word3 「将来 ハゲるか」②
ついに俺は全身の力が抜けて寝転んでしまった。ソファまで行く力も出なかったので、その場で。受け止めてくれるフローリングの床が固くて冷たい。
「はあ……ふわあ……」
溜め息を吐こうとしたら、あくびが出た。起きたばかりで寝転ぶとまた眠たくなってくる。
このように色々な悩みを抱えている訳だが……それらを解決する元気が最近の俺には無かった。
仕事や職場の付き合いが忙しくて、プライベートの時間に使う体力が無い。
これまた正直なところ、俺の仕事はけっこうきつい。残業が避けられない日もあるし、サボれるときに程々にサボらないとやってられない。
人間関係が概ね良好なのは本当で、先輩も後輩も良い人ばかりだし仲もいい。けど、それが逆に飲みや遊びに付き合わされる頻度を上げてしまっていた。
休日はいつもこんな風に全身脱力状態で寝転んで、映画を見ている……。
それくらいしかできないのだ。だから、ストレスや疲れを消し去る趣味もない……。
「でも、これがあれば――」
黒いパソコンのことを思い出した俺は、高速で体を起こす――。
そう、これがあれば全ては変わる――。日々の生活に活力を取り戻せる――。人生をどんな風にだって変えていける――。
もう落ち込むのは最後にしよう――。俺は勝ったんだ――。
俺はまた黒いパソコンに頬をピッタリつけて、すりすりした――――。
黒いパソコンが再び検索可能になることを心待ちにしながら、俺は休日を過ごした。
いつものように映画を見て。眠くなったら寝た。
でも、いつもと違ってコンビニに酒とおつまみを買いに行った。休日はちょっとそこまで買い物に行くのも辛くて、自分の為だけに外出することは無くなっていたが、体が軽かった。
先週まではゲームをする力も無かったが、久しぶりに起動スイッチを押してみたりもした。
ホコリを被ったコントローラーを拭いて、数年前は狂ったようにやっていたTPSをプレイした。
キャラや武器が増えて環境も変わっていたし、操作制度も落ちていたが、だからこそ新鮮で初心者のように楽しむことができた。
早く明日になってほしいと思いながら過ごす休日は、時間止まってくれと願いながら過ごす休日と違って時間の流れが遅かった。
あれこれやっていると、こんなにも1日は長かったのか……。思わず時計に向かって缶ビールを掲げてしまった。
満足いく1日が終わって、0時を回ると、俺は素早く黒いパソコンの前に移動した。
日中は検索するワードを考えながら過ごしていたので、何を検索するかはとっくに決まっていた。
「将来 ハゲるか」
ズバリ、これである……。
これから俺は黒いパソコンを使って色んな悩みを解決していこうと思う。検索するワードを考えていたらたくさんの案が浮かんできた。
その1つ目に選ばれたのがこれ。男にとっては深刻な悩みだ。
将来頭から髪が無くなり、ハゲと呼ばれる存在なってしまうのかどうか……。
まだ怯えるのには早いと思う。俺も今すぐ対策が必要だとは感じない。でも抜け毛が増えたのは確かだ。前に掃除機内のゴミを捨てた時に背筋が凍った。
万が一ってことがあるから、問題があるなら早急に対策をしたほうが良い悩みを選んだ。
俺はEnterキーを押した。
「あなたがハゲることはありません。現在の毛根細胞数を100%としたとき、40歳で3%、50歳で6%、60歳で10%の毛根細胞が休止または死滅しますが、他人にハゲと認識されることはありません。」
危機感を持っていた――。このまま時間だけが過ぎて、体の色んな部分がおじさんになってしまい、売れ残ってゆく――。そんな危機感――。
1つ悩みが解決できて、他も解決していけるだろうという手応えを得た瞬間、それらの危機感がまとめて消え去った――。
ハゲるんだったらどこからハゲるのか、阻止する方法もあるのか、ついでに教えてほしいとも考えていたけど、必要なかった。
「あなたの抜け毛が最近増えていた理由は生活習慣とストレスです。しかし、それらはもう解決したようなものです。なぜなら……」
(このパソコンが来たから)
にやけながら黒いパソコンを畳もうと手を伸ばすと、画面が切り替わる。次に表示された文章を見た俺は心の中で言った。
すると、また画面が切り替わる。
「その通りです。これからよろしくお願いします」
会話みたいになったことに少し面を食らう。
しかし、俺はこれから黒いパソコンと共に歩んでいくことを固く誓った――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます