word1 「ピンポンダッシュ 誰」⑤

 にらめっこしていても何も起こらない。その確信が持てたのは2時間ほどが経ってからだった。


 勇気を出していくつかキーを押してみても、うんともすんとも言わないし、いくら待っても「ドッキリ大成功!」の看板を持った友達や芸能人が乱入してくることもない。


 バズるリアクションを取る準備もしていたのに、無駄なようだった。


 だから俺はしょうがなく風呂に入り……一旦体をすっきりさせてから、脳内会議を始めた。


 タオルを首にかけて、机の上に缶ビールとビーフジャーキーを置き、腕を組む。


 緊急の会議である。テーマはもちろん、あの黒いパソコンが何なのか……。


 普通に考えれば、ピンポンダッシュ犯のイタズラのように思える。タイミング的にはそうだ。帰宅後からの出来事を整理すると、俺を外におびき寄せて、その間に謎のパソコンを部屋に置いて出ていったと推測できる。


 だが果たしてそうだろうか……。


 目的が謎過ぎる。ざっと確認したが、部屋から少なくとも貴重品は盗まれたりしていない。侵入しておいて、パソコンを置いていくだけってどういうイタズラだ。


 タイミング的にはそうなだけで、ピンポンダッシュ犯と黒いパソコンとの関連はどうも見えなかった。


 俺が外に出ていたのも1分未満だったはずだ。そんな短時間でアパートの周りをゴソゴソしていたら、流石に俺もおじいさんも気づけたはず。


 つまり……こうは考えられないだろうか……あの黒いパソコンはピンポンダッシュとは関係ない別の何かで……本当に人知を超えた物質であると……だから瞬間移動的な力であそこに現れたのだと……。


 黒いパソコンがある廊下のほうを見た俺は、唾を飲み込んだ。早くなる鼓動を落ち着ける為にビーフ―ジャーキーを頬張り、ビールで喉へ流し込む――。


 あれは自身の性能を1日1回何でも検索できると表示した。一体どういう仕組みなのか皆目見当がつかない。そんなことあり得るわけがない。


 でも言葉は本当なのだ。信じてしまいそうな自分がいる。


 いや、信じたいと言ったほうが正しいだろう。黒いパソコンが表示した文を見た時に心がときめいてしまった。だから、そっちの方向へ考えが引っ張られている。


 だって本当だとしたら…………本当だとしたら、とんでもない超チートアイテムだぞ。


 何でも答えを知れるなら、何でもできると言っても過言じゃない。全ての事柄で俺は全世界の人より絶対的に有利になるし、これからの人生はバラ色しかなくなる。


 魔法みたいなものを信じるなんて、夢を見過ぎだと、自分でも思う。


 最近のプライベートな時間は映画ばかり見ているからだろうか。月額ワンコインで色んな映画が見放題の社会に毒されてしまっているのだろうか。


 でも事実、俺は黒いパソコンを信じたい気持ちが先行して……。


 ピンポンダッシュ犯への怒りや、黒いパソコンが盗聴器だとか爆弾みたいな危険物だと言った可能性を忘れ……。


 警察へ届け出ることも後回しにしてしまっている……。


 それは黒いパソコンの機能を確かめてからでも遅くはないと……。



 俺は酒を飲みながら、黒いパソコンが再び使えるようになるのを待った。日本時間で日を跨いだ瞬間に検索可能になるかは分からないが、そこの可能性が高いので0時を目指した。


 ただ待つだけだから苦しいことは無かった。その時が来るまでは色々と保留という考えのもと、いつもと同じ夜を過ごした。


 ビールを飲みながら、映画を見て、時折スマホをいじる。


 0時が近づいてくると、まさかねと時計を見ながら笑ってみた。


 そして、時間になって黒いパソコンの前に正座したときもまた……。


「まさかね」


 こう言った。


 入力してみるワードは既に決めてあったから、すぐにキーボードを叩いた。短い文だったので床に置かれたパソコンでも、数秒で打ち終わる。


「ピンポンダッシュ 誰」


 これが手の込んだドッキリだという可能性が充分にある以上、めったなことは検索できない。


 最悪人に見られても大丈夫で、解決したいと思っている悩み。それでいて普通のパソコンじゃ検索できない事柄だ。


 たぶんドッキリだとしたら、仕掛け人もこの検索をするように仕向けていると思う。


「まさかまさかね……」


 また言って、夕方に押した時よりもソフトタッチでEnteキーを押してみる――。


 さあ、どうなる――。


 画面はロード中なんかに見るグルグルに切り替わった――。検索することはできたらしい――。


「あなたの部屋のインターホンを押して、その場から離れるイタズラをしている人物は名沢 桜さんです。あなたが住むアパートの2階に住む家族の長女で、あなたによく挨拶をしています。彼女は小学校への登校の際、あなたの部屋のインターホンを押し、すぐにアパートの裏に隠れて、あなたがドアを開ける音を聞いています。」

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