慌ただしい

悲しい

カナダ代表として強豪国を次々と撃破し、準決勝で舞台を日本に移して台湾と日本に勝って頂点に立った万里男君。その余韻よいんはトロントに戻ってきてからも興奮が抑えられずにいた。


カナダの高校でもベースボールを続けて欲しいし、もっと上手くなって再び世界が認めるプレーヤーとしてワールドワイドに知られる存在になりうると客観的に見ていた。


試合が終わった数日後、郵便ポストに実桜宛に手紙が届いていた。

「家族の転勤で日本に行くことになっちゃった。この前のカナダ対日本の試合を見て幾つかの強豪のボーイズやシニアが一緒にプレーをしたいって声をかけてくれて今は結果待ち。急にゴメンね」


万里男君からモモちゃんが書いてくれた手紙をもらったときにはトロントにいなかった。まだ万里男君が家にいるか分からないし、保証なんてない。そのことは分かっていた。


実桜の心情としてはこうだった。

「モモちゃんの時に言えなかった'ありがとう'って言葉を。

だから万里男君には最後くらい自分の口で今までありがとうと言いたい。せめて日本に行っても頑張ってと」


白昼に血相けっそうを変えてやってきた実桜に玄関を開けて万里男君は対応をしてくれた。息が上がって言葉が出なかったのを見て落ち着かせようとしてくれたのか、実桜を自分の部屋に招き入れてくれた万里男君。


万里男君は部屋にリンゴジュースを片手にクッキーを食べながら決勝戦からの経緯について聞くと怒涛どとうの日々だったよ口を開いた。


お父さんは会社の引き継ぎや日本で行う業務について、お母さんは学校の手続きや諸々の手続き、万里男君自身は幾つかのボーイズやシニアでの入団テストと色々と短い時間で決めなきゃ行けなく大変そうな感じ。


「たとえ白昼であっても呼鈴を鳴らしながら玄関を叩いたりしてゴメンね。モモちゃんには最後、今までありがとう。これからも頑張ってと言えなかったからそれを伝えたくて。日本で慣れないことも多いと思うけど、実桜はどこに行っても万里男君を応援している。1番の味方だよ」


自分の伝えたいことを言い終えた実桜。スッキリして清々しい気持ちで万里男君の家を出た。肝心ないつ飛び立つのか、日本のどこに行くかを聞くのを忘れていたがメールでまた聞けばいいや。


ぼっちだけど

家族の事情があって日本に行ってしまったモモちゃんと万里男君。毎日いるのが当然ではないことは頭では分かっているのに、いざ教室を見渡したり家の近くを散歩していると家にいないのに立ち止まってしまう。


呼鈴を鳴らしても玄関を叩いても誰も出ないのことくらい分かっているのにそこに立って眺めていた。実桜は一体何をしているのだろうと虚無感にさいなまれる。残り1年半が経てば地元の高校に行かなきゃ。


万里男君はベースボール、モモちゃんもきっと何かやりがいを見つけて頑張っていると自分も言い聞かしてカナダで頑張る。頼る人がいないなら自分だけでどうにか出来るようにしようと奮い立たせていた。


学校の成績は決していいとは言えないが、落第や卒業出来ないほど悪いといったわけでもない。得意科目や苦手科目はなく、どの教科においても平均点で秀でているものがない。


投げ出したいし、毎日勉強をするのもイヤになる日も多いがその時は実桜とモモちゃん、万里男君と3人で行ったジャパニーズタウンでのプリクラを見て頑張ろうと睡眠時間を削って頑張る日々。


泣きながら勉強をして自分は何をしているのかとグチャグチャになっていてもお構いなし。モモちゃんも万里男君も頑張っているのだから。ずっと勉強をしていて家族が心配をするほど気がついたら時間が経っていた。


その紙には

カナダの学校は秋に卒業式が行われることが多く、まだ時間があるとずっと唱えながら勉強をしていた時、晩ご飯が出来たからリビングに来てと言われる。


その時お父さんからある報告を受ける。

「3月から日本に異動することになった。場所は広島県福山市っていう所になるみたい。日本の学校に転校することになるから準備しておいて欲しい」


この話を聞いた実桜は広島県ってモモちゃんのいる所だ。やった、これでいつでも会えるから嬉しい。その気持ちに偽りはないが問題がある。


それはカナダでは秋に卒業するのに対して日本では春が卒業である。そのため、このタイミングで日本に行くとなると受験が出来るのかどうなのか心配で仕方なかった。家族のことだから文句を言ったところでどうにもならない。


自分の用意を終えた実桜、いつカナダを飛び立つか不透明なままだけどとりあえずモモちゃんと万里男君に近いうちに日本に行くことになったよ。広島県福山市に。こうしていつでも飛び立てる心づもりでいた。


翌朝、荷物を持ってトロント国際空港から広島国際空港に行って電車とバスを乗り継いで新居に向かう。家族総出で挨拶回りをして荷物を片付けてとそれだけで数日が経っていた。


この時、モモちゃんと万里男君も同じような経験をしたと思うと大変だったし忙しい中でよく連絡をくれたなと痛感をする。とりあえず実桜も日本に着いたことをモモちゃんと万里男君に伝える。


次に問題になってくるのは実桜の進学先の高校について。

実桜のみならずお父さん、お母さんと調べていていると帰国子女枠で受験が出来ると書かれた。だけど募集要項にはいくつかあった。


「既に海外・日本国内合わせて9カ年の学校教育課程を修了していること。または入学年の3月末日までに修了見込みであること等が書かれていた」


ひとまず実桜が該当するのか、帰国子女枠で受験出来る高校はどこなのかとお父さんは受験出来るのかの確認、お母さんと実桜で受験出来る高校を探していた。


すると無事に帰国子女枠で受験出来ることが確定し、調べた結果実桜が受験出来るのは福山実業高校のみ。さすがに複数受験出来るだろうと高を括っていたがこれが現実だと受け止めて受験をすることを決めた。


日本に来てまだ数日だが、受験の手続きから受験、そして結果発表まであっという間に時間が過ぎた。合格を待つだけだがもしこれで合格にならなかったらどうなるのか。悔いても仕方ないから結果を待つだけにしようとしていた。


新しく引越ししてきた社宅には家具だけでなくテレビも付いていて駐車場も付きという待遇で迎えられていた。まだ車は買ってはいないもののテレビ、洗濯機、炊飯器、電子レンジ、冷蔵庫と全て買い揃えようとするといくらかかるのか、正直実桜には見当がつかない。


平日の昼間、ひとまず受験を終えてすることのない実桜は何気なくテレビを付けてリモコンを操作をしていた。ちょうど春の甲子園、通称センバツの開会式を行っていた。


センバツということは何かで選ばれた選りすぐりの高校がこの甲子園っていう舞台にいるんだなと何も知らない実桜でも分かった、感動する選手宣誓を聞いて開幕試合が行われると実況から説明をしていた。


高校野球を観たことがないからどういう感じなのかワクワクしていた。開幕試合はもし実桜が合格すれば通うことになる福山実業高校対門司もじ水産高校の試合が組まれていた。


試合が始まってお互いに塁を賑わすものの中々ホームが遠く、5回終わって両校ともに無得点でグラウンド整備になる。その間、アルプススタンドにいるアナウンサーが福山実業高校の生徒にインタビューをしていた。


黄緑色の衣装を着て応援している女の子。聞くとチアリーディング部結成したばかりで一生懸命応援したいと言っていてその衣装にかわいいと実桜は目を輝かせていた。


試合は最終回に福山実業高校がサヨナラ勝ちをして選手と一緒にアルプススタンドに向かっていくマネージャーの女の子を見ると水色のセーラー服にピンクのリボンでこんなかわいいセーラー服が実在するのかと驚愕していた。


この試合の翌日、実桜のもとに合格通知が届いてあのかわいい制服を着て毎日学校に行けると思うとルンルンな気持ちでいた。チアリーディング部にも入りたいな。


福山実業高校は初戦を制した勢いそのままトーナメントの頂点に立って同校をセンバツ初優勝をする。


少し高校野球について調べると甲子園球場はプロ野球のために作られたわけではなく、当時中等学校野球大会の人気とは裏腹に観客が収容出来ずに甲子の時に出来たグラウンドだから甲子園と名付けられたと聞いて思わず拍手する。


選択肢がなかったはずなのに楽しみがありすぎてなんか幸せな気持ちでいた実桜であった。

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