世界大会

たらい回し

ひとまずカナダ代表の打診を引き受けた万里男君。どのような起用法になるかは代表合宿を見て、その上での適正で決まってくるのだろう。実桜はそう思っていた。どこでも器用にこなす万里男君だからケガを心配していた。


代表の練習をグラウンドの外から見つめる実桜。カナダの中でベースボールの上手い子たちが集まっていることもあって普段少年野球チームを見ている練習と何段階もレベルが違うなと素人の実桜でも分かるほど。


マウンドでは左投げだけでなく、右投げでも練習をしたと思えばベンチに戻って内野手用のグラブ、外野手用グラブと持ち替えて再びノックや実戦形式の練習に臨む。そつなく捕球をして送球をしていた。


かと思えばレガースを付けてマスクを被り、キャッチャーミット付け替えてブルペンでピッチャーのボールを受けている。そうかと思えば今度はファーストミットを右投げ用、左投げ用と両方持ってグラウンドに戻って送球を捕球する。


全てのポジションを練習することを想定をしていなかった万里男君。何かあればと少年野球チームのコーチにグローブやミットを特注でとお願いはしたものの、まさかその全てを使うことになるとは……。そのような表情に見えた。


実桜自身が出来ることはどこまでいっても見守ることしか出来ない。初日の代表合宿でこのような感情では気持ちが持たないし、心許こころもたない。そう頭では分かっているもののどこか不安な気持ちがぬぐえない。


この後、見守る実桜と代表に選ばれて直向ひたむきに練習をしている万里男君は果たしてどうなるのだろうか。欲を言えば万里男君がケガをせず世界の頂点に立ってくれる。これに限るなと帰り道に万里男君と共に話していた。


大活躍

後日、万里男君から実桜宛にメールが届いた。

何だろうとメールを開くとカナダ代表の試合日程についてだった。大事な初戦は週末で勝ち上がれば準決勝、決勝は3月末で会場はモモちゃんの住む広島県で行われるとのこと。


もしカナダ代表が決勝まで進めばモモちゃんの住む広島県に行けるかも。そう思うと俄然がぜんカナダ代表を応援しようと考えていた実桜。


まだ試合が始まっていないが実桜としてはコピーをしてモモちゃんのアドレスにペーストをして送る。カナダ代表が準決勝、決勝まで行ける保証など微塵みじんもないが、教えて損はない。負けたことなど何も考えていない。カナダ代表は勝って日本に乗り込む。きっと。


万里男君をはじめ、カナダ代表の選手たち以上に熱が入っていた。初戦から全ての試合を観に行こうという気持ちでいる。


初戦、会場に実桜が行くと少年野球チームの数人と会って一緒に見守っていた。まだ試合が始まってもいないのにも関わらず握手を求められていた実桜。強豪のプエルトリコ相手におくすることなく勝利をする。


2回戦にキューバ、3回戦コロンビア、準々決勝でベースボールの発祥国でもあるアメリカを次々と倒していってカナダ代表は準決勝の舞台、日本行きを決める。


スゴい、そう拍手するのと同時にこれでまたモモちゃんと会えるなとよこしまな気持ちが湧き上がっていた。


これで日本に行ける。そう思っていた実桜だがカナダから出たことがなかったため、ビザやパスポートなどが必要となってくる。準決勝を日本で観られるのかと不安になる。


頭を下げてどうにか日本に行きたいと懇願こんがんをする実桜。両親はお互いの顔を見ては実桜の顔を見てを繰り返す。いくら昔のお友達でもあるモモちゃんがいるとはいえど迷惑かかるしからと悩む。ビザとパスポートを申請して届いたならと許可をもらえる事になった。


家族を何とか説得をした実桜だったが、肝心なモモちゃんの連絡をしていなかった。

「カナダ代表が日本に行くことになったからモモちゃんの家に泊めて欲しい。ダメならビジネスホテルやカプセルホテル、旅館に泊まる予定」


モモちゃんに対して先にアポを取らなきゃいけないことは分かっていた。だが、いいよとモモちゃんが言ってくれたとしても家族から行ったらダメだと言われたらまた断らなきゃいけないことを危惧をしていた。


モモちゃんから返信が届いた。

「久しぶりに実桜ちゃんに会いたいし、泊まって行ってよ。向こうでどういう生活をしていたのかも知りたいしこっちでの話もしたいからさ。一緒に試合を観に行こうよ」


万里男君を率いるカナダ代表は日本に向かって飛行機に乗る。同じ日の違う便で実桜も日本に向かって飛び立った。


話があると

この時間に飛行機に乗ることはあらかじめモモちゃんにメールで伝えていた。広島国際空港に着いて周りを見渡すとモモちゃんと数年ぶりの再会を果たす。


久しぶりだねと抱き合っているとお父さん、お母さんと合流をして数日間お世話になると頭を下げる。車の中で万里男君がベースボールを頑張ってる姿やグラウンドを離れた時にはギャップがあるなどと喋っていた。


モモちゃんも日本に来てからの苦悩を聞くと帰国子女なのな英語が苦手なのはどうしてなのかとしばらくはクラスメイトに言われていたみたく、大変だったと聞く。


家に上がらせてもらうとモモちゃんの部屋でずっと話していた。もう話が尽きないのもあって晩ご飯だよと呼ばれるまで数時間も話していて実桜もモモちゃんも驚いていた。


実桜とモモちゃんはリビングに行くとオードブルとお寿司が並ぶ。始めてみるカキフライやエビフライ、から揚げに春巻き。そしてお寿司はマグロや玉子だけでなく、ネギトロやカニみそを食べて感動をする実桜であった。


お風呂に入る時も寝る時もモモちゃんと一緒でしばらくここに滞在をしたいと叶わないことを願っていた。それよりも早く寝ないとカナダ代表の試合が観られないと眠る。


翌朝、ピンクの花柄ワンピースを着てモモちゃんとお父さんとお母さんと全員で会場になっている球場に車で向かう。チケットを買って中に入ると対戦相手の台湾が練習をしている。準決勝までくるだけあって動きが機敏。


試合前、スタメンを見ると万里男君の名前がない。だから帰ろうという気は実桜にはない。あくまでもカナダ代表の試合を観に来たのが理由。どこかのタイミングで万里男君が出てくるタイミングがあると確信していた。


カナダ代表に万里男君の名前がなくて不安そうにしているモモちゃん。両手を握って大丈夫だよ、万里男君ならきっと試合に出るよと何の根拠もない自信を伝えた。


試合が始まり、攻防戦で中々点が入らず最終回に0アウト満塁でマウンドに万里男君が上がって何事もなかったかのように火消ししてその裏でサヨナラ勝ちで決勝に進む。


別会場で同時に行われた準決勝の結果、日本が勝ち上がったことにより決勝はカナダ对日本と決定する。モモちゃんはカナダと日本の両方にいたからどっちを応援しようかと迷っていた。


決勝まで行ってくれたらと願っていたがホントにカナダ代表が決勝まで行くと思うと嬉しい。このまま頂点に立って欲しいと願いを込めて両手を握って眠る。


翌日、決勝の会場に向かうと多くの人が訪れていた。日本とカナダともに野球とベースボールは違えど今大会、似たような投打の成績で打ち合いになるか1点勝負の投手戦になるかどちらかだろうという声が飛び交っていた。


日本が後攻、カナダが先攻。万里男君は3番ピッチャーとして出場をする。まずは右投げでマウンドに上がるが連打を浴びると特注のグローブで左投げに変える奇襲を見せてピンチを脱しる。カナダは点を取りたいが無得点。


カナダと日本、お互いにチャンスを作るものの中々点が入らずに最終回を迎える。カナダが点を取れずに万里男君はマウンドに上がる。1番打者にデッドボールを与えてしまい、2番打者に送りバントを決められて得点圏にランナーを進められる。


1アウトランナー2塁で3番打者にセカンドゴロに打ち取るものの2アウトランナー3塁とサヨナラのピンチになる。ここで抑えるのが万里男君だと両手を握りしめる実桜。その次の瞬間ボールの行方を追っていた。


万里男君が投げたボールはキャッチャーミットをかすめてコロコロと転がり、3塁ランナーがホームイン。この瞬間、日本が優勝してカナダ準優勝で大会を終える。


大会ベストナインに万里男君が選ばれたことを聞いて実桜とモモちゃんは大喜びをする。観客席からは日本だけでなく、カナダにも大きな拍手が送られる。


閉会式を終えて帰ろうとする万里男君の元に日本のコーチがやって来てこのまま一緒に残って日本でプレーをしようと伝える。


その問いに対して万里男君はこう答えた。

「ありがとうございます。また日本のチームと戦えたら幸せですがカナダの高校に行くつもりですがいつかこの国でプレーする機会があれば」


そう言い残して帰り支度をしてそのままカナダに帰って行った。そして後を追うように実桜も広島国際空港でカナダへ名残惜しいがモモちゃんとお別れをした。


またこの広島に来たいなと実桜の短い旅は終わった。

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