって配信を始めた時は驚いたが、彼女はあっという間に事務所の中でも人気Vtuberへと成長していった。

 毒舌とも言うのだろうか、彼女の物怖じせずに核心をついていく話し方が特徴的で、過去には発言が炎上した事もあったが、それもまた個性として受け入れられている。


 私もいつかはお母さんみたいな歌手に……と考えていた私は、育美さんに教えてもらってVtuberとしての活動を始めたのだった。


「……本当にやめてね?ていうかもうそのイラスト消してよ!」

『あはは、冗談だよ。もう消したっつーの。叶夢の嫌がる事なんてしないよ』

「今まで結構されてきましたけど?」

『悪かったって。叶夢、明日学校だろ?』

「うん、そうだけど……何かあったの?」

『それがさ、これ見て欲しいんだけど』


そう言うと、スマホが一回振動する。生美さんがLINEに写真を載せていた。写真はネットニュースのスクリーンショットで、見覚えのある美少女の写真が載せられている。


「これって……」

『覚えてないか?子役の白川真鈴。最近めっきり見なくなったと思ったら、最近高校に入学したみたいでさ。雑誌に載せられててよ』

「え、真鈴ちゃんもう高校生になったんですか?」


 私も聞き覚えがある。白川真鈴。

 高校に入学する前はドラマや音楽番組を好んで見ていたため、覚えがある。大女優であり小説家でもある白川結を母に持ち、小学生ながらプロ顔負けの演技で数多のドラマに出演していた天才子役。

 将来は芸能界の泰斗たいとになる役者だと期待する声も多かった。

 しかし数年前から、真鈴ちゃんの姿をドラマで見る事は徐々に減っていき、記憶から薄れていくように芸能界から姿を消した。


 ファンではなかったため大して真鈴ちゃんの動向を追っていた訳ではなかったが、このニュース記事を見ると懐かしさと共に時間の経過を実感させられた。


「また真鈴ちゃんがドラマ出てるところ見たいなぁ……」

『あたしもドラマ通って訳じゃねーけど、白川真鈴の出演作は漏れなく話題になってたからな。叶夢も凄いって話してた気がしたから、一応伝えようと思って』

「この前ってもう数年前だけどね」


 生美さんとの電話を切った後、私は1人でネットニュースの記事を眺める。『白川真鈴』の単語で検索しても最近のニュースはこの一つだけだった。


 写真は出演した映画の試写会で撮られたものだと思われる。まだあどけない顔立ちの中にも、薄く湛えた微笑みがプロの女優である事を感じさせる。この写真が数年前なのだから、高校生となった今、どんな姿になっているのかはとても興味を惹かれる。

 

 そういえば今日、バッグの中身を拾い上げてくれた女性も綺麗な人だった。立ち振る舞いもゆったりと余裕を感じさせていた大人な女性だった。

 見た目は私とそう変わらない年齢のように感じたのに、私にはないオーラのようなものが私の視線を彼女が掴んで離さなかった。もう一度会えるなら、お礼を言った上でもう少しお話ししたいと思うくらいには気になる存在だった。


 色々考えながらネットニュースを見ていたら、気がつけば深夜2時を回っていた。ここから寝ても寝坊する可能性が高い。

 眠気も無くなってしまったので、自然と目が止まった真鈴ちゃんのドラマを見返すことにした。


 このドラマは、親がいない子供たちの施設での生活を描いている。親がいない悲惨な経緯や、新しい親たちとの出会いが印象的な作品だ。真鈴ちゃんも、施設で暮らす女の子を演じていた。


「……ぐす……」

 

 その中でも、彼女が演じる役にスポットが当たる回がある。一度母親に捨てられ大人が信じられなくなったが、養父母と共に暮らし優しさに触れる事で、人の優しさと愛情を感じるシーン。

 このシーンを初めて見た時には、もう私も母親を亡くしていた。境遇を真鈴ちゃんに重ねては、1人で大泣きしたのを覚えている。


『……こんなに幸せで、良いのかなぁ……?』


 涙ながらに幸せを噛み締める真鈴ちゃんの表情に、数年振りでも私の心は強く掴まれる。

 しかも今見ると、今では父すらいない大きな家に1人でいる事実を思い知らされる。父ももうすぐ再婚するとなると、今後私も1人で生きていくことになる。

 より強く、真鈴ちゃんと私を重ねて見るようになっていた。

 

『お父さん、お母さん……大好きっ……!』


 そして物語の中で救われる真鈴ちゃんを見て、また違う涙が溢れそうになるのだ。


 この名シーンは、今でも切り抜かれてYouTubeにあげられている。白川真鈴が、母の七光では無いと言われるようになったシーンでもあるからだ。

 そして今では、幻の名を冠するようになった彼女の実績を讃えるコメントが切り抜きには添えられていた。


「いいなぁ、真鈴ちゃん」


 時計も3時を指し、一度治まっていた眠気も再び蘇り瞼を重くさせる。


……少し、寝るかぁ……


 悲しくは無い。音楽が、私と家族を繋いでくれている。悲しくは無い。そんなことを繰り返しながら、静かな家で眠りに落ちた。

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