第5話 sixth sense

 

 …奇妙なことに、さっきの夢の中で体験していた感覚、一種のESPというか、超越的に他人の内部の精神的な現実に感情移入してリアルに追体験できるという特殊な能力が、目覚めた後も持続しているではありませんか!

 私の中にはありありとその実感がありました。

 いわゆる”テレパス”、精神感応者に私はメタモルフォーゼしていたのです!さっきの夢の中で閻魔様が授けてくれたイニシエーション、秘蹟の効能が、昆虫の羽化、つまり蛹が蝶になるように私を華麗に変身させてくれたのです!

  

 テレビでは、「日本語王バトル」が続いていました。司会者がマニアックな「漢字熟語」関連の問題を次々読み上げていました。  

「…では次の問題です。次の四つの説明文の意味する”熟語”にはある動物が共通して登場しています。その動物の名前を漢字と英語で書いてください。1.『大志を抱いている人の気持ちはつまらない人間にはわからない』 2.ゲームの名前。 3.小躍りしたくなるほど喜ぶこと 3.顔にできる斑点 …」

 

瞬時にして、私には答えが「雀」、「sparrow」と、分かりました。熟語はそれぞれ「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」、「麻雀」、「欣喜雀躍」、「雀斑」です。普段の読書のたまもので、こういうのはだいたい私が回答者を凌駕している。これは別に超能力ではないのですが、回答者に画面が切り替わったときに、その”異変”がはっきり兆候を露していました。

 「中野暢子」さん、ー新進気鋭の脳科学者ーが、問題を見て、少し首をひねっているときに、私の意識野には、少しうつむいている彼女の考えていることと、浮かんでいるイメージ、彼女の想起しながら確認しつつ取捨検索している様々な想念…そういうものがすべてありありと、一種「相貌的な」クオリアとして、手に取るように感知できたのです!

 <えーと…このことわざは?燕だっけ?鳳?…ゲームの名前は…多分麻雀。三番目は…欣喜雀躍か!じゃあ…>

 私の五感のクオリア、彼女の五感のクオリア、が感覚器官を通して様々に錯綜して、しかし混乱することなく統一的にrealizeされる、という新しい知覚の世界がまざまざとひらけていました。

 サルトルの「嘔吐」に、何だかこれと似たような描写があったことを思い出しました。私は、カフェに座っているある人物の外見を眺めているだけで、主人公が膨大な様々なその人物にかかわる情報を感知しているということに目を瞠ったものだ…その時と同じように今、私には<新たなる大いなる叡智>が備わっているのでした。

 彼女は素早くボードに回答を書きました。


<続く>

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