第3話 央美丘 ─前編─
皆様、ご機嫌
またまた来て頂けるなんて、
もう皆様に足を向けて眠れませんわ?
そうですわ!眠りといえば……。
直接的ではございませんが、お香によるリラックスから安眠に繋がる方もおりますの!
当店はリラックス促進週間。期間限定で今ならポイント2倍のキャンペーンを……
こ、こほん……
もう、
そういえば、お香はアロマとはまた違うものですが、過去にアロマブームもあって女性に人気のイメージもありますでしょう?
当店にも女性のお客様がいらしたことがございます。
今回のお話は、少し長くなってしまうかもしれません。
何せ、
よくよく覚えております。
春の陽気の少し涼んだ日。
それはそれは、綺麗なお客様でございました。
※
「ようこそお越し下さいました」
美しいお顔立ちに、整った身だしなみ。肩からショールをお掛けになって、お仕事に対して
そのお方は
「は、はわわわ……。さ、SAYAKAさん…」
香織が奥の部屋からこちらを覗き見ながら、慌てふためいておりました。
……香織の知り合いのお方なのでしょうか?。
「どういったご用件でしょう?」
「古臭いお店……。許可は取れてるの?アロマは無いの?」
「当店はアロマと違い、お香の店にございます。マッサージ等、肌に触れる物は医薬部外品手続き等が必要な物があることも存じておりますが、香は申請無くとも販売と店内提供は出来ます。当店では
「お香……ね。……あなた、ちゃんと資格あるの?」
「香に国家資格は存在せず、日本の一般社団法人の
「ちょっと!……あなた『ル・ネ』なの?……世界最高峰のフレグランス認定資格じゃない」
女性は
「結構よ。お香もいいかもね……。少し香りを楽しめたらいいの。お任せするから何か試供して下さらない?良ければ何か買うわ」
「誠にありがとうございます。どうぞお掛け下さいませ」
女性は足を組んで椅子にお掛けになられました。
そのお顔は
「選別して参ります。少々お待ち下さいませ」
お茶をお出しして、
数あるお香からの選別作業は、いくつもの宝箱に囲まれているようで、ついつい胸が高鳴ってしまうのです。
奥の部屋から香織が「ちょっとちょっと、お姉ちゃん」と小声で申しておりました。
……無視にございま……あら?……あんっ!
彼女は興奮を抑え、声を潜めながら申しました。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……。あ、あの人、SAYAKAさんだよ?知らないの?超人気のインフルエンサー」
「インフルエンザ?体調をお崩しに?」
「ちっがぁぁう。有名人。香水、ファッション、美容、食器。自身のブランドでたくさんのファンを持つ若手
「まぁ……。なんて素晴らしいお方。是非とも有意義な時間を過ごして頂かないと……。やる気出ちゃう」
「逆、逆!お姉ちゃん、変なやる気出さないで。怒らせちゃったらこんなちっぽけな店、一瞬で廃業になっちゃうわよ?」
「大丈夫よ?ちょっと笑顔になって頂きたいだけだから」
「ちょっと、お姉ちゃん。お姉ちゃんてば!」
香織の心配顔に微笑みながら背を向けて、
お客様はきっと、お仕事でお疲れなのでしょう。
本日は
粉末状にした香木と原料を調合し、型で固めて乾燥させたお香です。
様々な形と彩りを組み合わせることが出来、見ているだけでとても楽しくなるお香にございます。
小さく可愛らしいお香達に目移りしておりますと、まるで「私を選んで」と、呼びかけられているような心地が致します。
この瞬間がこの上なく愛おしいのです。
私はいくつかの
「大変お待たせ致しました。今回は
最初に、お客様の前に差し出した小皿の上に、
「あら。可愛いお香ね」
「はい。目でも楽しめるお香にございます」
「素朴だけど奥深い香り……」
「
お客様が一つ一つ
淡い朱の花の型
橙色の紅葉の型
水色の
一通りの彩りと香りを
嬉しさのあまり、私は一つ特別な香を用意致しました。
お客様のために……と、少々浮かれていたのかもしれません。
この私めの
用意した
優しく、そして静かに胸に降り積もる甘味が、火を
「これ、何だか懐かしい香り……」
お気に召して頂けて、私はとても嬉しゅうございました。
しかしお客様は次の瞬間、少し綻んだ顔を険しく戻されました。
立ち上る煙の中に、小学生の頃のご自身を御覧になったのです。
煙の中の女の子は同級生の男の子達に囲まれて、たくさんの涙を流しながら泣き叫んでおられました。
「な……、何よ、これ……」
お客様はしばらく呆然とその姿を眺められた後、思い切りよくお立ちになって机を叩かれたのです。
「ふ、ふざけないで
煙に映る小学生の頃のお客様は、時が
女の子の足元ではお皿が少し割れており、周りの男の子達が彼女の容姿を
「うぅ……。ヒック……。どうじて……こんなひどいことするのぉ?」
「うっせぇブサイク!見てて気持ち悪ぃんだよ!」
「汚ねぇ奴の作るもんは皿まで汚ねぇ!」
「お前マジ視界に入んなよ。もう学校来んな!」
「生きてて申し訳ないと思わねぇの?」
「うぅぅ……。うぇぇぇぇぇぇん」
私は思わず口元を覆いました。
男の子達は、彼女が工作で作ったであろうお皿を割るだけに止まらず、容赦無い
子どものする事といえど、それはあまりに一方的で
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