word6 「競馬 勝つ馬」③
「いやいや俺が本気出せば今日のレース全部当てれるからね。もうお前が笑えなくなるレベルで勝って――」
「ピンポーン」
突然のことだった。
俺の言葉を遮るようにチャイムが鳴ったので、後輩と2人して玄関のほうを見た。
「…………」
そのまま数秒間静止して、外にいる人物から「お届け物でーす」みたいな挨拶が無いのを確認すると、俺はドアホンのほうへ向かう。
今日届く予定の荷物も無いはずだが一体何者か……疑問の答えはドアホンのモニターを見るとすぐに察することができた。
そこには誰も映っていなかったのだ。
「はい?」
きっと奴だ。でも確定ではないし、そうでないと願いたいから、一応通話ボタンを押しながら、言ってみる。
しかしやはり、応答は無くて……。
俺は腰に手を当てて、どうするべきか考える羽目になった。下唇がむっと上がってしまう。
というのも……後輩に対して「俺最近ピンポンダッシュされてるんだよね、ははっ」なんて正直に言うのは恥ずかしい。俺はどの後輩に対しても理想的な先輩でありたいのだ。スマートでかっこいい俺のイメージが崩れるのは避けたい。
だけど、このまま何も言わず玄関を開けることもなくまた座るのは無理だ。うーん……どうしよう……初めてやられた風を装うか……。
「――俺最近ピンポンダッシュされてるんだよね、ははっ」
短い間に色々考えを巡らせたが、結局俺は正直に言った。
「え、ピンポンダッシュ?今のそうなんですか?」
「たぶんそう。このモニターにも誰も映ってないし、玄関開けても誰もおらんと思う」
「どういうことっすか?日常的にやられてるんです?」
「う、うーんまあ日常的と言えば……そうと言うか、そんなにやられてる訳じゃないけど少し前から……」
すぐに上手い言い訳は出て来てくれなくて、歯切れが悪くなってしまった。
「ぷっはははは」
そして、後輩は勢い良く笑った。
「はははは、今どきピンポンダッシュなんて珍しいですね。はは、すみません先輩がやられてるのツボなんですけど」
「笑うなよ、困ってんだから」
「小学生のイタズラですかね。でも今日土曜だから違うか。相手は分かってるんですか」
「まあ、近所の小学生だと思う。すぐ近くに小学校あるし」
「へー。ふはは、すみません」
後輩はにやつきながら口に手を当てた。
俺の部屋へのピンポンダッシュはまだ続いていた。犯人を特定しただけで何も注意していないから、そりゃそうなのだが。
頻度が少なくなってきたから飽きたと思っていたのに、ただの気まぐれだったみたいだ。まさか土曜日にまで犯行に及ぶとは。せめて後輩が家に来ている時はやめてほしかった――。
上手くスタートできたと思っていた楽しい1日が台無しだ――。
「あ、そういえばこれ渡し忘れてたんですけど、ちょっとした手土産です」
まだ笑いが収まりきらない様子の後輩がバッグの中から小さな箱を取り出して立ち上がる。
「おう、ありがとう」
この辺で1番近い洋菓子店の包みだった。中身が何か正確には分からないけどたぶんシュークリームとかエクレア、もしくは小さなプリンも入っているか。俺もたまに同じ目的で利用するから分かる。
受け取った手土産をとりあえず冷蔵庫に持っていく。
嫌なタイミングで嫌な来客があった。きっと後輩が持っていた親しみやすくてイケメンで頼れる先輩というイメージが崩れたに違いない。
俺は完璧な先輩、完璧な男、辛いときはいつも言い聞かせていたことを胸の内で唱える。そうしながら、何か逆転の策は無いか模索した――。
そして、俺の頭はとち狂った――。
「あ、お前イカ好き?好きなら解凍する……」
自分でもよく分からないまま、思いついたことをぼそぼそと言って、冷凍庫を開けた瞬間後悔した。
「何すかイカって?」
「やっぱ何でもない――」
「ぷっははははは。ええ、何でこんなにイカが」
後輩は台所に来るなり、また噴き出した。
――しまった、これは面白いものだった。
先週海鮮ガチャで当てたイカの切り身が、ぎゅうぎゅうに詰まった冷凍庫は自分でも面白い光景だと思う。何とも言えないイカのイラストが並んでいてシュールさも醸し出している。
「いや、この前イカ大量に貰っちゃって……」
「ははは、冷凍庫にこんなイカが入ってるの初めて見ました。あははははは」
ついさっきまでお前を笑えなくする等と言っていた俺はめちゃくちゃ笑われた――。
ああ、やってしまった。何でこんなことしたんだろう。
そう思いながら頭を下げても、笑うイカ達と目が合って追い打ちをかけられるだけで、俺も最終的には笑うしかなかった。
「あーっははははははは」
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