第2話 静林恵
皆様、こんにちは。
またお越しいただけるなんて本当に感激ですわ!
お忙しい中、
もしも次回ご来店なさった
『
を合言葉に
こほん……
まぁ、私ったら……。
嬉しくてついつい
さてさて、本日は皆様と、どのお話に思いを
ふむふむ……。そうですね……。
そういえば前回は御年輩の男性のお話でしたが、当店にお越しになるお客様は何も御年輩の方ばかりでは無いのですよ?
ずいぶん前に中学生の男の子がいらしたことがありました。
よく覚えております。何せ若い方は初めてだったものですから……。
※
扉が開き、軽やかな鈴の音がお客様の御来訪を告げました。
「ようこそお越し下さいました」
笑顔で挨拶をした私は、口元を指先で隠しながら「まぁ……」と驚いてしまいました。
今でこそ珍しくはありませんが、若い方が来店なさるのはその時が初めてだったのです。
「え……。何これ……。えと……、さーせん。ここ何?」
他の方に
「当店は
「あぁ……。いいや。さーせん」
「お待ち下さいまし!
奥の部屋から香織が「どこのインチキ占い師だよ」と口元を引き
……無視にございます。
「でも、金なんて
「ご安心下さい。お話は無料でございますわ?」
「なんで入っちゃったんだろ?……これ、ジュース、
「もちろんですわ。このお店はね、何かを抱えた方にしか見えないんですのよ?」
「ハハッ。ウケる。マジでオカルトじゃん。お姉さん面白いね」
「ありがたいお言葉ですわ。それで、お話
男の子はしばらくジュースに口をつけたまま思案顔を見せられて、やがてお話を始められました。
「ホントにお金は無いからね?てか、お姉さんに言っても意味ないかもだけど、俺、高校受験の最中でさぁ。親父と上手くいってないんだよね。ガミガミうるさくてさ……。だんだんイライラしてきて勉強も微妙なんだよ」
「まぁ。受験勉強は大変でございますものね。
「いやいや、マジ無いから。そもそも親が子どもの人生に口出すのってどうなの?ただのしょうもない営業サラリーマンだよ?自分大した仕事就いてないくせに、よく言えるよね。子どもに自分の出来なかった理想を押し付けんなっつうの。志望校のハードルもマジ高ぇんだって!」
「高い目標……。それは困難にございますね。お客様には何かやりたいことが他におありなのですか?」
男の子は「え?」と目を上に泳がせて、しばらく
「別にそれはまだ無いけど……」
と
「承知致しました。これも何かの縁。
奥の部屋から香織が「またなの?お姉ちゃん」と不満気に小声で申しておりました。
……無視にございます。
私は胸を躍らせながら、カウンターの内側にある引き出しから一つ箱を取り出しました。
蓋を開けるとお行儀良く整列したお線香達が
この瞬間が
香織に目配せをすると部屋の中にドビュッシーの『月の光』を流してくれました。
当店は音響担当も自慢。
目配せ一つで音源と音量を瞬時に理解してくれて……
やだ……、私ったら。それはまた今度に……。
「本日は一本のお線香を提供させていただきます」
「なんか普通……。お寺みたい」
「はい。我々には一番
今日は
周りの
お皿の線香立ても良いのですが、今日は
キィィィン……
蓋を取る際に
本日は角盆なので、四角い銅の
ザクザクとした音色は、新雪に香織を投げ飛ばした幼い頃を思い出しますわ。
真ん中にお線香を立てましょう。
「あぁぁ……。線香の匂いって割りと嫌いじゃないんだよね……」
「まぁ。嬉しゅうございますわ。私もお香が大好きですの」
男の子は肩肘を付きながら静かに立ち上る煙を見つめられると、やがて驚きの表情を浮かべられました。
「ん?…………え?…………ええ!?」
煙の中にお仕事中のお父様をご覧になったのです。
お父様は部下の方と取引先に
「え?ちょっ……。何?……盗撮?てか何の技術?プロジェクタ?……え、何してんの?」
慌てなさる男の子でしたが、そのうちに中のお父様の謝罪姿を食い入るようにお見つめになられました。
「申し訳ありませんでした!今後は信頼の回復に全力で努めて参ります!……はい!ありがとうございます!この度は、誠に申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありませんでした。急な呼び出しまでして。課長が頭下げる事案でもなかったのに、あそこまで」
「いいや、必要だし大切なことだ。お前もそのうちわかるさ。俺も確認不足だったのが悪いんだ」
「課長、最近働き詰めでしょう?お子さんも受験で大変な時期なのに……。課長がいないと回らなくて、すみません」
「いいんだよ。お前達がいつか一人前になってくれれば。それに息子には煙たがられててね。家じゃ、ただの
「そんなこと。息子さん、志望校はどこなんです?……ゆくゆく入りたい業界とかあるんですか?」
「それがねぇ、特に好きなことも無いみたいでね。中学生だとそんなもんだろう。ただ一つだけ……。何かに向かって一生懸命になることを覚えて欲しいんだ。何だっていいんだけど、ほら、受験は待ってくれないだろう?……だから受ける以上は、せめて合格という目標に向かって頑張って欲しくて
「いい親父さんですね」
「いやいや、嫌われ者だよ?私は不器用で出来が良くないからねぇ、ハハッ。でも息子は違うぞ?あいつは私と違って集中したらすごくやりこむ才能があるんだ。だから上手くいかなくても逃げずに、自分の可能性を縮めず、後悔しない人生を歩んで欲しい。もしかしたら医者とか大起業家になれるかも」
「うわぁ、親バカですね。ホント似なくて良かったですね」
「おいおいっ!こらっ!」
お線香は優しい香りだけを残して、煙をゆらりと薄くしていきます。
薄れる煙と共にやがてお父様達の姿も消えていくと、男の子は
「お姉さん……」
「はい」
「盗撮は……、駄目だよ……」
「ん?え?……ち、違うんですのよ!?これは盗撮じゃなくてあの……」
「でも……、ありがと」
男の子はしばらく照れくさそうになさっていましたが、店に来られた時とは違い、さも
※
「ほぁぁ。受験かぁ、思い出すなぁ。大変だねぇ。でもお姉ちゃん、最近は見た目じゃわかんない毒親とか悪い子どもってのもいるし、親子関係って介入難しいわよ?よく見せたわねぇ」
香織はお菓子を
「あら?あの子、普通じゃあり得ないくらいの黒鉛と書物のインクの匂いがしたわ?お父様の言い付け通り、
「さ、
「だから『
「また高いのを……」
今日もまた、
そしてまた、素晴らしい香りと共に新たな顔で店を後になさるのです。
今日のお話は、ここまで……。
皆様、本日も
もしも再度のお話をご所望でしたら、それはまた次の機会に……。
『香司』 美結
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