第5話 心真守
皆様、こんにちは。『
先日は長い話にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
思いの先走るあまり、お客様のデリケートな
大変、勉強になり、また反省したお話でございました。
SAYAKA様は「誠実なところが素敵」と、褒めて下さいましたが、何よりもSAYAKA様ご自身が誠実で真っ直ぐな方でございました。
しかしながら……。当店に御来店なさる方、全てがSAYAKA様のような良いお方とは限りません。
お客様ではございませんが、一度、悪意を持って来店された方がおりました。
※
「すみませぇん」
「ようこそお越し下さいました」
その方は大きなケースを引いていらっしゃいました。
物腰柔らかく、当店の
……コホン。
いやですわ。私ったら、何て口の悪い……。
失礼致しました。
要はパッとしない中年男性だったのでございます。
「お香をお買い求めでしょうか?」
「いえ……。私、香木販売を仲介しております、板垣と申します。本日は挨拶に伺わせて頂きました。」
その方は名刺をお出しになりました。
「……まぁ。香木の……」
「いやね、既に仕入れ先のお得意様がいらっしゃるかなぁとは思うのですが、どうでしょう?一つ見て頂けないかなぁと」
「まぁ!是非とも見てみたいですわ!申し遅れました。
「いやいや、ありがとうございます。お仕事中、お忙しい中すみません。失礼致します」
奥の部屋でお茶を用意していると、香織が隣で「なんか
……ちょっと同意にございます。
男性はテーブルに着くと差し出したお茶にお礼を述べられて、大きなケースの中から二つの香木をお出しになりました。
「これは……、『
「
「まぁ!……
「いえいえ。まぁ運が良かったんですがね?どうです?
サンダルウッドとは
香木は人口繁殖が難しく、成熟に何十年もかかるもの……。
近年の乱獲により、
「でも、お高いんでしょう?」
「
「まぁ!お勉強して下さるのですね?……ところで、こちらの香木は何なのでしょう?」
「ああ……。こちらのは大したこと無いですよ。同じインドの
「ま!正直な方ですこと……」
私は口元を押さえ、男性と揃って笑い声を上げました。
「そこまで熱心にお話下さるのなら、私も
「いやぁ。そんなそんな……。ありがたいお話ですよ、それは」
「それでは一度、香木をお片付け下さって、少々お待ち下さいませ」
私は奥の部屋にひっそりと
香織が小声で「お姉ちゃん、怪しいって」と申しておりました。
……無視にございます。
しかしお香を取り出している最中も、香織は心配して何度も呼び掛けて参りました。
「ねぇ、お姉ちゃんってば。ダメだって。ねぇ!」
私はお香の準備を続けたまま、振り向かずに静かに申しました。
「香織……」
「は、はい!」
「商談や香木のお勉強よ?……今後のためにも、あなたも一緒にいらっしゃいな」
「は……、はい!」
いつもの声と笑顔で申したつもりでしたが、香織は怖がるように背筋を正しました。
そう……、私は燃え盛る怒りを必死に隠していたのです。
私は香織を連れて席に戻ると、小皿に一つの
どこまでも澄み渡る、透き通るような酸味のある香りが拡がって参ります。
私は目を閉じてしばらく香りを堪能してから、ゆっくりと目を開けて男性を見つめました。
「いやぁ、落ち着く香りですなぁ」
「良い香りでございましょう?ところで、板垣様……」
「いえ、田中です。……え?いや、板垣です」
「田中様」
「あ、はい。何でしょう?……あれ?」
私はニコリと微笑みました。
香織は後ろで驚いておりました。
「
「違います。ん?……いやいやいや、そうです!
「いやですわ?
男性は次第に震えを大きくなさり、やがて泣き叫ぶと机に
「うぅぅっ!そうなんですぅ!偽物なんですぅ!ごめんなさいぃ!僕だってこんなことしたくないんですぅ!でもこうしなきゃ生活出来なくてぇ!上司も怖くてぇ!ぐふふぅ!」
「事情はさておき、香気の無い
「すごいぃぃ!中身までお見通しだなんてぇ!そこまでわかるんですかぁ!?何者ですぅ!?参りましたぁ!申し訳ございませんんん!」
「
「は……!はいぃ!」
「よろしいこと?二度と当店の敷居を
「はいぃ!差し上げますぅ!すみませんでしたぁ。二度と来ませんんん!うぅぅ、失礼致しましたぁ!」
男性は香木を一つテーブルに置いて、何度も礼をして慌ただしく店を後になさいました。
私は置いていかれた樹木を両手に取り、
※
「ほわぁぁ……。お、お姉ちゃん……。どうなってんの?」
香織は
「これは『
私は大きく深呼吸をして気持ちを浄化させました。
「も、ものすごいお香ね。チートじゃん」
「あら?何もすごく無いわ?毎日正しく生きてさえいれば、必要の無いお香なのよ?」
「ふぁぁぁ……。そう言い切れるのはお姉ちゃんだけだよ。すごいなぁ……。お姉ちゃん大好き」
「あら!……まぁ」
「え?……え?……いや、え?」
私は微笑みながら口元を押さえ、香織はあたふたと手を振りながら
「もう、照れちゃうわ?そんなにお姉ちゃんが好きなの?」
「ち、違うもん!お姉ちゃんなんか、普段おしとやかなくせに根はゲスくてお香ばかりに没頭して、私のこと全然相手にしてくれない、もっと構って欲しい……って違ぁぁう!……でも一つのことを極めるのってカッコいいなぁ、素敵。私も自慢のお姉ちゃんみたいになりたくて……。ちょっと……うわぁ!」
香織は涙目で慌てふためき、やがて号泣しました。
「もう、香織ったら……。ちなみにお姉ちゃんみたいになりたくてどうしたの?」
「お姉ちゃんみだいになりだぐて、その……、お姉ちゃんの大事なシャンプーとリンス勝手に使ってまひたぁ!」
私は腰に両手をあてて、ため息をつきました。
「やっぱり……。減るのが早いと思ってたの……」
「ごめんなざぁぁい!あとお姉ちゃんが冷蔵庫の奥に大事に取っといたプリン、さっきこっそり食べまひたぁ!お姉ちゃんの大事な調味料も勝手に使ってまひたぁ!この前お出かけの時に服も内緒で借りまじだぁ!」
「香織……」
「ごめんなざぁぁぁい!」
皆様?……人間、正直が一番にございませんこと?
その日はお客様の御来店も無く、半休を頂きました。
その後、香織がどうなったのかは、皆様のご想像にお任せ致します。うふふ……。
本日のお話はここまで……。
皆様、私どもの話にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。
またのお話をご所望でしたら、それはまた次の機会に……。
『香司』 美結
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