第6話 子安森
皆様、こんにちは。『
またお越し頂き、誠に光栄にございますわ。
前回より
少しビクビクする時があるような気も致しますが、まぁ、気のせいでございましょう。
どうか今後も、
そういえば申しそびれていたことがございます。
前回、
後日、
それは大きなお腹を
※
その日、私と香織は
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。そういえば、この前あいつが置いてった
「あの
「えええ?……じゃあ、なんで貰ったのよぉ?」
「うふふ……。あれはね……?」
その時、大きなお腹を
「あら……。ようこそお越し下さいました」
「あ……あの……、お
「そうでございます。当店……、視覚、聴覚、嗅覚を
「あの……、良ければ店内で……。話とかも……」
「まぁ!
その妊婦様はオドオドしながら上目遣いで店内を眺めておいでで、ゆっくりと椅子に腰を下ろされました。
奥の部屋から香織が慌てて小さく
「ちょっと、お姉ちゃん!妊婦さんに変なお香
……はい。無視にございます。
私は温かいお茶をお出しして席に腰掛けました。
「失礼致します。私、店主の
「あ……、立花と申します。あの……、実は……」
聞けば妊婦様は、出産を控えて
「私……、
「まぁ……。それは当然にございます。さぞ、御不安にございましょう。でも立花様は一人ではありませんわ。身重の体に
「でも私……、話せる友達もいなくて……。旦那は楽天的な人で……。余裕が無くて誰かに聞いて欲しかったんです。お香で少しでも気が
立花様は少し涙ぐんでおられました。
「とんでもございません。
私は
先日に手に入った樹木と、香木『
香気の無い純粋な樹木の香りと
この瞬間が狂おしいほど愛おしいのです。
香織に目配せをすると部屋の中にバッハの『主よ人の望みの喜びよ』を流してくれました。
今日の香織はいつにも増して良い選曲をしております。
音量も控えめでグッジョブ!で……
やだ……、私ったら。つい気持ちが
今日の
キィィィン……。
真っ白な
まるで新雪を踏みしめるようなザクザクとした感触は、
真ん中に『安』の字をイメージした抹香型を置き、溝に抹香を敷き詰めてからトントンと型を叩いて、ゆっくりと型を持ち上げます。
美しく流れる抹香の川が出来上がりました。
「わぁ……。優しい香り……」
「これはオーソドックスな
「こやすの……もり?」
「左様にございます。香木では無いのですが、古くから安産の祈願として人々に
「立花様……。七ヶ月を過ぎたお腹の子は親の声も聞こえるようになると、聞いたことがあります。ご不安はお子様にも伝わります。どうか一人で怖がらないで下さい。私どもは一介のお香屋ですが、一助になれるなら
立花様はポロポロと涙を流されて鼻を
「
「命の手助けに理由などあるものですか」
「ありがとう……。本当にありがとうございます」
それから
とても可愛らしい声で、柔らかく反響するように確かに聞こえたものでありました。
───ママ……。ありがとう。大好きだよ……。
「え……?」
立花様は小さく息を吐くように驚かれました。
それは香織にも聞こえたようで、後ろで大変驚いた顔をしておりました。
それから立花様はすっかり笑顔になられ、たくさんのお礼と共に店を後になさいました。
※
「ふぇぇ。赤ちゃんの声を届けるだなんてロマンチックゥ……。お姉ちゃん、香りは無くても、そんなにすごい樹木だったんだね!だからあのオッサンに置いてってもらったんだ。……妊婦さんが元気になって良かったぁ」
「いいえ。そんなもの無いわ?『
香織は今日一番の驚いた顔を見せました。
「え?え?え?……じゃあ、さっきの声は!?」
私はとても優しい気持ちに包まれて、満足げな笑顔を香織へ振り向かせました。
「私達は幸せ者ね?……神様から奇跡のお
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇっ!」
今日もまた、
そしてまた、素晴らしい香りと共に新たな顔で店を後になさるのです。
今日のお話はここまで……。
皆様、
またのお話をご所望でしたら、それはまた次の機会に……。
『香司』 美結
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