word5 「松阪牛 タダで食べる方法」②

 家に帰った俺は、すぐに黒いパソコンを開いた。


「おいしい肉 食べ方」


 そして、こんな文字も入力した――。


 まだ夕日も見える時間なので、Enterキーを押しても検索はできない。だから、仮の検索ワードだった。


 こういう検索をすることは昼休みの前から決めていたことだった。黒いパソコンを使って、究極のレシピを作るだなんて考えていたら実際においしい物が食べたくなったのだ。


 それに黒いパソコンを手に入れた祝いをしたいとも思っていた。高水準だけどいまいち冴えない男から、本物の持ってる男になることができた。良いことがあったら、おいしい料理を食べて祝うと昔から決まっている。


 これから何をしていこうだとか考え事は後回しにして、とりあえず勝利の乾杯だ――。


 風呂に入ったり髪を乾かしている時、ビールを飲んだりスマホを持って寝転んだ時、プライベートな時間を過ごしながら……ふとした瞬間に具体的な検索ワードを考えた。


 このまま「おいしい肉 食べ方」と検索してもいいけど、これじゃアバウトすぎるし、どんな場所でどんな肉がいいとか決めておきたかった。


 そもそも、ご馳走であれば別に肉じゃなくてもいいんだよな……寿司とかもお祝いには相応しい食べ物だ……。


 まずは無料で食べたいよな。それでいて、とびっきり高級なものがいい。別にその辺のスーパーへ行って何種類も総菜を買ってくるみたいな贅沢なら黒いパソコンを使わなくてもできるのだから、タダで高級品が食べたい……。


 でもやっぱ肉だよな。キャビアだとかフォアグラだとか3大珍味みたいな選択肢もあるけど、祝いと言えばやっぱり肉がいい…………。


「松阪牛 タダで食べる方法」


 だらだらと考えること数時間、最終的に決めた検索ワードはこうなった。


 最後まで海の幸にする線も追っていたけど、結局高級な肉を狙うことに変わりはなかった。


 松阪牛を選んだ理由は1番高級なイメージがあるからだった。高級な肉とは何かを考えた時に、あらゆる肉がある中で最初に出てきたのがこれだった。


 子供の時からテレビのバラエティ番組でよく見かける「松坂牛」という文字。幼い体で父や母と食卓を囲みながら、金持ちで色んな味を知っている芸能人たちが大騒ぎするほどの肉はどれほどおいしいのだろうとよだれを垂らした覚えがある。


 思えば飛騨牛や近江牛などは食べたことがあるけど、和牛の王様松阪牛はまだ人生で1度も食べたことがない。それに気づいた時に迷いは無くなった。


 さらに待つこと数時間……日付が変わると俺は検索に取り掛かった。


 検索後にはすぐに寝られるように準備をしてから、黒いパソコンの前に座った。


 子供の頃に松阪牛を見ただけでよだれが出たけど、待っている間に食べる肉の参考画像を見ると、大人になった今でも梅干しを食べる想像をした時くらいに唾が溜まった。


 黒いパソコン入手記念だし、できればこいつの力で手に入れた物をこいつと一緒に食べたい。どんな結果が出るか見当はつかないが、家に持ち帰って食べられる方法だと嬉しい。


 そんなことを思いながら、俺はEnterキーを押した。


「無料で松阪牛を食べられる方法の中で、実行できる日時が近いものを2つ紹介します。


・〇×TVアプリを本日の20時11分~20時21分の間にダウンロードして、7月13日19時30~19時32分の間に〇×TV食欲の夏プレゼント企画に応募する。応募用キーワードはあついグルメ。


・アップルプリンセスダンジョン!リリース間近、豪華賞品が当たるフォロー&リツイートキャンペーン!に7月16日21時18分33秒にリツイートを押して参加する。アカウントは本名で登録しているものを使って、フォローとゲームの事前登録は2日前の7月14日までに完了してください。」


 検索結果を見た俺は口の中の唾を飲みこんで、少しだけ真顔になった。


「……………………」


 ……ああ、まあそうか。いくら何でも検索できるパソコンと言えど不可能はあるか。俺は明日というか今日中に食べたいと思っていたんだけど、これはつまりその方法は無いということか。


 考えてみればそう簡単にタダで松阪牛を食べる方法なんて無いか。もちろん盗むとか誰かに土下座して頼むとかを含めるとあるのかもしれないが、そんな方法を教えられてもできないし。


 夢みたいなパソコンだから、何を願っても魔法のように叶えてくれると勝手に思っていたが、期待し過ぎだったか……。


「これでも十分すごいか……」


 今回の結果をやるかやらないかは後で決めることにして、とりあえず検索結果を撮影しようとスマホを取り出し、溜め息を吐いた。


 すると、まるでその溜め息が気に入らないかのように、息がかかると同時に黒いパソコンは画面を切り替えた――。


「え」


 疑問が湧いたのも束の間、スマホを置いて画面に顔を近づけるとそこには、俺が望む答えがあった。


「汚い手段を使わず、今日中にタダでは不可能ですが、1000円で14000円相当の松阪牛を入手する方法はあります。そして、あなたの部屋の収納にあるあなたが以前使っていたビジネスバックに入っているファイルには1000円が挟まっています。あなた自身では未来永劫気づくことが無かったものです。」


「これで実質無料とも言えます。さあ、このパソコンの性能が不足していると思ったことを謝罪しながらもう1度Enterキーを押してください。方法を教えます――」

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