水曜日は危険がいっぱい

家具屋で別なものを仕入れた

 月曜日の暴動によって家を失った者も多く学校は避難所となっており、その為に水曜の今日もまだ学校は休校のままだ。

 そして朝食の後、エージはリリーにクレジットカードを手渡した。


「あら、クレジットカードは持っていますわ」


「昨日約束しただろ。ローズを連れて家で寛げる家具でも何でも色々なものを買って来い。昨日は急な仕事でちびを町に連れていけなかったからな」


 以外にもエージはバンシーの呪いを重く受け取り、あの後はどこにも行かずに家に戻り、自分の書斎にも籠ってしまったという臆病者だ。

 まあ、大通りに停まっていた私達が乗る予定のアウディが、運転席の若集を入れたままスクラップになってしまった知らせが数十秒後にあったのだ。

 デーモンだって脅えるだろう。


 だが、バンシーに呪われても人生に何の遜色もない風情のリリーは、エージの言葉と行動に素直に喜んでいるだけだった。けれど、朝食の席を立った後に彼女が私に対してしてきた行為により、彼女は自分の呪いをこうして人に移しているのではないのか、そんな風に邪推してしまった。


 彼女は私の意見などまるっきり聞かずに、生まれて初めてぐらいの勢いで、私にエージが買ってきていた服の、それは絶対に止めてと叫びたくなる組み合わせを着せ付けてきたのである。今だって紺色パンツと白シャツという聖歌隊みたいな恰好をしてるじゃない!


「今着ている服もパパが選んだ服でしょう」

「それはママよ。パパの選んだお出掛け着にしましょうよ」


 結局着せ付けられたそれは、薄ピンクのブラウスと紺色のプリーツスカートであるが、大昔の子供だって嫌がるはずの服だ。ブラウスなんて丸い襟にピコットレースが飾られて、胸元にはスモッキング刺繍が施されているし、スカートは膝丈。これからピアノのお稽古?そんな幼稚園児風じゃないの。


「まあ!良く似合うわ!さすがエージさんの見立てね!」


 幸せふわふわの女は私の姿に大喜びでエージという愛人へ賞賛を捧げただけでなく、酷い目に遭っている私への駄目押しとして、彼女はヒヨコ色したニットカーディガンを私に無理矢理に重ね着させた。

 前立てに小花や小鳥の刺繍があるだけでなく、小さなポンポンが全面についているポップコーンニットの厚手のカーディガンだ。


「いやだ!こんな赤ちゃんみたいな服は嫌だ!」


 私が涙目になった事でリリーは少し娘に対して憐憫の情を抱いてくれたのか、クローゼットに掛かっているシンプルな黒色のカーディガンを手に取りかけた。

 が、エージは私の遺伝学上の父親らしく、底意地が凄く悪かった。


「君にはいつまでも俺の赤ん坊でいて欲しいんだ。ああ、俺がもっと早くリリーと結婚を決意していれば!ローズが赤ちゃんの時にもっと可愛がれたのに!」


 嘘くさいエージの物言いにより、リリーの手は黒カーディガンから離れた。

 そしてリリーはそのまま私の手を握り、パスクゥムの高級家具屋として名高いドルチェモービレに向かったのである。


 ドルチェモービレの店主はドワーフハーフで、小柄だが物凄い強面の顔を持つ職人気質の男だった。彼はこよなく家具を愛する人であるため、分け隔てなく家具を壊す子供と猫が大嫌いだ。リリーが新たな家具を買うのではなくエージの家の家具のメンテナンスの相談を店主とし始めたので、私はこれ幸いと怖い店主から離れて店内を散策する事にした。


 元々木で作られた家具の臭いは好きだ。

 特に籐家具が一番好きだ。

 ガリガリと齧って遊ぶにはちょうど良い柔らかさと硬さなのだ。


 家具を齧りたい気持ちに初めてなった時、私は自分が動物に変身できるデーモンだからと自分に納得させた。それが、ハハ、単に自分が犬の生まれ変わりだったからだったとは。


 でも、私が家具を齧りたいと願うのは、前世の家具を齧っていた頃が気楽で幸せだったからかもしれない。


 私は目が見えなかったあの頃のように目を瞑り、籐家具の置いてある区画へと匂いを辿りながら歩いた。そして籐家具売り場に見事辿り着いた私は、達成感に満たされながら懐かしくて大好きな家具の匂いを胸いっぱいに嗅いだ。


「ああ、素敵な匂い」

「君は籐家具の匂いが好きなの?」


 低くて滑らかな声は、法廷で聞いたら誰もが信じてしまう程の良い声だろう。

 私は背筋がびくびくとするようないい声で笑っている人に振り向いて、その人物が右腕に子供用の椅子を抱えている事に気が付いた。


 レークスはドンとよく似た中性的にも見える美貌の男だが、体格はエージやドンよりも良いものだったと隣に立たれて初めて気が付いた。

 彼はデーモン一家の小柄と大柄の中間的な体格だった。

 紺色のポロシャツにベージュ色のチノパン姿に、前髪を後ろに流して額を出している短髪はエージと同じだ。

 けれど、似たような格好でいてチンピラエージとは彼は違った。

 休日の砕けた格好をしていても、レークスはやっぱりどこかエリートで、ホワイト、なのである。貴公子風、という形容詞はこういう人に使うのかしら。


「レークスのお家にも赤ちゃんが来るの?」


 彼はこのことかと言う風に、右腕に持つ家具をほんの少しだけ持ち上げた。


「君へのプレゼントだよ。あの家には無いだろ、お子様用の椅子」

「私は普通の椅子に座れますわ。今はこんな赤ちゃん服を着ていますけれどね」

「ハハハ。そうかあ。じゃあ、そこの家具で欲しいのを買ってやるよ。ローズは何が欲しいんだい?」


 私は籐家具が欲しいのではなく籐家具を齧りたい気持ちでここまで来たとは言えないので、ぐるっと見回して、適当ではなく一瞬で欲しくなった椅子を指さした。


「あれ!背もたれが孔雀みたいなあれが欲しい」

「ピーコックチェアかよ。馬鹿垂れが。本当にろくでもないガキだな、お前は」


 私はレークスの口調の変化に吃驚した。

 デーモン家特有の乱暴な話し方を、彼は今まで私に向けなかったのだ。

 そんな彼は私にニヤリとして見せると、私の頭を優しく適当な感じで撫でた。


「あれは高すぎだろうが、馬鹿が。だがなぁ、お前が俺に答えをくれたら買ってやるよ。借金してでもな」


「弁護士のあなたに私がどんな答えを与えられると思って?」


「てめえはあの保安官と仲が良いんだろ。親父の頼みも聞いているからバークをたばかるのはお前の使命でもあるな。いいか、あの男が三年前に婚約者を殺した証拠を拾ってこい。あの殺しはデーモンじゃねぇ。それはわかっているな?」


 私はレークスの台詞に頷くしかないが、首も傾げてしまった。


「ええと、それはわかったわ。でも、保安官は婚約者の死を未だに引きずっているのよ。犯人では無いでしょう」


 レークスは鼻で笑った。


「お子様には早ぇが、教えてやるよ。死んだ時のクロエ・ミドーは俺と婚約したばかりで、腹には俺の子供がいたんだよ。失われた臓器は心臓の他にあっただろ。子宮って書いてなかったか?あいつはなあ、デーモンがやるようにクロエを殺して公園に捨てたんだよ。俺はこれじゃあいけねぇと、心臓を奪われた死体から子宮を抜いてバラバラにしておいたのさ」


 なんですと!

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