word6 「競馬 勝つ馬」②

「うちに来るの決まってからずっと言ってるよなそれ」


「いや嬉しいんすよね。僕の競馬の腕を誰かに披露するのも初めてですし」


 後輩は言いながら肩にかけたバッグの中から競馬雑誌を覗かせた。こんな雑誌も読んじゃうほど競馬に詳しいぞというアピールだ。


「まあ上がんな、スリッパは履きたかったらどうぞ」


「お邪魔しまーす」


 好きか嫌いかと言われればまあ好きかなという後輩だった。彼が入社してきたときから好かれている感じがして誰にでも聞けることは俺に聞いてくる。距離感も近い。1番扱いやすそうに思われてるような気もするけど、ちゃんと敬意は感じるから嫌ということはない。


 基本は特に優秀なところもなく問題行動もない静かなタイプなのに、俺にだけはぐいぐい来る。飲み会でも他にもっと隣に来て欲しい人はいるのにこいつが隣に座る。聞き上手で俺のトークもよく笑ってくれるし、素直に言うこと聞くから可愛いくもある。


 だが……。


 どこか小馬鹿にされている気もする……。裏表もない普通な奴に見えるけど、なんか普通でもない気もする……妙に達観していて年上と錯覚することがあるのだ……そんな後輩だった。


「その辺で適当にくつろいで、飲み物持ってくるわ」


 俺はまずできる先輩アピールから始めた。当たり前のような態度で台所に行ってちょっとお高い瓶入りのぶどうジュースとコップを2つ持って戻った。


 コップにジュースを注いで事前に卓上へ用意しておいたコルクのコースターにさっと置いてやる。これもいつも机の上にある物ではなくて探すときは時間が掛かった代物だ。


 後輩を家に招くなんて社会人になってからはまだ片手で数えられるほどだったが、初動は我ながらスタイリッシュでスムーズにこなせた。


「いただきます……うわ、美味しいですねこれ。今まで飲んだことない味がする」


 後輩は1口飲んだだけで目を輝かせた。


「そう?俺は毎日飲んでるから飽きてきたんよな」


「え、こんなん毎日飲んでるんですか?高そうなのに」


「うん、なんか健康にもいいらしくて。俺いらんから遠慮せずに飲んで」


「じゃあいただきます」


 コップ1杯を飲み切る後輩を腕を組みながら見た。きっとジュースの美味しさ以上に片付いていて良い匂いのする俺の部屋と、俺自身に感動しているんだと思った。


 口角が上がってしまいそうになったので、時計を見る。


「予定してた最初のレースまであと30分ちょいか……」


「ですね。ついについにですよ。もうこの前言ったアプリのインストールとか済んでるんです?」


「やったよ、これで合ってるよな」


「それです」


「競馬中継も見れるようにほら。テレビにも映るようにしてあるで」


「じゃあまずはそのアプリのここタップしてください――」


 しばらく後輩からアプリの操作方法や、やっておいたほうが良い設定などの説明を受けた。


 黒いパソコンはギャンブルというジャンルでも最強を誇る。不確定の壁を乗り越えて、予想を当てれば勝ちというゲームを、お金をもらうだけのゲームにできるのだ。最強というかギャンブルの概念を破壊している。


 やるギャンブルは別に宝くじでもボートレースでも良かったが、競馬を選んだのはこの後輩がいたからだった。


 23歳か、24歳のはずなのに競馬を嗜むという珍しい奴。もっと言えば競馬をやるにしても教えてもらわなくたってできるだろうが、前に誘われて断ったことがあったからついでに教えられて上げることにした。


「――じゃあ、さっそく賭けてみます?」


「あ、もうやんの?どの馬が勝てそうとかは?」


「最初は名前が好きな馬とかでいいんすよ。あんまり予想家とか頼りにしないっすけど一応参考にしてる予想家の評価ではこの馬が本命です」


「こういうのってビギナーズラックとかあるじゃん。俺そもそも超運良いし、今日お前より勝つで」


「何を言ってるんですか。先輩ですけど競馬で僕に勝とうなんて100年早いっすよマジで」


 カタカナで書かれた競走馬達の名前を見ながら笑う。


 こうして冗談交じりにジャブを打ち合っている時だった。


 俺の部屋のチャイムが再び誰かによって鳴らされた。

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