word6 「競馬 勝つ馬」①

 しばらく黒いパソコンを使って色々と検索してみる日々を過ごした。


 何か大きな事を成そうかという考えはまだ保留して、とりあえず身近なことを検索した。


 メインは自分のQOLの為に使った。クオリティオブライフ、生活の質のことだ。働き始めて数年経った頃はこれを向上させることが生活そのものだったりしたけど、最近はもう「生きれてればそれでいいや」って感じだった。


 エアコンが水漏れしていても「まあ涼しくなるからいいや」で済ませていたんだけど、黒いパソコンを使って直した。


 業者を頼むのがめんどくさい、電話をするのがめんどくさい、部屋に入れる為に掃除をするのがめんどくさい。だからエアコンの下にバケツを置いていたが、黒いパソコンを使えば自分で10分ほどで直せた。


 あとは良い映画や体に合う座椅子を探したりなんかして……。着実にQOLを上げていっている……。


 そう、1歩1歩着実にQOLを上げられている…………。


 うーん確かに上げられている。検索結果の映画はどれも見応えがあったし心を動かされた。買った座椅子は俺の為に作られたんじゃないかというほどフィットしている……。

 

 でも何と言うか、黒いパソコンというチートアイテムを使っているにしては牛歩なのではと自分でも思う。


 だがしかし――今日の検索で、俺のQOLの上昇は新幹線のように一気に加速するだろう――。


 俺はこれから大金を手にするのだ――。




 今日は土曜日、週末である。会社は休みだから家で過ごす。予定はと言うと、競馬に挑戦するつもりである。


 朝から予定通りの過ごし方をしている。ネットで賭けられるアプリをインストールしたし、競馬中継が見られるサイトをお気に入り登録した。どちらも会員登録まで完了している。


 そして当然、黒いパソコンによる検索も実行した。


「競馬 勝つ馬」


 これまた当然のことではあるが、ワードはこれだ。


 何故に競馬に挑戦しようとしているかも言うまでもないことかもしれない。シンプルに「金が欲しい」からだ。人間なら誰しも当然のことで、俺もそう。


 ただ敢えて詳しく言うのであれば、黒いパソコンをより楽しみたいからだった。


 この世の中、何をするにも金が要る。嫌になる話だけど仕方がない。黒いパソコンを使って何か大きいことをやろうと思いついた時もきっと金が必要になる。だから、まだ何がやりたいか考えている内に金を確保しておくことにした。


 金銭の不安から解消されるのは、現代社会においてこれ以上ない幸福だし、精神的なQOLも凄まじく上がるはずだ。金がたんまりあれば、最新の家電も揃えられるし、もっと広くて立地がいい家に住むこともできる。


 正直こうしてギャンブルで稼ぐなら急ぐ必要もないけど安心を得たいからやってみる。


 諸々の準備を終えて、あとは勝負の時が来るのを待った。実はこういうギャンブル自体初めての経験なのに緊張は一切せず、あくびをしながら土曜朝の情報バラエティーを見た。


「ピンポーン」


 そして、数十分が経つとチャイムが鳴った。


 一応ドアホンで玄関に人影が見えるのだけ確認して迎えに行く。


 来客があるのを俺は知っていた。今日の初競馬挑戦には数日前から決まっていたゲストがいるのだ。


「こんちは」


 玄関のドアを開けるとすぐに会釈をしながら挨拶されて。


「うーす」


 俺はそれを軽い挨拶で返す。


「お邪魔します」


 入ってきたのは不敵な笑みを浮かべるフツメン。会社の後輩だった。


「何で笑ってんの?」


「いや、ついにあなたに競馬を教える時が来たかあって感じで」

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